第135話 許嫁とカラオケ

 あの日のシオリの風邪は本当に軽いものだったらしく、その日の昼間には熱も下がり元気になったみたいだ。


「おはよう」

「おはよ」


 いつもの駅の改札で待ち合わせ。いつものヘッドホンにいつもの雰囲気。そして、いつものおっぱい。


 紛れもなくシオリだが――。


「じー……」

「なに?」

「いや……シオリだよなぁ」

「当然」


 クールに言った後、シオリがいつもの出口に向かうのでそれに続く。


 あの日以来、毎回シオリを凝視するのが日課みたいになり、この会話も最早ルーティンになっていた。


「――そういや、もうボチボチと本格的に文化祭の準備が始まるよな」


 登校しながら、他愛もない話題を提供するとシオリが聞いてくる。


「コジローの所はたこ焼きだっけ?」

「そうそう。まさか、俺の意見が通るとはな……」


 あんな適当な感じで発言して、そのままバックれた奴の意見を採用するなんて、我がクラスながらどうなってるんだと思う。

 だが、俺としたらやりたい事が出来るので何も文句はない。


「シオリの所は劇だろ?」

「そう。私がヒロイン。腕がなる」


 シオリがいない時に決まった事で、何か思う所でもあるんじゃないか、と思ったが予想外にも彼女はやる気を見していた。

 まぁ元々演技は好きっぽいからな。下手なのは置いといて――。


「いや……大丈夫なのか?」

「なにが?」

「演技だよ。演技」

「私の演技をあなどるな」

「あなどるわ! 何で自信満々なんだよ!」


 俺のツッコミに「ふっ」と鼻で笑って前髪を掻き分ける姿は大女優っぽかった。


「あの頃のペ○パー・シオリと思わない事だ。私は成長をした」

「も、もしや……映画研究部に足を運んだ事により演技の練習をしたと?」

「――ふっ……。とだけ言っておく」


 あ、これ、口から出まかせ言ったやつだ。雰囲気で分かっちゃった。


「それよりも――」

「それよりも?」


 こいつは演技よりも何か不安な事があるのだろうか。


「劇は劇でもミュージカルだから歌わなくてはならない」

「え!?」


 ミュージカルってあのミュージカルだよな。

 心配ないさー!! のやつだよな。


 ミュージカルって本当に面白いんだよな。心の底からワクワクして、演者も観客も一緒に楽しめるって感じで俺はめちゃくちゃ好きだ。


 その分、難易度はお高くなるはずだ。


「おいおい。本当に大丈夫なのか?」

「歌には自信がある。だけど、人前で歌った事はない」

「いやいや、お前の自信はいつもどこから来るの? まじで」


 俺の言葉をスルーしてシオリが続ける。


「だから、カラオケで少し歌の練習をしようと思んだけど……行った事ないからどういうシステムなのか分からない」

「ふむ……。そうか……」


 ミュージカルは演技とダンスも大事だが……歌も大事になってくる。


 そういえば、こいつはダンス出来るのだろうか? ――いや、今はとりあえず彼女の歌唱力を確認しておこう。四組の為にも。ダンスは後日確認ということで。


「そんじゃ今日の放課後カラオケ行くか」

「良いの?」

「ああ。ウチのクラスはまだ本腰入れて準備してないし。――シオリのクラスこそ大丈夫なのか? ミュージカルとなるともう準備していかないといけないんじゃない?」

「まだ脚本が出来ていないし、振り付けも作成中。出演者はとりあえず待機状態だし」


 それは都合が良い。


「なら、放課後、いつも通りに迎えに行くわ」

「分かった」


 そんな約束をしてシオリに疑問をぶつけた。


「そういや、ミュージカルって何すんの?」

「氷の魔女をどっかの国のプリンスと七人のオモチャと共に魔法の絨毯で救いに行く話」

「うわー。色々ごちゃ混ぜだー」







『見えないものを〜』


 小さな個室でテレビ画面に映る歌詞を見ながらマイク片手に好きなバンドの歌を披露する。


 カラオケは結構好きで良く行くが、シオリとは初めてなので歌える曲を入れるという無難な行動に出た。


 シオリが「先にどうぞ」と先行を俺に促してくるので、別に拒む必要もなかったから熱唱する。


『オーイェーアハー! イェーイェー!』


 画面に映っていない歌詞の部分も歌いきり、気持ちよく演奏中止ボタンを押すとカロリーが表示される。


「十一カロリー……。これってすごいの?」


 シオリガ指差して聞いてくる。


「さぁ……。そういえばカロリーは誰かと比較したことないな」


 首を傾げていると画面が切り替わり独特のBGMと五段階評価のグラフが現れて点数とコメントが表示される。


「八十五点か……」


 調子良い時は九十点行くんだけど、まぁこんなもんだろう。


「バランスは悪くないですが、もう少し原曲を聴いてみてはいかがですか? 点数アップにも繋がります」

「うるせっ! 数百回は聴いとるわっ!」


 機械のコメントを読んでくれるシオリに対して、画面にツッコミを入れてマイクをテーブルに置く。


