第141話 許嫁と文化祭一日目④

 シオリのおかげで精神力が回復した為、次にやって来たのはグランドだ。


 妹カフェからも見えたが、野球部がいつも練習しているバックネット側にはバッティングセンターやテレビでお馴染みの九枚の的を射抜くアレが設置されている。


 先程は無様な姿を見せてしまったので、ここで挽回しておきたい。アレならあまりやらないが経験があるし、最高六枚を射抜いた事がある。前は三枚だったが、それでも上出来だ。

 ここで野球部よりも良い成績を出してやる。


「あれ、一色じゃん」


 野球部の出し物は人気があり、結構な人で賑わっていた。


 そんな人の中で声をかけてくれたのは野球部の堂島だ。


 彼はユニフォーム姿で帽子のつばを後ろにして被りバッドを杖みたいにして立っていた。


「あれ? デート?」


 彼はシオリの存在に気がついて自然に聞いてくる。そこに嫌味等が含まれている感じはしなかった。


「まぁ」

「へぇ。冷徹無双の天使様とね。仲良いって噂されてたけどマジだったんだ」

「やっぱり噂されてるのね」


 改めて聞くと溜息案件である。わかってはいたけど人から聞くと気分がなえてしまいそうだ。


「別に気にする必要ないだろ。みんな暇なんだよ、他人の噂話しかする事ないくらいにな」


 そう言って爽やかに笑って持っていたバットを渡してくる。


「これで天使様に良いところでも見せてやってもっと仲良くなりな」

「堂島……」


 あんまり絡んだ事なかったけど、堂島めっちゃ良いやつだな。爽やかすぎるだろ。


 ただ――。


「なんでバット?」

「ん? 何でって使うから」

「え?」


 堂島が指を差した方向を見ると、そこには男子学生がマウンドに上がって華麗なピッチングを見せて――おらず、マウンドより数メートルバックネット側に近づいた所に立っており、そこにお腹の中心あたりまで伸びた支柱――バッティングティーの上に乗ったボールをバックネット側に置かれた九枚の的を目掛けてフルスイングした。しかし、ボールは明後日の方角へと消えていった。


「ピッチングのバッティングバージョンだな」


 俺は「いやいやいやいや」と全力で手を振った。


「あんなん無理だろ」


 言うと堂島は爆笑する。


「今の所最高で一枚だな」

「ですよねー」

「まぁ、バッティングしたいって意見が多かったから取り入れただけさ」


 そんな様子を見ていたシオリが「面白そう」と呟いた。


「お、七瀬川はいける口か?」

「やる価値は大いにある」

「強気だねー。まぁ女子なら……ボールが届いただけでも凄いと思う」

「なるほど……。コジロー貸して」


 やる気スイッチが入ったシオリが俺からバットを取ると慣れた手つきでバットを軽くクネクネさせると周りを見てから素振りを一回する。


 ――ブンッ!


 軽く振ったみたいに見えたが、物凄いスイングスピードでこちらまで風圧が来たのと、スカートが捲れて水色のパンツがばっちり見えた。


「うん、少し軽いけど、これで良い」


 素振りが凄すぎてパンツの事など消えてしまった俺は彼女に問う。


「野球経験者?」

「ソフトボールなら授業である」


 答えるとシオリは「出る」とカッコ良く言い残してバッティングティーの置かれた場所へと向かって行った。


「あれは……凄いよな?」


 シオリを指差して堂島に問うと、彼も驚きすぎて言葉が出ずに頷く事しかできていなかった。

 琴葉さんも凄かったもんな……。血なんだな……。


 シオリがバッティングティーの横に立つ。あの位置に立っていると言うことは右打ちなのだろう。


 そして構えて軽くバットを振って見せると、金属音が響き、真芯で捉えた打球は的より遥か彼方へ飛んで行ってしまう。


「何ちゅう打球だよ……。野球部にもいねーぞあんなの」


 堂島が目を丸くしてシオリの打球を見ていた。


「見切った」とシオリの方から聞こえて次は左打ちに切り替える。


 何かもう驚かない。お前も両打ちなんだな程度だ。


「俺、初めて見たわ。女子のスイッチヒッター」

「はは。珍しいよな?」

「激レアだな」

「激レアか」


 そんな会話をしていると、また金属音がして、弾丸ライナーが的目掛けて物凄い速さで飛んでいった。


 グシャアア!


 打球は的を射抜く事なく支柱にあたり、ぶっ潰れた。


「あ」とここにる全員が声を上げた。


 シオリは一旦こちらをチラッと見るとダッシュで潰した的の方へ向かって走る。


 そしてマジマジと的を見るとこちらに向かって大きく手を上げて叫んだ。


『コールドゲーム!!』

「やかましっ!」







 野球部が誰かさんのせいで中断を余儀なくされたので、お隣のサッカー部が出し物をしているサッカーゴール付近へやってくる。


「イッチと七瀬川さんじゃん。チャオ」


 チャラい声で近づいてくるのは何となくチャラいサッカーのユニフォーム姿の元一年一組。現二年三組の嵯峨(さが)だ。


「さっちゃん。チッす」

「さっちゃんはね、チャラくないのよほんとはね――とか言っちゃって。ウェイ」


 あー、やっぱチャラいな。


「何? 今日はPKデート? イイね。イッチ良い波乗ってんね」

「何だよPKデートって」

「ペチャパイ高校生とデート――とか言っちゃって」


 彼がそう言った瞬間、隣から物凄い殺気を感じる。


「ここは俺ら部員とPK対決する場所なんよ。ヤッてくっしょ? ゲストがキッカーでホストがキーパーね」

「客をゲストで主催者をホストとか言うなよ。チャラいな」

「誰がパラパラ踊ってんねん」

「誰がそんな事言ったよ」

「御託はいいからやるべ。やるべ」


 まだ誰もやるとは言っていないが、チャラ男はゴールキーパーをしだした。


 仕方ない。ここで華麗にゴールを決めてシオリに良いところ見せるか。

 そもそもPKはキッカーが最強に有利だ。

 お客さんを喜ばす為にキッカーをやらすなんてホストの鏡だよあんた。


「コジロー待って」


 俺がペナルティエリアに向かおうとしたらシオリに停止を促されてしまう。


「私がヤる」

「お、おう」


 無表情で言い残して向かうシオリの後ろ姿は恐ろしかった。


「おお! 七瀬川さんが来るのね! よっしゃ! へい! カモン!」


 チャラ男の煽りを無視してゴールを見据えるシオリ。それはかなり集中している様子であった。


 そして勢いをつける為、数歩後ろに下がるとチャラ男も真剣な表情で構えを始める。


 シオリが勢いをつけてボールを左足で蹴ると、その勢いでガッツリパンツが見えてしまった。


「――ぶっ!!」


 突如聞こえた声にゴールの方を見ると、チャラ男が倒れている。


 どうやらシオリのパンツに視線が釘付けになったのは俺だけではなくチャラ男もらしく、一歩も動かずにボールは彼の顔面に直撃したらしい。


 シオリは心配でもするのかと思ったがサッカー選手がゴールを決めた後のパフォーマンスみたいに急に踊り出した。

 しかもキレッキレのダンス。ダンス部もびっくりの喜びの舞であった。なぜこのタイミングで踊っているのだろうか……。

 謎が謎を呼ぶが彼女はダンスを終えるとこちらに走って来て清々しい表情で言ってのけた。


「ミッション完了」

「もしかして、ヤるってそっち!?」

「当然の報い」

「あ、あはは……」

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