お姫様、逃げる

「あれ、姫様ひめさまいまなにかたくらんでいます?」

「え、えぇ!? そんなこと!」

 あわてて否定ひていする。

「な、なんでもないわよっ!」

「そうですか?」

「う、うん」

「ふぅん?」

「……」

「……」

 そっぽをいてごまかすことにした。


 もうあのいかけっこもとおくにってしまってなんだかしずか。リンダは追及ついきゅうもやめてそばで裁縫さいほうはじめた。

 退屈たいくつだな……。

「ねえリンダ。王子様おうじさまってどんなひと?」

うわさではとてもかっこいいひとらしいですよ。運動うんどうもお勉強べんきょうもできて笑顔えがおもさわやか。さらにはだれにでもやさしいらしくってとなりくにであるサルト・デ・アグワではかなりモテているみたいです。ご結婚けっこんなさる姫様ひめさまがうらやましいかぎりです」

「あれ? 双子ふたごのおにいさんのほうでかなりの冒険ぼうけんきみたいなはなしではなかったっけ」

「いやですわ姫様ひめさま、それはむかしはなしですよ。双子ふたご二人ふたりとも“行方不明ゆくえふめい”になってしまったのでちがいえ王子様おうじさまとしてそだてられているんです。姫様ひめさま明日あした結婚けっこんするのはそのひとです」

「へえ、そうだったっけ」

「もう何度なんどもご説明せつめいしましたよ、ふふふ」

 そうっておかしそうにわらう。でもわたしはちっともたのしくなかった。

 やっぱりそとたい。そとたい!

 そして一度いちどい、数分すうふんいからボートかなにかにってうみ感触かんしょくりたい。もう数日すうじつとか一生いっしょうとか贅沢ぜいたくわないから! それだけでいから! 第一だいいち、モテおとこ興味きょうみはそんなにいのよ。

 さあかんがえろソフィア、かんがえるんだソフィア! リンダを上手うまくまいてしろから脱出だっしゅつする方法ほうほうを! 出来できるのは兵隊へいたいもフィリップもいないいましかい!

「ねえねえリンダ」

「はい」

「ちょっと図書館としょかんきたいなぁ。ごほんみたくなっちゃった」

わたしってきますよ」

 にっこり。

 しまった、意外いがいまもりがかたい。これじゃ部屋へやかられない!

 ならば……!

「あ、じゃ、じゃあそれはいや」

いんですか?」

いの! そ、それよりもね、わたし、お裁縫さいほう練習れんしゅうしたくて」

「まあめずらしい。はりよりもバットほうおおくていつもフィリップさましかられてらっしゃるのに」

「うるさいわねー」

冗談じょうだんですよ」

「じゃ、じゃなくて。はなしもどすけど明日あした本格的ほんかくてき女王様じょおうさま候補こうほになるわけじゃない? わたし。だからまちどもたちにお人形にんぎょうふくとかつくってあげたくて」

いおかんがえですね」

「それで……」

「ご安心あんしんを。ぬのわたしりにきますよ」

「――あ、でも自分じぶんえらびたいかなーって」

「お見本みほんならわたしってこれますよ。そんなにかずもありませんし」

「……そ、そう。そりゃたのもしいわ! アハハハ」

なに不都合ふつごうでしたか?」

「ん! う、ううん! なんでもないわ!」

 く、くそぅ……。

 こうなったらもう最終手段さいしゅうしゅだんよ。

「それでは」

「あ、で、でね?」

「まだなにか?」

ぬのなんだけど……ふるいカーテンとかいっぱいあまってるわよね? 昨日きのうはずしてえたやつ」

「ああ、そうですね。まだててなかったとおもいます」

「なら生地きじはそれにしましょ! がらっていたしリサイクルすればゴミもえないとおもうのだけど、どう?」

「うーん、とてもいとおもうのですが……保管庫ほかんこはここから一番いちばんとおところにあります」

大丈夫だいじょうぶっていられるから。心配しんぱいならとびらかぎをかけてってもいわよ」

「で、でも……」

大丈夫だいじょうぶ! 心配しんぱいしないで? まさかまどからりるとおもう? さびしすぎてんじゃうとおもう?」

 ずずずいっとかおせ、そのをしっかりのぞきこむとリンダはつい観念かんねんしたように両手りょうてげた。

「う、うーん、そうですよね……では失礼しつれいします」


 ――ぱたん。ガチャリ。


 ……、……。


 ふっふっふ。

 作戦さくせんどおりー!


 クローゼットのおくほうかくしておいた「庭師にわしのロープ」を召喚しょうかん! まどをバーンと全開ぜんかいにしてらしてみる。

 かぜかれて気持きもちよさそうにれるそれはながさが圧倒的あっとうてきりん!

