第19話 ランクアップ試験


 最初に仕掛けたのはケビエラだった。

 ケビエラの普段使う得物は、自分の身の丈ぐらいある超巨大なハンマーなのだが、さすがに試験でそんな得物を振り回すわけにはいかないので、結構軽くなってしまうが訓練用の刃の部分は潰してある大剣を使用している。

 それでも鉄製のものなので、当たり所が悪ければ怪我どころでは済まないこともある。


 お互いのスタート位置からの距離は、ケビエラの突貫により元からなかったことのような感じにされた。

 そこから容赦なく大剣を上段から手加減なしに振り下ろされていく。

 普通ならこの時点で、転移したての異世界人であれば動けずやられているところ。

 しかし、セイジは元の世界で年寄りとは思えないほどの動きをする自分の祖父に鍛えられている。

 すぐに魔力で身体強化を施し、手に持つ訓練用の片手剣でその軌道を斜め下へとずらした。

 その際、思っていたよりも手にかかる負担が大きく苦悶の表情を浮かべる。



 (さすがにこんな攻撃を何度も受けてなんていられないな。そうなると短期決着を狙うしかないな)


 「おいおい、どうした。苦しそうじゃないか。今の一撃は挨拶代わりのもんだぞ。そんなんで大丈夫か?」


 「えぇ、ちょっと思ってたよりも重かったんでね。お気遣いありがとうございます。では、今度はこちらから行かせてもらいますね」



 セイジは一旦距離を取り態勢を整え、ケビエラはそんなセイジの出方を余裕をもって眺めて待っていた。

 今回のランクアップ試験に関しては、支部長が担当するということもあって致死性のあるようなものでなければ、魔法の使用も許可されている。

 だからこそ、セイジは接近すると同時に魔法の行使もした。



 「この俺に接近戦を仕掛けるなんていい度胸だね。面白い。受けてたっ?!」



 今回使用した魔法は、自分の適性属性である闇属性の中でよく使う影である。その影を使ってケビエラの足を掴み、数秒だけでもいいから動きを封じようとしただけだった。

 しかしそれは嬉しいことに、自分の想像よりもいい働きをした。

 不意を突かれたことによって、ケビエラは無様にもその場に手をついて取れこんでしまった。

 そんなチャンスを見逃さず、セイジは片手剣をケビエラの首に添えた。



 「これで勝負ありですかね」


 「ちょ、ちょっと待て。なんだ今のは?!今何をどうしたんだ?」


 「え、魔法を使って足止めをしただけですが?」


 「はぁ?何言ってんだお前は。魔法ってものは、発動するために呪文を詠唱するものだろ。そうじゃなきゃ普通魔法は発動されない。魔法使いじゃない俺だってそんなこと常識だって知ってるぞ」



 一つ、セイジは勘違いをしていることがある。

 それはこの世界の魔法というものは、全て詠唱して発動させるというのが常識だということだ。

 洞窟生活の時に一緒にいたはずの『赤鉄の絆』だが、全員そのことについて指摘するよりもセイジに与えられる魔法に関しての知識の方が気になってしまって、そんなことすら頭から抜け落ちて指摘していなかったのだった。



