第一章 大脱出

お姫様、逃げたい

「フィリップさま! フィリップさま!」

 かたにかかるくらいの金髪きんぱつひとつにまとめたおとこ、フィリップのもと侍女じじょはしってきた。ふわふわのレースがかわいいドレスをかかえながらおろおろする彼女かのじょいや予感よかんがする。

「……どうした?」

「あの、姫様ひめさまのお着替きがえのお時間じかんなのですが」

「まだきてこない?」

「はい」

「なるほど?」

「どうすればいでしょうか」

「……わたしにまかせなさい」

 ためいきをつきながらフィリップはひめ部屋へやまであるいてった。

 彼女かのじょ部屋へやまえではもう二人ふたり侍女じじょっていた。

「フィリップさま!」

「フィリップさま!」

みんなばなくていから。ひめ? ひめ! お着替きがえのお時間じかんですよ。はやきてください」

 ……。

 本当ほんとうだ、返事へんじがない。

 しつこくびかけてみたがそれでも返事へんじかえってこない。

 しびれをらしたフィリップは「失礼しつれいします」とだけってドアノブをひねる。

 そのまま部屋へやすみ立派りっぱなベッドに近付ちかづいて……。


 ているお姫様ひめさまが“人形にんぎょう”だったことにいた。


「ごるぁっ、ひめえええっ!!」

 フィリップがおこってさけんだ。

脱走だっそうたのしー!!」

 とおくからお姫様ひめさまこえこえる。


 * * *


 わたしソフィア! 十七才じゅうななさいおんなー!

 いまわたしはあのおにフィリップたちもとから脱走だっそうしてまーす! ちょうたのしー!

 あ、おにフィリップっていうのはね、わたし教育係きょういくがかりのこと。みんなアイツのことイケメンとか王子様おうじさまとかったりするけど全然ぜんぜんそんなこといからね!? いのはかろうじてかおだけ。すぐおこるし勉強べんきょうばっかさせるしいたずらすると部屋へやめるし、なによりみどりあかの“オッドアイ”がいつもきつくてこわい。イケメンってめられるんならもっとわらってわたしあまやかしなさいよ! っていつもおもう。

 でもいまは……! いまちがう。自由じゆうなの!

 廊下ろうかをほうきで掃除そうじするおばさんにちょっかいをしたり、かざってある甲冑かっちゅうけんいてかぶとしたり、キッチンにしのびこんでクッキーをつまみいしたり。ついでにケーキのなまクリームをゆびですくってこっそりなめた。

 このままおしろそとまでして今日きょうこそまちすの!

 そしてうみこうがわまでっていろんな世界せかいくのがわたしゆめ

 読者どくしゃみんなはどうかお姫様ひめさまらしくないなんてわないでね。このおしろなかじこめられたまま人生じんせいえるなんてごめんなんだから!

 そうこうしているうち玄関げんかんにつながる大広間おおひろままでたどりいた。あともうすこし!

 ――と、まさにそのとき


ひめ! つけました! またパジャマのままあばまわって!」


 頭上ずじょうからこえがした。それはモチロン……!

「げ! おにフィリップ!」

いまなんて?」

「えへへー、教育係きょういくがかりのイケメンフィリップさまぁ」

 せいいっぱいのお姫様ひめさまらしい挨拶あいさつかれはしかめっつらのままはなでフンとだけう。ほんっとうにいやなヤツ!

「とりあえずそこでっていなさい! お着替きがえとお勉強べんきょうのお時間じかんです!」

「……!」

 大階段おおかいだんりてきた! 絶対ぜったいもどよ!

 それだけはいや

 あわててきょろきょろと見回みまわすとぞうきんではしらをみがいている召使めしつかいがえた。

「チャンス!」

「ああっ! お姫様ひめさまなにを!」

「どりゃあああ!」

 いきおいでぞうきんをうばりフィリップにかってげつける。

 豪速球ごうそっきゅうのようないきおいで回転かいてんしながらかっきたねぇぞうきんはおにフィリップにかって一直線いっちょくせん

 ベチャ!

「ギャ!!」

 っうーし! 見事みごと命中めいちゅう

 階段かいだんでこけたのをちゃんとけてからまたした。今度こんどこして外国がいこくりさばいてやるわっ!

 わたし希望きぼうはすぐそこなのよぉ! オーッホッホッホ!!

「ったく、ひめ……! いまていてください!」

 うしろでそんなこえこえる。

 へへーん、そんなことったっていまさらよ! むだむだー、ムダムッ――!

「さあ! いつきましたよ!」

「んなッ!?」

 突然とつぜんまえちはだかったおにフィリップにあっさりつかまってしまった。

 どうして!

