「私」

 になるとは、おもった。

 でもさすがに一日中いちにちじゅうおな景色けしきだときる。すれちがふねおそわないのかいたら、いってあっさりわれてしまった。そうね、たしかにそうだわ。やったら最悪さいあくぬわ。

 海鳥うみどり一羽いちわ一羽いちわ名前なまえわっちゃった。ジャックはずっとかたいパンべてるし、ドンクはわたしがぼろぼろにしたドレスをなおはじめた。のこったわたしとディーディーは「古今東西ここんとうざいしりとりにらめっこじゃんけんかくれんぼおに」なる鬼畜きちく遊戯ゆうぎまでかんが始末しまつあとはボーっとするだけ。ひま退屈たいくつ

 しかしながらこのうんざりするほどのひま解消かいしょうされることなく、そのままよるになってしまった。


 * * *


れない?」

「あ、ありがと」

「いえいえ」

 夜風よかぜ気持きもちいい甲板かんぱんちかづいてきたのはジャックだった。

 そっとされたマグに夜空よぞら一杯いっぱい。ディーディーがってたように食事しょくじ十分じゅうぶんじゃなかったから、ちょっとありがたいかも。

「まさかはらってれないとかそういうんじゃないだろ」

失礼しつれいね、そこまでおおらいじゃないわよ」

「あれだろ。はらがグーグーってうるさすぎてれないんだ」

「うるっさいわね、ちがうってってるでしょ!」

 返答へんとうはらかかえて大笑おおわらい。――ったくどこまでも失礼しつれいやつね!

 そうおうとしたけど結局けっきょくやめた。みどりひとみわらずきれいだ。

 みずがこんなにあまくておいしいなんて。

「さっきうたってたのは?」

「……こえてたの?」

「それできた」

 ずず、とおとをたてながらぶっきらぼうにう。わるかったわね。

「で? さっきのうたは?」

「おばあちゃまの子守歌こもりうた。これうたえばられるかなっておもって」

子守歌こもりうた?」

「そう」


ねむねむれ いとしいおはな

はなびらたたんで ゆめよう

くものベッドにあず

月様つきさまいだかれるゆめ


ねむねむれ いとしいおはな

月様つきさまは きたいの

あのもりおく しずかないえ

こいしいくろねこ にわへ”


「きれいなうただ」

「ね? わたし大好だいすき。――おばあちゃまは本当ほんとうやさしくてきれいでね、それとちょっぴりいたずらもきなおかただった」

「ソフィアみたいだな」

「でしょ? やさしくてきれいでしょ?」

「いや、いたずらきなところ」

「んな!? しっ、失礼しつれいね!」

 またはらかかえたジャックにつられておもわずわらってしまった。

 わたしけだ。あーあ。

 ……。

「……だけどもういないわ」

「……」

「ずいぶんまえんでしまった……それからはわたし、おしろでひとりぼっち」

 ためいきをついたわたしなにわずにつめる。

 だまりこんだ二人ふたりつめたい月光げっこうだけがやさしくらした。

「や! 厳密げんみつにはひとりってわけじゃないのよ? でも……なんでかな。ずっとさびしかった。なんでだろ」

 はなおくがツンとしてきておもわずあふれてきたなみだをぬぐう。

「ごめんごめん! おかしいよね、こんな他人たにんのグチかされて勝手かってかれて。こまるよね! ごめんごめ――」

 その瞬間しゅんかんかれかおをおおうをぱっとった。びっくりしておもわずそちらをかえる。


きたいならけよ」


 困惑こんわくした。でもがまんできなかった。

 そのふところにびこんでベルベットの上着うわぎかおをうずめる。

 ちからいっぱいきしめるとか、そういうのはしてこなかった。でも文句もんくひとつもわずにかれめ、そのままそこにいつづけてくれた。

「どうしよう! どうしよう! ひめ、どうすればいんだろう!」

 まるであたらしい防波堤ぼうはていみたいに。ただそこにいつづけてくれた。


 * * *


「あのね、わたしじつはレーヴ王国おうこくのお姫様ひめさまなの」

「……うん」

「それで明日あしたはサルト・デ・アグワの王子様おうじさまとの結婚式けっこんしき。でも絶対ぜったい結婚けっこんしたくないの! 地球ちきゅうがひっくりかえっても火山かざん爆発ばくはつしても絶対ぜったい結婚けっこんしたくないの!」

