「誰もいない!」「誰だコイツ!」

 * * *


 つかれてかえってきたフィリップの最初さいしょんできたのはひめ部屋へやのちょうどしたあたりでおろおろする家来けらいたち姿すがただった。

 まどあやしげなロープ、あたまにたんこぶをつくっている庭師にわし。このふたつだけでも十分じゅうぶんいや予感よかんがした。

さわがしい、一体いったい何事なにごとだ?」

「フィリップさま!」

「フィリップさま大変たいへんなんです!」

 近付ちかづいたフィリップのもとおおくの家来けらいたちあつまる。くちぐちにさわかれらをなんとかなだめて事情じじょう説明せつめいさせた。

「なるほど? ひめたのまれたカーテンをりにって、お部屋へやかえったらだれもいなかったと」

姫様ひめさまが『心配しんぱいならかぎかけてってもい』ってうものですからちょっと安心あんしんしてしまいました……すみません」

いんだ、つみにはとわないよ。あのひめはこういうことかんしてはずるがしこひとだから。――それで? 脱走だっそう判明はんめいしたときにちゃんと城門じょうもんめたんだろうね」

「それならわしが」

「うんうん、さすがはベンじいさん。ならばしろをひっくりかえすようにさがまわればいわけだ。仕事しごとえてしまうけれどみんな、やってくれるね」

 しかしそうびかけても反応はんのうかえってこない。みんななんだかもじもじしている。

 そうしているうち一人ひとり侍女じじょがこうった。

「それが……おしろ地下ちかやキッチンから、とう屋根裏やねうら部屋べやまでさがしたのですが」


「どこにもいらっしゃらないんです」


 おもわず見開みひらいた。


 それからというものの、城中しろじゅううえしたへの大騒おおさわぎ。街中まちじゅうのいたるところ、それこそゴミばこなかからいえのクローゼットのなかまですみずみ調しらべられた。

 しかしどうやってもつからない。

 やがて王様おうさまたちみみにもはいり、女王様じょおうさまとくおこってはやつけなさいと家来達けらいたち𠮟しかった。王様おうさまはおろおろするばかり。

 明日あした結婚式けっこんしき主役しゅやく前日ぜんじつ行方不明ゆくえふめいになるなんてだれ想像そうぞうできただろう。みんなこまててしまった。

 そこでフィリップが王様達おうさまたちされた。最後さいごたよりになるのはやっぱりこのおとこである。

「フィリップ、これはどういうことだとおもう」

「はっ。少しのあいだかんがえてみたのですが……」

なんじゃ。はやかせておくれ」


「これはもうぞく仕業しわざではないかと」


「なんと!」

「どういうことです」

 予想外よそうがいかんがえに二人ふたりす。

「ご説明せつめいいたします。今朝けさわたしひめにもう脱走だっそうしないようにってかせて、彼女かのじょはそれに納得なっとくしてくださいました。リンダにも脱走だっそうはしないとっていたといています。しかし結局けっきょく脱走だっそうしている……」

「それがどうしてぞくのしわざになるのです」

証拠しょうこみっつ。ひとつ、あんなにしゅんとして反省はんせいをしていたひめ直後ちょくご脱走だっそうするとはかんがえにくいこと。しかも明日あした大事だいじ結婚式けっこんしきです、もう大人おとなになるのにそれを台無だいなしにしようとはかんがえないでしょう」

「なるほどのぅ」

ふたはいつもとちが脱走方法だっそうほうほうです。いつもひめ部屋へや細工さいくをしたりひとをごまかしたりして部屋へやからすことはあってもこんな大胆だいたんにロープでげるなんてことはありませんでした。ましてやこんなにみじかいロープであんなたかところからりるなんて無茶むちゃです、どもだってやりません」

「そしてみっつめは?」

城門じょうもんじたのにひめしろからいなくなっていることです。アレがじたあと脱出だっしゅつすることはできません。できるとしたらさるぞくぐらいでしょう」

「なるほどなるほど。そうするとそのぞくなんだとおもう?」

間違まちがいなく今日きょう海賊団かいぞくだんでしょう。今日きょうぞくやつらしかいません、きっとティアラの居場所いばしょすためにいやがるひめ無理矢理むりやりったのです。腹立はらだたしいやつらめ」

 憎々にくにくしげなかおをしたフィリップの言葉ことば王様おうさまがさらにあわてる。

「そ、それは大変たいへんじゃ! なんとしてもひめもどせ!」

「ははっ、このフィリップめがかならずや。そのためにまずは一番いちばんおおきなふね使用しよう許可きょかをください」

「もちろんじゃ! ――ひめを、ひめをよろしくたのむ!」

「それではすぐに出発しゅっぱつを」

 そうってがろうとしたのを女王様じょおうさまがふとめた。

ちなさい」

なんでしょうか」

ぞくもそうですが、最近さいきんクライシス王国おうこくのスパイがひめとティアラをねらっているといううわさひろまっています」

わたしいたことはありますが、まさか……」

「しかしそのむかし、このくにはクライシス王国おうこくによって一度いちど滅亡めつぼう危機ききたされています。かならずないとはえません」

たしかに」

ぞく一緒いっしょにいるところねらわれてしまえば私達わたしたちでさえちません。なるべくはやかえしてくるように」

御意ぎょい

なんとしてもティアラをまもるのです」

「もちろん、期待きたい以上いじょうしめしてみせましょう」

たのみますよ」

 そうしてフィリップはようやく王様おうさまたち部屋へや出港しゅっこう準備じゅんびかった。


 ――なにやらあやしくニヤリとほくそみながら。


 * * *


 そのときふねうえかたいパンとみず優雅ゆうがなティータイム“もどき”をしていた船長せんちょう突然とつぜんさけごえみずした。

「オヤブーン!! オヤブンオヤブンオヤブン!」

「ケーキ! べられた!」

なんなんさわがしい!」

 そうってこえのしたほうてびっくり仰天ぎょうてん


「「だれだコイツ!」」


 しまった! ひめとしたことが初対面しょたいめん男子だんしかって「だれだコイツ」とかってしまった……!