今朝けさひめがベッドのしたあなほってしたみたいにわたし城中しろじゅうたいひめ専用せんようみち百二十六個ひゃくにじゅうろっこつくってあるんです。ほら観念かんねんなさい」

「うううー! はーなーしーてー!」


 うー……ひめ敗北はいぼく……。


 * * *


 お部屋へやもどるとお着替きがえがっていた。今日きょうのドレスもはしりづらそうでいやになる。あーこれでまたお部屋へやにカンヅメ決定けってい。やんなっちゃう。

今日きょうはどのようにいたしましょうか」

巨大きょだいなおだんごだけはいやはしときからだがふらふらするから」

承知しょうちしました」

 お着替きがえのあとのヘアセットはフィリップがいつもやってくれている。上手じょうずだしとっても可愛かわい仕上しあげてくれるのだけどお説教せっきょうはさみがちだからウンザリする。

 このおにだまっていられないのかねー。

いですか、ひめ。あなたさまはレーヴ王国おうこくのお姫様ひめさまで、明日あしたとなりくに王子おうじ結婚けっこんするとまっている。けっしてサーカスだん一員いちいんではないですしジプシーでもない」

「そうねー」

「おねがいですからもっと大人おとなしくお姫様ひめさまらしくしてください。じゃないとはじかきますよ」

いもーん。わたし結婚けっこんなんかしないから!」

「いい加減かげんなことわないでください、もうまってるんです!」

「ふーん、そうなんだー」

「……生返事なまへんじなんかかえして、本当ほんとうかっているんですか? ご自分じぶんのこと」

 かがみおくからきついオッドアイがまたにらんでくる。そのわらったところをいまだにことい。……あ、わらったらわらったで不気味ぶきみね、きっと。

ひめこえているんですか」

「あああしつこいわね、かってるわよ! わたしはレーヴ王国おうこくのプリンセス、まれたときからにわよりこうがわしてもらえず結婚けっこんまれたときからまってた! 明日あした誕生日たんじょうび、かつその結婚式けっこんしきあさからされるかとおもえばそのまま意味いみからずまわされて無理矢理むりやり儀式ぎしき参加さんかさせられる! へとへとになってもからだやすめるひま当然とうぜんく、そのまましき全然ぜんぜんらないおとことキスしなくちゃいけない可哀想かわいそうな女の子! どう!? 満足まんぞく!?」

 うしろでうーんとひとうなり。

二十点にじゅってん

「ハァ!?」

「もうちょっとマシな表現ひょうげんができていれば百点ひゃくてんでしたが。そういうところ明日あしたまでになおさないといけませんね」

「あなたこそもうちょっとマシな点数てんすうせないの? あなたもそういうほめないところどうにかしたほういとおもうんだけど」

「ムリです」

即答そくとう!? ――ま、まあいわ。それよりもねフィリップ、わたしがもしも今度こんどこそあなたとの勝負しょうぶってそとたら、まずは放題ほうだいはしまわってやるのよ」

「まだ脱走だっそうするんですか?」

「もちろん! おいしいものをいっぱいべて、もちろんケーキもべて! そしてあなたがつけられないうちふねってとおくにたびるの! 絶対絶対ぜったいぜったいぜーったいあんなのと結婚けっこんなんかしないで自由じゆうきてやるんだから! こいならば自分じぶんえらんだ相手あいてとしたい!」

ひめいて。さすがにくちわるすぎです」

いてなんかいられないわよ! だってだって、自由じゆうって本当ほんとうにあこがれるんだもの! だれにもしばられないわたしだけの人生じんせいわたしだけのたび! おしろして冒険ぼうけんをして、わたしだけの運命うんめい相手あいてとダンスをおどるの……」

ひめ

「はあ、いなぁ。外国がいこくこととかもいっぱいりたいし、おまつりとかもてみたいし……そうね、民族衣装みんぞくいしょうとかいうふくてみたいわ! ほんんだのよ、それからどうしてもてみたくなっちゃって! あ、でもでもなにより遺跡いせきとかそういうのをたいわ! わたしね、ツタにつかまって、こう、ぶーんってんでもみたいの! そしていつかアトラス文明ぶんめい遺跡いせきとかいっぱいつけるの! もうこうなったらドレスなんかぬぎててかぜのように――」