 ふーむ、りたらちょっとあぶないし。

 じゃあ……。

 ふといたカーテンをおもいっきりレールからきちぎってたてほそやぶはじめた。そしていくつもできたほそぬの同士どうしわせてロープのはじっことつなげていく。

 これなら? ――さそう! 地面じめんにちゃんとくっついてて安全性あんぜんせいもばっちり!

 そと廊下ろうかいまならだれもいない。ロープを天蓋てんがいきベッドのはしらにしっかりむすびつける。どんなにってもれないむすかたをこののためにまなんでおいてかった!

「よし!」

 一声ひとこえさけんで窓枠まどわくった。すると大風おおかぜからだたってバランスをくずしそうになる……! えろ、えろソフィア!

 ロープをにぎりながらゆらゆられたあと、ようやくいたからだあらためてのばすとまえにはいつも城壁じょうへきえなかったあおいぼんやりとしたものがえた。

 おもわずいきむ。

「あれが、うみね……!」

 そのちかくにひろがるまち景色けしきひと生活せいかつ興奮こうふん不安ふあん半分はんぶん半分はんぶん

 物語ものがたりなかにしかいとおもってた世界せかいがあそこにひろがっている。そこにいまからくんだ……。

 はやる気持きもちをぐっとおさえてしろかべ慎重しんちょうくつうらをくっつける。

くぞソフィア!」

 そのまま――!

 からだはロープをすべってするするとちた。ふわふわとしたかんじがちょっとこわかったけど中々なかなかスリルがあってたのしいじゃないの!

 ――と!

 シュルルッ!

 カーテン地帯ちたい突入とつにゅうしたところきぬのカーテンがほどけはじめる。しまった、すべりやすいカーテンなんかえらぶんじゃなかったわ、ひめ失敗しっぱい

「ほどけないでほどけないでほどけないで!」

 おねがいしてるのにとても調子ちょうしでほどけていくカーテンども。じょっ、冗談じょうだんきでひめぴんち、ひめピーンチ!


 シュルリン!


「きゃあああ!」


 ドシーン!


 ――、――。


なんおと――あ、あれは姫様ひめさま部屋へや……大変たいへんじゃ!」


 * * *


「いててて……ここどこ?」

 気付きづいたときには深緑ふかみどり空間くうかんなかっぱのなかちてなんとかたすかったみたい。

 かったかった――といたいところだけど、早速さっそく庭師にわし部屋へや脱出だっしゅつようのロープがつかってしまったらしい。

 ちょっと背後はいごほうでもざわざわしだした。

 これはこまった、すぐにリンダがばれてしまう。フィリップもばれてしまう、城門じょうもんじてしまう! これは慎重しんちょうに、しかしめちゃくちゃいそいで脱出だっしゅつしなくては。

 レースが所々ところどころっかかるのをぶちやぶってから慎重しんちょうあたりをうかがう。

 さいわ兵士達へいしたちみんなゾクのところったみたいだけど……うう、庭師にわし邪魔じゃま! いつまでそこにいるなのよ!

 とおもったらこうでもんまっていく! ちょ、庭師にわしどけ! ――おっと。

 そうやって必死ひっしねがわたし気持きもちとは裏腹うらはら庭師にわし全然ぜんぜんそこからどかない。どうやら事態じたい大変たいへんさにあたまがフリーズしているみたい。ってそんなことある!? 大事だいじときなのに!

庭師にわし! 庭師にわしヘイッ!」

「……」

「あ! あそこにUFOだぞぉ!」

「……、……」

「ああっ! お姫様ひめさまがあんなところにぃ!!」

「……、……、……」

「あぁーれぇーい!!」

「……、……、……、……」

 や、鈍感どんかんかっ!!

「もう、どきなさいよっ!」

 イライラしてぶんとったあしからハイヒールがぽーん。

 あはっ、あーした天気てんきになーれっ! ……とかってる場合ばあいじゃないわ!!

「やば、気付きづかれ――」

 こつん!

「ぷぎ!」

 絶対ぜったいいたおとと、いたみをかんじているこえ

 ……やっちゃった? ひめやっちゃった?

 なんとなくいや予感よかんがしておそおそるのぞくと――。

「きゅう」

 こうで庭師にわしがのびていた。

 いや、ラッキーだ!

いまよ!」

 りて着地ちゃくち。もう片方かたほうのハイヒールもててもうちょっとでまるてつさくあいだかってはしりこむ!

 もうちょっともうちょっと!


 もうちょっと!


え!」

 びこめー!

 ずざざざ!


 ガシャン。


(つづく)

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