3-3 写真

 ――――ドキッ

 レオはもぐもぐしながら顔を上げる。咀嚼がゆっくりになる。


「最近の彼氏のとこかな。詳しく知らないけど」


 ゴクン、とたくましい喉仏が上下する。


「知らないんスか」


 レオの口の端に付いたカスがほろりと落ちる。


「ああ、ダンとまだ完全な仲直りをしてないから。怖いんだってさ、また疑われんのが」


 黙っているレオ、ハンバーガーが運ばれてくる、先生は続ける。


「多分だけど、あまり良くない相手だ。ちょっと素行が悪い、この間顔が腫れていた。彼氏のせいかはわからないが、多分……」


 レオは自分の顔が険しくなるのを感じる。ケイトは冷淡な印象を持っていたが、ダンに対してもそれは変わらないようだ。

 彼の背中のジャンパーが、揺れたように見えた。


「言っても、ダンがかばうから、いつでも証拠動画撮って警察に突き出す準備をしているんだ。こうやって!」


 突如、レオの視界が白く瞬く。視界が戻ると、先生がスマホを構えていた。カメラライトが光っている。写真を撮られたのだ。


「あっ!」


 ギクリ、とレオが顔を覆う。その様子を見て笑う先生。


「すまんすまん、冗談だ、消す消す」


 彼は画面をちょいちょいと触ると、「見てみな」とレオに渡した。

 アルバムの画面が開かれている。レオの写真はどこにもなく、削除されたようだ。それでも、レオは一応、何度もスライドして確認する。


 しかしさっき、シャッター音がしなかった。そういうアプリを取り込んでいるのかもしれない。ダンをケイトから救い出すために。


「もしかして、お前も写真嫌い?」

「え?」


 ふと、そんなことを訊かれる。あまりにも丹念に確認していたからだろうか。しまった、とレオは思う。挙動が怪しかったかもしれない。


「いや、んなわけないよな。めっちゃ写真撮ってただろ、ダチと」


 しかし先生はすぐに疑いを取り消したようだ。コクと頷くレオ。


「だよな、何でもない。……それ、古い型だろ? 映りが劣化しててさ、機種変しようと思うんだけど、何がいいかな」


 レオは何も言葉を発せなかった。それどころではなかった。もし、先生がレオのことを犯人だと確信し、その証拠を取られたら……――――

 心臓だけが体を内側からドンドンと叩いている。『早く何か喋れ! 怪しまれるぞ!』と訴えている。


 しかし先生は、そこまで気にしなかったようだ。


「レオくんはちなみに携帯何?」

「……俺は、ガラケーっス」

「まじか」


 先生は少しだけ目を泳がせ、申し訳程度にいそいそとスマホをしまった。

 コーヒーを飲み干すと、さて、と立ち上がる。


「ああ、見つけたら連絡よろしく。番号変わってないから。もしかしたらまたどっかの道でぶっ倒れてるかもしれんが」


 冗談めいて笑い、金を机に置く。


「じゃ、お先。喋ってばっかですまなんだ。ゆっくり食べな」


 椅子から立ち上り、カラン、とドアベルを揺らして出て行った。

 目の前の緊張が去ってからというもの、今度は後の緊張が襲い掛かってくる。


 彼がもし、犯人を特定したらどうする?

 通報だけで済むだろうか。あの笑顔でスパルタするやつが、それだけで済むだろうか。私刑をしてこないとも限らない。殺されるかもしれない。頭を抱えたくなる衝動を抑える。


 レオはしばらく机上のドーナツとハンバーガーを見つめていたが、やがて手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る