第143話 文化祭二日目

 文化祭二日目は清々しいほどに秋晴れであった。


 雲一つ見えない空は秋という季節もあってより一層澄んで見え、日差しもちょうど良く心地よい気温である。


 最高の天候と言っても過言ではないだろう空の下、今日の俺のクジ運は最悪で、天候とは裏腹に曇っていた。


 まさかの一番忙しくなるだろう昼間担当。それに加え、今日は外部から沢山の人が来るから昨日の倍は忙しくなるだろう。プラス、シオリの劇と被ってしまい、俺は彼女のミュージカルを見ることなく文化祭を終えてしまう事になった。

 こんな事ならガッツリ練習風景見とけば良かった。めっちゃ気になるやん『氷の魔女をどっかの国のプリンスと七人のオモチャと共に魔法の絨毯で救いに行く話』

 誰かに代わってもらおうか悩んだが、この時間に代わってくれる仏様みたいな人はウチのクラスにはいなかった。


「この二年四組の劇面白いらしいぞ」

「ヒロインの歌がすごく良いらしいね」

「え? ダンスが凄いって聞いたけどな」

「気になるな。見に行こうぜ」

「そうだね。まだ三十分くらいあるから席取っとこうぜ」


 目の前を通るグループがそんな会話をしながら体育館の方へ向かうのを羨ましい瞳で見送る。


「こーら」


 優しい声が聞こえて来たので振り返ると四条が少し怒った顔をしていた。


「たこ焼き作ってる時によそ見しちゃダメだよ」

「あ……」


 注意を受けて俺は視線をたこ焼きの鉄板へ移す。


 ジューっと生地が焼ける音が聞こえてくると共に美味しそうな匂いが鼻の中を通る。


「何考えてたか当ててあげようか?」

「どうぞ」


 生地をたこ焼き用のピックでひっくり返しながら言うと四条が「シオリちゃんの事でしょ」と言ってくる。


「当たり……なのか……な?」

「ふふ。年がら年中シオリちゃんの事考えているんだね」

「お前にだけは言われたく……ない」


 言いながら最後のたこ焼きをひっくり返して四条に視線を向ける。


「お前は見たのか? 冬馬のミュージカル」

「当然だよ」


 そう言って親指を突き立てて言われる。


「最高だったよー。まぁ彼女としては冬馬くんの隣に立ちたかったのが本音だけどね」

「良いな……」


 俺の羨ましがる声に「あー……」と察したようだ。


「昨日も今日も被ってるもんね」

「こんなクジ運ある?」

「逆を言えば、出し物さえお互い終わればお互いずっと一緒とも取れるよ?」

「そう考えていた時期が私にもありました」

「そんなに見たかったの? だったら――」


 お、こ、これは――ここは任せて先に行けパターン!?