「え!?」

「もちろんよ! それこそクソみたいなひとだったらどーすんのよ!」

 いたって真剣しんけんわたしぶんにまた大口おおぐちけてわらす。

「ハハハハ! 傑作けっさくだ! ――えぇ!? そんなにいやか!?」

当然とうぜんよ! められた結婚けっこんをして、そのあと一生いっしょうしろじこめられっぱなしとかんでもいや!」

「それはめっちゃかる! かる!」

「でしょ!?」

「ああ。おれめられた結婚けっこんさせられるぐらいならんだほうがマシとかかんがえちゃうタイプかなー。――あ、でもぬんなら自分じぶんきなひとかれてにたい」

「アハハハ! それね! まったおなじ! ――あ、でもそのまえ恋人こいびとつくらなくちゃでしょ? あなたは」

「えらそうにうな、おまえもだろ」

 そうってまた大笑おおわらい。意外いがいうねとか、こづきいながらってはまた大笑おおわらいした。

「でもね。もしもわたしがおしろをこのままけだしてたらそのあとはお姫様ひめさま王子様おうじさまもいなくなっちゃう。だからわたし結婚けっこんしなくちゃいけないの、どんなにいやでも」

「……」

王国おうこくむかしクライシス王国おうこくってくにおそわれたことがある。いまもそこのスパイがねらっているってうわさもあるわ」

「あの……からだにクライシス王家おうけ紋章もんしょうきざまれてるっていう、あの?」

「そうよ。でもおばあちゃまはくにおそわれたとき、めげずにたたかってくにまもいた」

「……」

折角せっかく大好だいすきなおばあちゃまがまもってきた王国おうこくなのに……わたしこわしてしまえばきっとかなしむわ。それにみんなわたし期待きたいしている」

「……」

「でも、でも……やっぱり結婚けっこんとかそういうのは絶対ぜったいいや他人たにんいなりになるのもいやだし、められるのもいやだし、自由じゆうきたいし」

「だからどうすればいのかからなくなっちまったってことか?」

 しずかにうなずく。ぺったんこのくつなかでグーパーしているあしながめながら。

本当ほんとう、どうすればいの? 我慢がまんしてればなんでも上手うまくいくのはかってるし、最後さいごみんなうことをいてにならなくちゃいけないのもかってる」

「……」

「でも、それだといきができないの」

「……」

ひめ、どうすればいんだろう」

 かぜがびゅうっといた。このふくだとちょっとさむすぎる。

 うでをさすったらあたたかい上着うわぎかたからかけられた。ついでに豪華ごうか帽子ぼうしも。みんなジャックがてたりけていたりしたものだった。

 見上みあげると一回ひとまわちいさくなったジャックがいる。意外いがいとひょろっこかった。

「そうだなぁ。それじゃあソフィア。ひと質問しつもん

 甲板かんぱんあるまわりながらあかるくう。

なに?」

「どうしてお父様とうさま王様おうさまなんだとおもう?」

 ……。

 ……、……え?