 それになによここ……、……うみうえじゃないの、サイッコー! 意外いがいふねってれないのね。うん。ひめ学習がくしゅう

「あっ! オヤブン、コイツ! コイツッス! 侵入者しゅんにゅうしゃッス!」

なにィ!?」

 ――とかのんきにってる場合ばあいじゃないわ。

 げろっ!

「あ、こら、げるな!」

なんていッスよー! ぜってぇつかまえるッス!」

わたしなんてべてもおいしくないのよー!」

「ケーキの、うらみ!」

 そうしてどたばたまわることやく十分じゅっぷん

 や、ひめにしてはよく頑張がんばったほうだとおもいます。ひめにしてはよく頑張がんばったほうだとおもいます!

「やーん、フィリップたしけてー!」

つかまえたッスよー、侵入者しんにゅうしゃー。よくもふねかくしておいたオレのおやつべたッスねー!」

「ケーキ」

いじゃないのケーキやチーズのひとふたつ」

みっつッス! 間違まちがえないでしいッス!」

「そこ大事だいじ

「スッス、スッスうるさいわねー! またえばいじゃないの!」

かねなんて贅沢品ぜいたくひんこのふねにはいんスよ!!」

「ちょっ、ちょっとぐらいはあるぞ!」

「とにかく! オレたち三日間みっかかんまともにモンべてないんスからねー!」

 なみだうったえる浅黒あさぐろかれ三人さんにんなかでは一番いちばんっこい。(そんなこと真正面まっしょうめんからったらおこられちゃいそうね、だまっておこ)そのわりとてもすばしっこそう。

「ケーキ」

 ずっとケーキぐらいしかってないかれぎゃく一番いちばんおおきい。筋肉きんにくモリモリでくちまわりにまるくていひげがはえてる。ナントカ危機一髪ききいっぱつ? ちょっとだけ、こわい。

「おいおい、おじょうさん。つかまってるというのにずいぶんと余裕よゆうそうじゃないか」

 ――とか冷静れいせい観察かんさつしてたわたしののどもとにカットラスを突然とつぜんけてきたのは一番いちばん豪華ごうかふく黒髪くろかみ青年せいねん眼帯がんたい右目みぎめけ、左目ひだりめはきれいな緑色みどりいろ。……なんでからんがこのおこったかお、どっかでことあるぞ。たしかご機嫌きげんりするとはなでフンってやつだったがする。

「おい、いてるのか」

 あごにぴとっとつめたいやいばがふれる。ヒエッ!!

べてもおいしくないから! フィリップならきっとおいしいから、べるならそっちべてくだしゃい!」

 涙目なみだめ必死ひっしなおねがいに船長せんちょうおもわれる眼帯がんたい青年せいねん眉間みけんにしわをせる。

「おい、さっきからおまえ俺達おれたちなんだとおもってるんだ」

「え? 海賊かいぞくってひとべるんでしょ?」

「そんなウソ、だれからおそわったんだ!」

「フィリップ」

今度こんどったら文句もんくってやる!」

 かなりおこってるみたい。どうして? べるんでしょ?

べねぇから! ったく、立派りっぱ風評ふうひょう被害ひがいだぜ!」

「フウヒョウヒガイ……?」

証拠しょうこまったくない間違まちがったうわさとかのせいでひどいにあうことッス」

「じゃあ……海賊かいぞくって、もしかしてひとべないってこと!? へえ! ひめ学習がくしゅう!」

「そうにまってんだろ!」

はなしすすまないッスね」

調子ちょうしくるう」

「ぶるぶるぶるっ! いったん仕切しきなおしだっ!」

 くびをぶるぶるって仕切しきなお船長せんちょう。……こいつら面白おもしろいかもしれないわ。

「とにかくだ! おじょうさん、アンタなにしにここに侵入しんにゅうしてきた。っていうかアンタ何者ナニモンだ。まさかしろ関係者かんけいしゃとかわねぇだろうな」

「え、ちょ、ちょっといですか? しろ関係者かんけいしゃってもしもったらどうするの?」

「ん? しろ関係者かんけいしゃなのか?」

「ゐっ、やっ! そういうわけではいですけれど、た、ただの市民しみんでございますけれども、もしそうだった場合ばあいは……その、どうなるのかなぁっておもって?」

「そりゃ、おれらの追跡者ついせきしゃってことでうみにドボン」

「ハイッ! わたし絶対ぜったいしろのお姫様ひめさまとかじゃアリマシェン!! ジェッタイチガイマシュッ!!」

「……」

「……」

うたがい」

 え、え、どうしてうたがいのでこっちをるのよ! かんべんしてよ、あこがれてたうみぬとか一番いちばん最悪さいあくだから!

 しばらくうたがいのをしてからこうのほうでひそひそはなう。そしてずんずんとおおきいくろひげが近付ちかづいてきた。

わたしオヒメサマジャナイ! オヒメサマジャナイ!」

「お姫様ひめさまじゃないのはかった。とりあえず邪魔じゃまだかられとく」

 え……? おり?

「ちょ。いまなんった?」

「はぁ? こえなかったか? お・り、っつったんだ」

「おり?」

「そう。おーりー」

 バカにしたようなそのものいに、ついにかんにんぶくろれた。


って。あなたたちわたしめるmき? 冗談じょうだんじゃないわよ!」


 突然とつぜんがり、怒号どごう一発いっぱつ

 三人さんにんまるくせずにいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る