2-3 待ち合わせに来ない弟
「うそだろ……」
とうとう、里帰りの当日。ミノルは買い出しのためにデパートの駐車場で待ち合わせていた。いつもなら弟がこの車を見つけて、窓をノックしてくる。しかし、約束の時間から三十分も過ぎているのに、弟からは遅刻の連絡が来ない。
弟の性格から連絡をサボるのはあり得ないし、何なら昨日からまったく返事が来ない。GPSも切れている。いよいよ嫌な予感がする。
「まさか寝坊してないよな。だったら怒ってやる」
間違いなく寝坊ではない、と思いつつ、一縷の望みをかけて独り言ちた。
そのまま車を走らせ、弟のマンションへ向かう。迷惑になることを考えたが、そのまま入り口近くに車を止め、階段を上っていると、恰幅のある男が前から下りてきた。逸る気持ちを押さえ、壁際に肘が擦れながらゆっくり避ける。
六階に着くと、駆け足になり、インターホンを押す。
……返事はない。
ドンドン!
「ダンー?」
声をかけてみるが、無音だ。留守かと思い、電話をかけると、中のほうで着メロが聞こえ始めた。
「出かけてはいないのか?」
中で倒れているのかもしれない。管理人のおじいちゃんを呼んで、合鍵で開けてもらう。
電話を鳴らすと、リビングにあるボストンバッグの中から聞こえてきた。取り出して開いてみる。ミノルからの着歴と、ダイレクトメールの通知でいっぱいだ。
「ダンくんね、おとといから見てないね」
管理人はそう言って曲がった腰を撫でている。しかし、携帯があるので出かけたわけではなさそうだ。
「何か事件に巻き込まれてないかしら。警察に連絡しましょうかね?」
「いいえ、あとちょっと探してみます」
「あと、あの車あんたのかね」
「あ、はい。すみません」
「早めに移動させてね」
「はい。ちょっと探してから、すぐ動かしますんで。帰って休んでくださいおじいちゃん」
管理人を帰したあと、部屋内を探してみる。リビング、寝室、トイレ、風呂、クローゼット、いない。
警察に通報するのは、できれば避けたい。数年前、ダンが身体検査ではじかれた時、検査員と先生に酷い言葉で詰られたことがトラウマになってしまったらしいのだ。警察も、雰囲気が似ているらしく、苦手意識を持ち始める始末。それを克服するために、警備員になった矢先にこれだ。
何周かしてみると、エアコンを付けていないので汗が垂れてきた。冷蔵庫で何か食べよう。怒られたら、謝ろう。
冷蔵庫の扉に、スープのレシピが貼ってある。弟の字ではない。だが、見覚えがあった。
「…………あ、思い出した。レオか」
この癖のある崩れた字はよく覚えている。かつて務めていた学校の教え子、レオの字だ。弟と同級生で、仲良くしていた。
「たしか、両親の不倫が原因で一家離散して、孤児院育ち。頭は良くないが、体育は得意で、友達が多いやつ、だったな」
そういえば、さっき階段ですれ違ったのはレオかもしれない。体が大きいのも、黒髪なのも、堀が深い顔も、記憶の中の彼と一致している。
「弟とは別れたらしいけど、今も繋がっている……?」
弟のスマホの着歴を遡ってみる。もしかしたら、何か弟と約束があったのかもしれない。しかし、大体は上司らしき人の名前が並んでいる。レオの名前は見当たらない。だが、時折ケイトの名前が並んでいた。
「やっぱ、ケイトくんが絡んでんのかねぇ?」
思考を声に出していると、喉が渇いているのを思い出す。冷蔵庫の中からペットボトルを拝借し、がぶがぶ飲んだ。
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