 四条、お前……流石は慈愛都雅の天使様と言われるだけはあるな。


「映画研究部用でカメラで撮ってるから今度見してあげる」

「――圧倒的これじゃない感」

「え?」

「いや、何でも……」


 俺が勝手に思ってただけだ。彼女は何も悪くないし、何だったらかなり親切である。


「今度見せてくれ」

「良いよ」


 そう言って笑いながらポンポンと軽く背中を叩いてくる。


「まぁ生で見れないのはしょうがないよ。でも、これが終わったら後夜祭までずっと一緒にいられるんだし、そう考えて楽しもうよ」


 そんな事を明るい笑顔で言ってくるもんだから俺の心も晴れていく。


「だなー」


 そう返すと四条はキョロキョロと辺りを見渡した。


「それにしても昼時なのに少ないね」

「今日は忙しくなると思ったのだが」

「ねー」


 なんて会話をしていると「すみませーん」と女性の声が聞こえてくる。


「そういう話をしていると来るパターン」

「あるあるだね――って……シオリちゃん!?」


 四条が驚いた声を出したからパッと見てみると、確かにシオリそっくりな顔の人と中年男性が立っていた。


「あ、純恋かちゃん」

「だから! 誰が――って……え……シオリちゃん出番は? もうすぐだよね?」


 言われて彼女はこちらを見てくるとまるで少女の様な笑みで中年男性に抱きついた。


「私、パパ活中」

「え!? ちょ!?」


 四条はパニックになっあ様な声を出して中年男性と俺を見比べる。


「あ、れ!? それって……どういう……」


 ワタワタとなって四条は俺に言ってくる。


「一色くんがシオリちゃんとパパ活してるの?」

「導き出された答えがそれか……」


 俺の声に中年男性が「琴葉やめなさい」と注意すると「はーい」と素直に従い、彼から離た。


「すみませんお騒がせしてしまい。私は汐梨の父です。そして――」

「母の琴葉でーす。久しぶりースーミンちゃん」

「だから――って……母親……?」


 四条が小さく尋ねると「母親」と簡単に答えてみせる琴葉さん。


「母親?」


 次は俺に聞いてくるから「シオリのママ」と答えてやる。


「母親?」


 最後に太一さんに聞くから「嫁です」と返されていた。


「……嘘……。めっちゃ似てる――ってか、久しぶりって事は……?」

「この前潜入捜査した時に絡んだよ」


 そう言いながら太一さんの後ろに隠れて頭を出したり引いたりして見せる。潜入捜査を身体で表現しているのだろう。


「あの……汐梨ちゃんのテンションがおかしかった日?」


 四条が言うと「むむむ」と琴葉さんが拗ねた声を出す。


「おかしいとは失礼な。あれが私の平常運転なのだ」

「あ、す、すみません」

「あはは。素直で良い子だね。純恋ちゃんは」


 そう言って隠れるのをやめて太一さんの隣に並ぶ。


「すみません純恋さん。お話は聞かせていただいております。汐梨と仲良くしていただいているみたいで……。これからも娘と仲良くしてあげてください」

「ください」


 親二人が四条に頭を下げると「こ、こちらこそです」と数回ペコリを繰り返した。


「父さん達とは一緒じゃないんですか?」


 どちらか指定して聞いた訳じゃない質問に太一さんが答えてくれる。


「さっきまで一緒だったんだけどね。息子の店に行くなんてお互い嫌だろって事で私達が買いに来たんだ」


 そりゃそうだ。ナイス判断だクソ親父。


「――という事でたこ焼きを四つもらえるかな?」

「少々お待ちください。ちょうど焼きたてですよ」

「おお! そりゃ良い」


 嬉しそうに琴葉さんが言い放つのが聞こえてたこ焼きを四つの容器に入れていく。


 それを四条が輪ゴムでとめて、ふくろに詰めて「どうぞ」と琴葉さんに渡す。


「ありがとうスミレンカちゃん」

「もう! だから――」

「あはは! 冗談、冗談、純恋ちゃん」


 そう言って無邪気に笑うとこちらに手をブンブン振ってくる。


「またね」


 それとは対象に太一さんは礼儀正しくお辞儀をすると彼らは去って行った。




 太一さん達が買いに来たのを皮切りに客足が多くなってくる。


「忙しいなー」


 文句を言いながらひたすらにたこ焼きをひっくり返す。


「これが経営者なら泣いて喜ぶんだけどね」


 苦笑いで四条が言うと、ピーポーピーポーと大きな救急車の音が響き渡る。


「あークソが。熱くて倒れそうな俺を運んで欲しいわ」

「救急車はみんなの税金で成り立っているんだから一色くん如きを運んでいる暇はないよ。はいはい、口じゃなく手を動かして」

「やかましいぞ包装係。ちったぁ手伝え。こちとらさっきからポケットで鳴り響くバイブレーションを我慢しながら作ってるんだぞ」

「私は真心込めて詰めるのが仕事ですので」

「この頭でっかち! 仕事は臨機応変にやるもんだろ」

「私ぃ、馬鹿だからわかんない」

「悔しいけど可愛いな! クソが!」


 そんな会話をしながらようやくと客足が落ちつてくれた。


「ああああああ! 疲れたぁ」

「お疲れさま。これでピークは超えたでしょ」

「んじゃシオリの劇見に行っても?」

「だーめ。まだ時間じゃないでしょ?」

「そこは『あたしがやっとくから愛しの許嫁の演技をちょっとだけでも見てきな! エンジョイ!』みたいな台詞があっても良いだろ?」

「今のあたしのモノマネ?」

「似てただろ?」

「全然ダメ」

 

 そんな四条にダメ出しをくらっていると、またポケットのスマホが震えるので「鬼電してくるやん」と呆れながら見るとスマホの液晶には『父さん』と書かれていた。


「父さん? なんのようだ?」と呟きながら電話に出る。


「もしも――」

『コジ! 今どこにいる!?』


 スマホから聞こえてくる馬鹿でかい声に反射的にスマホを離す。


「どこって……学校の中庭だけど?」

『い、今すぐシオリを連れて来い!』

「急に何言っ――」

『琴葉が倒れた』

「――え……」

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