「いい加減かげんになさい!」

 フィリップがピシャンとおこってさえぎった。一気いっきゆめからさめたみたいな気分きぶんになって居心地いごこちわるくなる。

「これ以上いじょうはやめてください、ひめ。あなたはこのくに大事だいじなプリンセス。なにかがあってからではおそいんです」

「で! でも……!」

ひめけっして意地悪いじわるっているわけではない。そと世界せかいひめおもっている以上いじょうきたないし、こわいしあぶないんですよ?」

「ふーん? たとえば?」

「まずまちはクソだらけ。くさいです」

「ええっ!? うそでしょ!? いたこといんだけど」

事実じじつですよ、すくなくともわたしそだったくにでは当然とうぜんのことだった。さらには病気びょうきえに、シラミ、ノミダニ、スズメバチ。台風たいふうかみなり火事かじ親父おやじうそつきもいっぱいいます。そういった危険きけんおそいかかってくればひとたまりもない。とくひめのようなちいさなおはなは――」

 いつのまにきれいな三つみがまれたオレンジのかみ両手りょうてでなでた。

「すぐれてしまう」

「……」

きわめつけ、このくににはおそろしい海賊かいぞく盗賊とうぞくがうじゃうじゃやってます。ひめまんいちさらわれてごらんなさい。ころされてごらんなさい。王様おうさま女王様じょおうさまもとてもかなしみますよ」

 心がずき、といたんだ。

 あまり一緒いっしょにいたことはない。けれどフィリップは何度なんどもすばらしいひとだってほめていた、わたしのお父様とうさまとお母様かあさま

 きっとわたしあいしてくれている。

 二人ふたりされると……ちょっとな。

「ね、お二人ふたりをあまりかなしませないで。あなたはこのくににとって非常ひじょう大事だいじひとなんですよ。それはこうやって何度なんどもご説明せつめいしたはずです。ひめかっているでしょう」

「ええ……みんなわたし手放てばなしたくないほどあいしているから、よね」

 そうです、とってわらいながらかたいた。

わたしだって、あいしているんだから」

「……」

「ささ、おかみができあがりましたよ。これでどうですか」

「う、うん」

 ちょっとうつむいているのをてフィリップはこまったかお

ひめかってくださいね。かなしいかもしれませんが、みんながあなたのことを大事だいじにしているんです」

かってる」

「きっと明日あした出会であ王子様おうじさまひめ大事だいじにしてくれますよ」

 そんなの、かんないのに。

 うーん……。

「それではすぐにアグロワ先生せんせいをおびしますね」

「えー!!」

わけ禁止きんしです」

「だるぅーい!!」

「やれやれ、さっきまでのお大人おとなしさはどこへったのやら……」

「ずっとあのままだとわたしがこわれちゃう」

「でも脱走だっそうだけはもうしませんよね?」

「……、……うん」

です」

 あたまをぽんぽんとかしちゃって。

 イケメンだから? ちょっと腹立はらたつ!

「ずるい。あんたは一番いちばん悪人あくにんよ!」

なんことやら――ん?」

 フィリップがそうかえそうとしたとき城中しろじゅう警報けいほうベルがひびいた。

「え、な、なぁに? どうしたの?」

「……ぞくですね」

「ゾク?」

あぶない人達ひとたちです。きっとねらいはひめだ、お部屋へやからないように! いですね!」

 おこったようなあわてたようなその様子ようすにちょっとたじろぐ。

「う、うん」

姫様ひめさま! 大丈夫だいじょうぶですか!」

 今度こんどあそ相手あいてのリンダがはいってきた。

 ――え、そんなにやばいの? ぎゃくたいりたい。

 うずうずする気持きもちをなんとかこらえる。

「ちょうどよかった、リンダ。ひめ監視役かんしやくを」

「はい、フィリップさま

「……余計よけいなお世話せわ

いまなんて?」

「いぃーえ! 教育係きょういくがかりのイケメンフィリップさまぁ」

 また眉間みけんにしわをよせて、はなでフンとだけった。

 本当ほんとういやなヤツ。かえってこい、さっきの地味じみやさしいフィリップ!

 しかしかえってくることなくぎゃく部屋へやていった。


 * * *


「リンダ、なにきたの?」

「どうやら海賊かいぞくどもが地下ちか金庫きんこそうとしたみたいで……あ、ほらあの集団しゅうだんです」

 指差ゆびさされたさきまどそと大量たいりょう兵士達へいしたち三人さんにんひといかけていた。あれがゾク?

「たった三人さんにんじゃない」

「でもあなどれません! 一番いちばんこのくに侵入しんにゅうしているわるやつです」

「へえ、すごいわね」

「すごくなんかないです! やっかいです! 兵士達へいしたちみんな今度こんどこそつかまえようと躍起やっきになっていますよ、たのもしいですね」

「そうすると、あの人達ひとたちいかけるために兵士達へいしたちみんなそとちゃうのね」

「そうなりますね」

「……」

「……」


「あれ、姫様ひめさまいまなにかたくらんでいます?」


「え、えぇ!? そんなこと!」

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