第140話 許嫁と文化祭一日目③

 チラチラとこちらに視線を感じるのは間違いなくシオリへ対してだろう。

 彼女が学内を歩くだけでそこはファッションショーと化し、生徒の注目を浴びている。

 許嫁フィルターを外しても彼女は美しい。だから目立つ。そんな事は分かっている。


「誰だよあれ」とか「何様だ? あいつ」なんて声が小さく聞こえてくるのだって今に始まった事じゃないから別に気にも留めていない。


「コジロー眉間にシワ寄せがエグい」

「んぁ? そ、そうか?」

「怖いなら怖いって素直に言えば良いのに」

「いやいやいや。あれだよ。あれ。俺のイカつい顔の恐いとお化けの怖いのどちらが正真正銘のこわいか勝負してやらうと思ってな。あ、勘違いすんなよ。俺自身は怖いと思ってないから。むしろ俺自身が恐いから」

「なら、コジローの完敗だね」

「な阪関無!」

「は?」

「いや……」


 俺の態度にシオリが「やれやれ」と溜息混じりで呆れた声を出すと問題の場所に到着する。


「いらっしゃい……」


 三年五組の教室はそれはそれは禍々しい姿に変わっており、受付の人は何だか分からないがボロボロのコートにフードを被っており、声の低さから男性だとは見受けられるが顔が良く見えない。


「二名様で?」

「はい」


 聞かれた質問にシオリが答えると、受付の人がこちらに向いてくる。


「ここは楽しい楽しい楽園だよ。是非楽しんで行ってね」


 そう言って俺に握手を求めてくるものだから、反射的に「ど、ども……」と手を握ってしまうと――。


「うわっ!!」


 手が取れたので俺は悲鳴を上げてしまう。


「楽園と言ってもそれは私達にとっては――だけど……。ひっひっひっ」

「あわわわわ……」


 俺の反応にシオリが無表情で俺の握ってる生手を取り上げると受付の人に返す。


「あ、ども」

「いえいえ」

「お連れさん大丈夫っすかね?」

「大丈夫らしいので大丈夫です」


 そんなやり取りをしていて普段なら何か言ってやる所だが、今の精神状態じゃ何も思い付かない。簡単に言うとめっちゃビビってる。


「ほら、行くよビビロー」

「お、おう」

「大丈夫かな……」




 中に入ると、薄暗く視界が悪いが何とか歩けると言った感じで何となく背筋が寒い。


「ふ、雰囲気あるなぁ……」

「そう?」

「いやー。中々に。うん。良いね。悪くない。悪くないよー。ま! 全然ビビってないけどなー。ヨユーだけどなー」

「そう」


 ふぅ……。何とかビビってるのは隠せているが、これじゃバレるのも時間の問題……だな。


 俺と言う存在の威厳を保つ為にもこんな時は感情のコントロールだ。


 恐怖という感情は『怖くない』なんて思う程に恐怖を増してしまうおそれがある。それだと全くの無意味だ。

 そういう時は別の感情で補うのが良いだろう。


 喜怒哀楽の中で最で最も効果が期待出来るのは感情は『怒』だ。


 人は怒っている時は喜ばない。人は怒っている時に哀しまない。人は怒っている時に楽しまない。原理で言えばその逆もあるのだが、簡単に思い出せるとしたらやはり『怒』の感情ではなかろうか。


 さぁ思い出せ。怒りのメモリーを――。




 話をしよう。あれは……三千百五十三万六千秒前、端的に言うと五十二万六百分前。そうだ、ご名答。八年前の時だ。

 ああ、今でも鮮明に覚えているさ。


『はい。どうぞ』

『ありがとう』


 小学生の俺は隣の席の栄子(えーこ)という珍しい名字の女の子に消しゴムを貸したんだ。


『あ、栄子。そこ間違ってるよ』

『え、そうなんだ。どこかな?』

『ここ、ここだよ』


 そう言ってノートに間違って書かれた部分を教えるからどうしても彼女の方へ寄ってしまうだろう。


 それを見逃さなかったのはゴシップ大好き微位雄(びーお)くんだ。


『うわー。一色、栄子の事すきなんちゃうん!?』


 授業を中断してまでの報告にクラス中がこちらに注目する。


 呆れる先生、何事かと見てくるクラスメイト達。その中心に俺と栄子さん。


『まじかよー。お前栄子狙いだったんかよー』


 ここまでの注目に微位雄くんはブレーキの壊れたゴシップ暴走機関車と化し、こちらに攻撃を仕掛けてくる。


 彼が何の目的で、何故俺を陥れようとしたのか……。恐らく彼は彼女が好きだったので、仲良くしている風に見えた俺に嫉妬したと考えるのがセオリーだろうが、今ではその答えは謎のままだ。


『おい、微位雄。やめとけって』


 栄子を庇うつもりでの発言に『ふゅーふゅー』なんて、時代錯誤もいい所の煽りを俺達に見せてくる。


『栄子。気にすんなよ』


 今、一番可哀想なのは栄子だと思い庇ったのが間違いだった。


『えぇ……。一色は……ないわ』


 突然の裏切りで一番可哀想ランキングを駆け上がってしまった。


 消しゴムを貸し、間違いを教えてあげたのにも関わらずみんなの前でフラれたみたいな形になる。


 こんな公開処刑あるか? 俺はまだ九歳だぞ?


