第139話 許嫁と文化祭一日目②
「おかえりなさい。お兄ちゃん。お姉ちゃん」
一年七組にて出迎えてくれたのは妹を思わせる雰囲気を漂せた、可愛らしい女の子だった。
こういう系統の店は初めて来る為、勝手が分からないのでいきなりの接客にお互い少し戸惑ってしまう。
「いつもの席で待っててね」
そう言いながら案内してくれるみたいなので俺達は彼女の後に続く。
なるほど、その台詞は「二名様ご案内でーす」みたいなものか。
案内される途中に一年七組の中を軽く見てみると、同じ教室とは思えない位に可愛く装飾が施されている。簡単に擬音で例えるとキラキラしてる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの席綺麗にしておいたから座って、座って」
ふむ……「こちらの席でよろしいでしょうか?」と翻訳して良いだろう。
案内された席は綺麗なテーブルクロスがひかれている窓際の席であった。
シオリに、良いよな? とアイコンタクトを取ろうと思ったら有無言わずに着席しやがったので俺も座るしかなくなった。
まぁ席なんて正直何処でも良いから良いんだけど。それにここからなら軽く外の様子も観察出来るし文句などない。
席に着くと、何だか座り慣れた椅子だったので、おそらく机も学校の物をくっ付けてそこにテーブルクロスをひいてお洒落を演出しているのだろう。
「今日のメニューはどうしよっか?」
言われてテーブルに置いてあるメニューに手を伸ばしながら「後で良いっすかね」と答えると「お兄ちゃん」と案内してくれた女の子がしゃがんで上目遣いで言ってくる。
「お兄ちゃん敬語って変だよ。何か距離あるな……。ミオリ寂しい」
「え……。あ、ああ……」
今のが敬語ならば社会人になった時に困るぞ。
バチくそ怒られるからね「〇〇っすってなんやねん? おお? なめとんのか?『です』やろがい!」みたいにね。
実際短期バイトの時にクソみたいな年上の人に言われて「お前をデスさせたろか?」と思ってしまったが、その人も間違った事は言っていない。言い方がカスなだけさ。
なので一応目上の人には気を付けているけど……。
日本語って難しいよね。
なんて思いながらも、なるほどなるほど。設定は大事だね。うんうん。なんて考える。
よくよく見ると彼女の名札に『ミオリ』と可愛らしくデコレーションされた名札が付いている。
本名か源氏名か分からないが、高校の文化祭だし本名だろう。
女の子を名前で呼ぶのはシオリ――琴葉さんは女の子じゃないから除外で良いか――だけなので呼ぶのに躊躇うが設定上仕方ないよね。仕方ない。
「ミオリ。後でも良い?」
「うん。決まったらまた呼んでね」
物凄い可愛らしい笑顔を振りまいてミオリは俺達の席を離れて行った。
あー……こういう系統の店にハマる人の気持ちが少し分かった様な気がする。
そんな事を思っていると正面から「ムゥ」と少しむくれた声が聞こえてきた。
「どうかした?」
「別に……」
そう言って顔を逸らしてくる。
「いや、何か怒ってない?」
「別に」
「怒ってんじゃん。なになに?」
聞くとシオリはこちらを見て言ってくる。
「あえて言うならニヤけてて気持ち悪い。嫌悪感」
「に、ニヤけてなんかねーよ」
「ニヤけてた。コジローはああ言う子がタイプなんだね」
少し怒った口調の後、シオリは少し考えてこちらを見てくる。
「ほ、ほらほらおにいたん」
「――え……」
俺の驚きの声を無視してシオリが続ける。
「め、メニューを一緒に決めようよ、おにいたん」
「おいおいシオリ。ここは確かに妹カフェだけど、お前まで妹になる必要はないんだぜ」
「う、うるさいな。前に言ったでしょ? ソラちゃんモードを取り入れるって」
「そんな事――」
瞬時に蘇ったのは夏休みの水族館での出来事だった。
「――言ってたな」
「時は満ちた。今がその時」
「何で今なの?」
「べ、別に良いでしょ。嫌なの? おにいたん」
シオリの俺への呼び方に手に顎を持っていき深く考え込む。
「な、何か反応……してよ……」
自分でやっといて何処か恥じらいがあるみたいな反応をされる。
「いや、あれだな。確かに可愛いのは可愛いんだけど、シオリはやっぱ妹キャラじゃなくて許嫁キャラだって事が再認識出来たわ。いつも通りコジローって呼ばれる方が尊い」
そう言うと、パァと花が咲いたみたいな笑みを浮かべてくれる。
「と、当然だよ。それとキャラじゃなくてマジモンの許嫁」
「あはは。シオリは俺の許嫁だもんな」
「えへへ。私達は愛し合う許嫁」
「あのー」と声が聞こえて俺達は瞬時に振り向いた。
そんなやり取りをしていたもんだからいつの間にか目の前にいるミオリちゃんに気が付かなかった。
「ご注文は……まだ……です……よね?」
こちらのやり取りにドン引きのミオリちゃんが素で聞いてきたので俺達は「あは、あはは。あはははは」と苦笑いしか出なかった。