 「え、でもネリファラさんたちからは、特にそんなこと言われませんでしたが?」


 「はぁ?おい、ファラどういうことだ?」



 少し離れた位置で見ていたが二人の会話は聞こえていたネリファラは、ケビエラから向けられる鋭い視線から目を逸らし苦笑いをしていた。



 「おい!」


 「はははは。いやー、なんかね。セイジたちのいた異世界って、魔法に関しての知識はここより先を進んでたみたいなんだよねぇ」


 「なんだよねぇ、じゃねぇ!するってぇと何か?このセイジの知識のおかげでお前も詠唱無しで魔法が使えるってのか?」


 「うん。まぁ、こんな感じかしら」



 そう言ってネリファラは、地面に軽い炎をぶつけた。

 実際に対面で見ていたケビエラだけでなく、離れたところで二人の戦闘を見守っていたメイファも遠目からではあったが、その光景は見えていたので驚いていた。


 さすがに試験どころではないので一旦切り上げて、ケビエラは三人を連れて支部長室へと向かっていった。



 「それで、そのお前が持ってる魔法の知識とやらは俺にも教えてくれるんだよな?」



 ケビエラは『お前に拒否権はないぞ』という雰囲気でそう切り出した。

 セイジとしては、もう既に『赤鉄の絆』のメンバーに教えていることなので別に隠す気は一切なかったが、その凄みによってまたもや安易に頷いてしまっていた。



 「えっと、まずこの世界の人たちの認識では、魔法使いの人以外は、基本的に強力な魔法を使うことはできないってことだと思うんですが、それ自体が間違いです」


 「おい、ちょっと待て。その話が本当なら俺も魔法が使えるってことか?」


 「はい、そうです。実際『赤鉄の絆』のメンバーで魔法を使えるのはネリファラさんだけだったみたいですが、今では四人全員魔法が使えますし」


 「ファラ」


 「本当よ」



 まだその内容が受け入れられていなかったのか、ケビエラはネリファラに確認を取ったが、返ってきた答えは変わらずの肯定であった。

 そんな中もう一人困惑している人がいた。



 「あの、セイジさん。もしかして、私も魔法を使うことができるのですか?」


 「できますよ。なんなら城にいる時にでも教えましょうか?」


 「え、いいのですか?ご迷惑になりませんか?」


 「全然大丈夫ですよ。それに使うにしても教えてくれる人がいないと使えないだろうし」



 そんな困惑していたはずの一人であるメイファは、ちゃっかりセイジに魔法の使い方を教えてもらう約束を取り付けていた。



 「おい、セイジ。それなら俺にも教えろ」


 「え、別に構いませんが、さすがに毎日ここに来ることなんてできないので、今日のそれも今だけになっちゃいますよ?」


 「そこをどうにかして毎日ここに来て、俺にも教えろ」


 「いやいや、無理ですって。それに、それならそこにいるネリファラさんとかに聞いた方が、支部長としては手っ取り早くないですか?」


 「お、その手があったか!おい、ファラ!」



 メイファの魔法を教わるということが、羨ましかったのかケビエラはセイジに無理なことを普通にやれと言ってきていたのだが、なんとか機転を利かせて難を逃れたセイジ。

 そのとばっちりにあったネリファラは、そんなセイジに対して鋭い視線を送っていた。



 「ネリファラさん、そんな睨まないでくださいよ。さすがに俺が数日間毎日ここに来るなんてことできないんですから、仕方ないじゃないですか」


 「……はぁ、そうね。それでケビエラ、ちゃんとそれは依頼という形にしてくれるのよね?」


 「あぁいいぜ。ちなみにあの色ボケ夫婦は何日でものにしたんだ?」


 「確か───」



 ネリファラもさすがに何日もただで拘束されるのは嫌だったので、交渉を持ちかけたのだが、ケビエラはあっさりと了承しその話の内容を煮詰めていった。

 二人が話し合っている間、セイジもメイファもやることがないのでどうしようか迷っていたのだが、ケビエラが冒険者タグは後日城に届けさせると言ってくれたので、その場から離れることができた。

 そのついでにネリファラからは、今度機会があれば一緒冒険者しようと誘われ、洞窟内のゴブリン狩りで稼いだいくらかを渡された。




 ◇ ◆ ◇




 セイジとメイファがいなくなった組合の支部長室では、ケビエラとネリファラが先程までと違ってセイジについての話題を話し合っていた。



 「はぁー、結構な爆弾を落としていきやがったな、あの異世界人は。それに軽くあいつの実力を見極めるつもりでいたんだが、あいつまだ本気じゃなかったろアレ」


 「そうね。私も、洞窟内へ救出しに行った時に色々と聞かされて驚いたわ。それとケビエラが言うようにセイジはまだ本気じゃなかったと思うわ。そもそも、彼の本気の魔法を受けたらあなたあの場で死んでいたわよ」


 「かっー、マジかよ。そんなやべぇのか。ちなみにそれは魔法がやべぇのか?それとも魔法の使い方がやべぇのか?」


 「どちらも…かしら。まぁそれも含めて今後魔法に関して教えていくわ」


 「おう、よろしく頼むぜ」



 そして、またネリファラはセイジから聞かされた魔法の知識を教えていった。

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