「へ? や、どゆこと?」

たりまえとかおもってた?」

「……い、いや、なんというか質問しつもん意味いみが……」


「だって不思議ふしぎおもわねぇ? 王様おうさまってじつはいつでも交換こうかんできるんだぜ?」


「……え?」

こえてた? 王様おうさまは、本当ほんとうだれがなってもいの」


 その瞬間しゅんかん

 なにかがわたしなかではじけぶ。


交換こうかん……できる、の?」

たりまえだろ! だって一番いちばんはじめは人間にんげん勝手かってめたんだぜ? 神様かみさまめたわけじゃない! なのにやらなくちゃいけないってかんがえに勝手かってにとらわれて、この生活せいかつをしているほうしあわせだっておもいこまされて。それで結局けっきょく自分じぶんどもにも王様おうさまをやらせるんだ」

「……」

「そういうときだいたい大人おとなは『まりだから』とか『それがおまえしあわせだから』とかテキトーうけどさ、そんなのじつだれめてないんだぜ!? 自分じぶんしあわせをけてるだけ」

「……」

「そういうのっていつかどこかでだめになる。だって人間にんげんって十人じゅうにん十色といろひとそれぞれでしあわせはちがうから」

「……」

 ひとそれぞれで、しあわせは、ちがう。

「だからくにだって、おもってほかのやりたいひとまかせてもいとおもう。おれすくなくともそうおもう」

「……」

「ソフィアはそうおもわん?」

わたしは……まだ、そうおもえない……」

 でもさっきとくらべてこころがゆらゆられていた。

 そんなわたし途切とぎ途切とぎれのこたえにかれうすんだ。

「いーよ、それでも。それがいまのソフィアのかんがえならそっちのほうが“ソフィアにとっては”ただしい」

「でも、多分たぶんまだまよってるわ」

「なら一度いちど自分じぶんだけの時間じかん”をきてみなよ」

「どういうこと?」

簡単かんたんさ。自分じぶんことを、おれいってうまで“ひめ”ってばないようにするんだ。多分たぶんいまのソフィアはその“ひめ”にしばられてる」

「……??」

「あれ、気付きづいてない? アンタ、たまに自分じぶんのことひめってってるんだけど」

「ん、んん……」

大丈夫だいじょうぶいからやってみなよ。そして自分じぶんのことは“わたし”ってうんだ」

わたし……」

「そ。いやならほかのでもい。でも“ひめ”だけは一旦いったん禁止きんしな?」

 うなずいた。

「そうして他人たにんのためじゃない“自分じぶんだけの時間じかん”を経験けいけんしてみるんだ。一度いちど自分じぶんのためにきるんだ」

自分じぶんのため」

「そ。それからかえってひめもどるべきかどうかめればい。――かったか?」

 もう一度いちど今度こんどははっきりとうなずいた。

ひめ――じゃない、わたし頑張がんばってみる」

「よし。その調子ちょうしだ!」

って!!」

 にこっとんで背中せなかをばしばしたたいてくる。

 強過つよすぎてむせた。ったく、本当ほんとうにレイディーのあつかいがかっていない男子だんしよね! こいつは!

「そんじゃま、そういうことで。明日あすはやいからおまえはやろよ。おれはいいかげんもうる」

「あ、って!」

 そのままくるりとけた背中せなか一声ひとこえびかける。

なに?」

「あなたの横顔よこがお、やっぱりフィリップにてるわ」

「……、……てる?」

「ええ。でも――」

「でも?」


「あなたの言葉ことばほうがずっと気持きもい」


 きれいなみどりひとみおどろいたように見開みひらく。

「やっぱりおばあちゃまのとおりね! 何事なにごともよくてみないとからないって」

「……」

「あなたは悪役あくやくえて絶対ぜったいひとよ。わたし保証ほしょうするわ」

「……ありがと。アンタはやさしいひとだよ」

「ふふ! ようやくジャックもわたし魅力みりょく気付きづい――」


「それと、きれいだ」


 ……!?


「え……?」

「おやすみ、ソフィア。おれこと明日あしたからジャンってべ」

「ジャン?」

おれはじいちゃんっだったんだよ。じいちゃんはおれのことジャンってんでた」

「……え、あ、あ! じゃ、じゃあわたしのことはソフィーってんで!」

「おばあちゃまか?」

「そ、そうよ!」

かった、おやすみソフィー。また明日あしたな」

 片手かたてをすっとげて挨拶あいさつわりとした。

 そのまま船室せんしつまる。


 ……なんでこんなにどきどきしているの?

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