別にコーヒーに拘りはないし、そもそもあまり飲まないので詳しくもないが分かってしまった。
これはそこら辺のスーパーで売ってるインスタントコーヒーだと。
「お待たせお兄ちゃん。ゆっくりしていってね」と可愛らしい妹が淹れてくれたコーヒーだからといって、インスタントコーヒーが熟成されたコーヒーになる訳でもなく、インスタントコーヒーは誰が淹れてもインスタントコーヒーであった。
いや、例外があるな。
シオリが作る料理は美味しい。めちゃくちゃに美味しい。だが、どんな原理なのか全く分からないが、想いを込めれば込めるほど……想いが強ければ強いほどに……ダークマターになってしまう。
意味不明だけど美味いから良い。たまに本当のダークマターが混ざる時があるから注意だが。
ただ、シオリがインスタントを作ってくれる時、それは地獄の門を開かんとする時だ。
彼女はどんな錬金術師でどんな血の契約を交わしたのか全く分からないが、インスタントを不味くしてしまう能力がある。それで一回俺は気絶しているからな。
何が言いたいかと言うと、インスタントは誰が作ってもそれ以上の味を出す人はいなくても、それ以下に出来る者が存在すると言う事だ。
「なに?」
俺の視線にムカついたのか、シオリが不機嫌な声を出す。
「んにゃ……。別に……」
考えていた事を茶で濁す。いや、この場合はコーヒーで濁すと言っても良いかも知れないな。
ともかくだ。
ここには別にコーヒーを楽しみに来たのではないし、ここはコーヒー専門店じゃなく『妹カフェ』だから妹の接客を楽しむ所だし、高校の文化祭で何も求めてない。
ウチのクラスのたこ焼きだってこの程度のレベルだろうから何も文句はない。ただ単に、インスタントだなぁ、と思っただけである。
まぁ市販のコーヒーでも美味しいよね。知らんけど。
そんな事を思いながらコーヒーカップをテーブルに置き窓の外を眺める。
「どうする?」
窓の外はいつものグラウンドの風景ではなく、中央に大きな簡易ステージが建てられており、野球部がいつも練習しているバックネット側にはバッティングセンターやテレビでお馴染みの九枚の的を射抜くアレが設置されていたり、サッカーゴール側には制服を着た人とサッカーのユニフォームを着た人がPKをしているのが見える。
「悩む」
シオリはスマホの電子パンフレットを見ながら答えた。
「こんだけありゃな……」
俺も先程から見ていた電子パンフレットを見ながら苦笑いで返す。
「ま、今日一日で全部は無理だろうから興味ある所に行こうぜ」
「うーん……」
スマホを眺めながら唸るシオリの前に置いてあるコーヒーは一口も飲まれていないのに湯気が弱まって来ていた。
対して、俺は先程からチマチマと飲んでいるのでコーヒーはもうすぐ空になる。
「閃いた」
突如シオリがスマホからこちらを見て言い出した。
「戦闘中に新しい技でも閃いたか?」
「流し切り」
言いながらこちらにスマホを見せてくる。
「完全に入ったさんお疲れです」
文化祭とは何の関係ない言葉のキャッチボールを繰り返しながらシオリのスマホを見る。
「お化け屋敷」
「お化け屋敷……だと……」
そんな俺の反応が気に入ったのか、シオリが少し含みのある笑みを見せてくる。
「苦手?」
「ば、ばばばバカ言っちゃいかん! お化けなんてあれだろ? 文明科学では証明されていない人間の妄想であって、現実に存在するはずないんだから、お化け屋敷なんてものは存在しないはずなんだって。あはは、やだなー」
「三年五組に存在する」
「そ、それはあれだよあれ。中世の時代に適当な蛇捕まえて『これがツチノコだぜ!』と言ってるのと一緒だっての」
「例えが意味不明。あと、早口でキモい」
「早口なのはあれよ? 最近魔法の詠唱にハマっててさ。もうすぐ出そうなんだよね。きゃめひゃめ波的なエネルギー弾的な何かが」
「うん。ともかく質問に答えてよ。苦手なの?」
答えはイエス。紛れもなくイエス。ホントマジでイエス。
こちとらホラー映画の類いも苦手で、見た日にゃ夜一人で寝るのも怯える位に苦手なんだ。
文化祭如きのお化け屋敷? はは、笑わせるな。俺にとったらハリウッド級ホラー映画に成り代わるぜ。
だが、ここでイエスと答えると「ふぅん」と小馬鹿にした笑いをされるに違いない。
それは許嫁的にも彼氏的にノー案件である。
「いやぁ? 別にふちゅーだけど? てか、ヨユーだけどね。ははん。所詮は愚かな人間が考え出した娯楽の一つに過ぎないだろ。そんなもの科学の前で無となって浄化してやるぜ」
「そ」
シオリはからかう様子もなければ、呆れた様子でも無く、無表情で立ち上がった。
「それじゃあ行こう」
「マジ?」
「浄化するんでしょ?」
「あ、あははー。マジ全員浄化してやるわ」
泣きそうな声が出てしまい、シオリはこちらの態度に気が付いているのかどうか分からないが、せっせと妹カフェを出て行った。
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