 そこでようやく先生が微位雄の席に到着しての『はい、職員室』で騒動は幕を閉じたかに見えた。


 しかし、エピローグとして、この後一週間はフラれた奴としてレッテルを貼られイジられまくるというフィナーレ。


 小学生の一週間めっちゃ長いからな! なめんなよ! 地獄だったわ! てか、許さん! 栄子とかいうビッチマジで許さん。あと微位雄今度地元で見かけたら絶対シバき回す。




 ――あー、あかん。思い出しただけでイライラしてきた。


 しかし、今の俺は栄子と微位雄のおかげで目覚めちまったのさ。スーパー何とか人にな。おそらくだが、俺の髪の毛は逆立って黄金に輝き、何かしらのオーラ的な何かが放たれている事だろう。


 これで怖れるものは何もない。いや、逆に向こうが恐る位だろうな。ふっふっふっ。


「――ばぁ」


 いきなり現れた白い布を被ったザ・お化けみたいな奴が出てきた。その瞬間である。


 シュン……。


 擬音にするとそんな感じだろう音が出たみたいに俺のオーラは消えた。


「うわぁ!」

「え?」


 俺の驚いた声にザ・お化けが首を捻った。


「あ、え、えっと……」


 お化けは頭をポリポリとかいて焦っている。


「いや、俺、ジャブ中のジャブなポジション……。あの……お連れさん大丈夫っすか?」

「すみません。馬鹿な者で」

「いえいえ。一応非常口は中間辺りまで行かないとないんで……。あれでしたら引き戻った方が良いんじゃないっすか?」

「親切にありがとうございます。でも、大丈夫です。お化けさんも頑張って下さい」

「うはぁマジ天使っすねー。いやー俺自信無かったんすけど出ましたわー。あざす」

「立派ですよ」


 世間話をするシオリに、何をお化けと世間話してんねん! 何てツッコミも出ずにただ、呆然と立ち尽くす。


「ほら、行くよ雑魚」

「お、おうふ」

「お達者でー」


 お化けに見送られて奥に進む足は震えており、それを見たシオリが「やれやれ」と言いながら俺の腕にしがみ付く。


「これで怖くないでしょ?」

「は、ははは」

「この程度が怖いなんてマジで言ってんの?」

「こ、怖くないし。あれだろ? シオリがビビって俺に抱きついてきてんだろ? はっはー」

「あー面倒くさい。それで良いや」

「しょ、しょーがねーな」


 俺は一旦腕を離してシオリの肩を引き寄せる。


「こ、これで怖くないだろ?」

「こんな状況じゃ無かったらキュンとしたのに勿体無い」







 太陽の光というのは何でこんなにも暖かくて優しいのだろうか。

 人間は太陽の下で生きる生命体だと再認識出来る。無事お化け屋敷から抜け出した達成感も相まって最早太陽様が顔を見せてくれるだけで安心する。


 中庭に戻って来た俺達はそこら辺に設置されてあるベンチに適当に座って日光浴を楽しむ。


 それにしてもお化け屋敷無理だわ。めっちゃ怖いわ。いや、分かってるよ? 作り物って。でもさ、いきなり血塗れの奴とか、首伸びる奴とか、追いかけてくる奴とか、マジで無理、もう無理、今日寝れないもん。


「大丈夫?」


 隣に座る許嫁が優しくこちらに声をかける。


「怖かった?」

「うん」


 俺の頷きにシオリが「あ、素直になった」と笑いながら言われる。

 もうプライドとかそんな物どっかにいった。もう今は恐怖心しかない。


「なぁシオリ……。今日一緒に寝てくれないか?」

「え、な、何、急に」

「だってもう無理だもん。今日寝れないもん」


 そう言うとシオリは笑いながら頭を撫でてくる。


「ごめんごめん。私が行こうって言ったから無理して付いて来てくれたんだよね。ごめんね」

「笑い事じゃ……ない」

「あはは。ごめんごめん」


 次にシオリは手を繋いでくれる。


「コジローが怖いのなくなるまで手繋いでてあげるから、それで怖いの無くならなかったら一緒に寝てあげる」

「……ホントか?」

「ホント、ホント」

「じゃあしばらくこうする」

「ふふ。最初から素直に言えば良いのに」


 笑いながらシオリはしばらく手を繋いでいたくれた。



 


 

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