 まぁ正直、俺の事はどうでも良い。問題はシオリだ。


 俺が歌ってる最中に曲を入れていた様で、画面に彼女が今から歌う、歌の題名が表示される。


「あー、これね」


 それは昔の曲だがかなり有名で、女心を上手く表した悲しいラブソングである。


「これは切ない神曲」


 そう言いながらシオリはマイクを持ち立ち上がった。


 その姿は美少女シンガーソングライターを思わせる。

 なんせ、ヘッドホンを首に装着し、マイクを持っているのだから。ギターなんて装備した日にゃ、ガチモンのシンガーソングライターに見えるだろう。


 百点満点の風貌の中、悲しげなイントロが流れ出して画面に歌詞が表示される。


 一体、どんな甘い声で歌ってくれるのか――。


『アイタクテ〜フルエル〜』


 ――!?


 こ、これは――。


 ペ○パーくん……だと!?


 まさか、こいつ演技だけじゃなくて歌い方も片言かよ! あと、シンプルに下手!


 今すぐにでも曲を停止させてこの苦痛な時間から解放されたい。

 今ならジ○イアンリサイタルを嫌がる小学生の気持ちが大いに理解出来る。俺に何か未来の道具を貸してくれ。青タヌキちゃん。


 ――なんとか一曲耐えてみせるとシオリは切ない曲の余韻に浸っており、見た目だけは悲恋の歌を歌いあげた歌手の様に美しく儚いが、その中身はただの歌の暴力である。


「こんなもの」

「ああ……。震えたわ……」


 俺は首を横にゆっくりと振る。


「ふっ……。私の美声に震えたんだね。気を付けて中毒性があるから。酔う」

「違う意味で毒あるわ! 不協和音に酔うわ!


 俺のツッコミに彼女は首を傾げる。


「何言ってるか分かんない」

「何で分かんないんだよ!」

「私の歌は極上。天にも昇る気分になるはず」

「違う意味で昇天だな!」


 シオリは全くもって理解できないと言わんばかりの表情を見してくる


「ともかく見なよ。これが証拠」


 そう言って指差した画面にはシオリの歌の点数が映っていた。


「ほら……九十五点……きゅ――!? ――は?」


 俺の困惑をよそにシオリがコメントを読み上げる。


「澄み渡る様なビブラートですね」


 どこにあった? ビブラート。


「あなたの歌から歌詞の情景が目に見えます。まるで湖のほとりにいるかの様」


 俺には空き地で苦痛に耐える小学生の情景が見えたんだが……。


「最高の歌でした」


 ――え……? これ、俺の耳がイカれてんの? 俺の耳に大量の耳糞が詰まっているからなの? そうなの? 

 いやいやいや! 絶対そんな事ないっての! あり得ない! これ機械逝ってるわ。機会が天に昇ったやつだわ。間違いない。誰か、人……。人の評価を彼女に……。


「やれやれ」


 両手を上げてこちらを馬鹿にするような顔を見してくる。


「これ程の評価を貰っていて八十五点のコジローが何をイキってるのか理解不能」

「なぬ!?」


 割とガチで店員さんを呼ぼうか迷っていたところでの彼女の発言に俺の心に火が付いた。


「てめーみたいな片言野郎に言われたくねぇよ!」

「野朗というのは男を罵る時に使う言葉」

「うるせーよ!」

「ぷくく。言葉を正しく使えない。歌も八十五点のコジローが九十五点の私に意見なんて早い」


 小馬鹿にされて俺は急いで曲を入れた。


「見とけよ!! 俺の十七番だ」

「素直に十八番と言えないやつ、歌下手説」

「初カラオケのやつに何がわかるんだよ!」

「ま、なんでも十七番でも十八番でも何でも良いけどさ。コジロー如きが私を超える時が来るとは思わない」

「良いから刮目しとけ!」

「歌だから拝聴だと思うけど?」

「うるせっ!」







「――ちょっと……休憩しようぜ……」

「そうだね……」


 シオリとお互い、ふぅ……と一息ついて深く椅子に腰掛ける。


「私、飲み物取ってくるよ。何が良い?」

「シオリと同じで」

「わかった」


 シオリは頷いて個室を出ていった。


 そこで俺は前髪をかき分けてもう一度大きく息を吐いた。


 分からない……。何故だか分からないがシオリの歌が上手い気がする。


 最初はジ○イアンリサイタルかと思われたが、歌を聴く度にローレライの様な歌声に移り変わっている気がするんだ……。


 なんなんだ? この不思議体験は……。


 この短時間で上手くなった……? それともそもそも俺の耳が腐っていて、彼女の歌を聴いた事により腐っていた耳の穴が浄化されたのか……? 浄化された事によって俺本来の耳の穴を取り戻しシオリの美声を感じ取れるのか?

 

 考えてみたら、顔も可愛いけど、そもそも可愛い声をしているもんな。

 それに、先程から九十点以上バンバン出すし。そりゃ、機械と人の採点は違うけど、ここまでくると認めざる得ないのか?


「――お待たせ」

「あ、ああ」


 この不思議体験を考えていると、両手にコップを持ったシオリガ戻って来て、それをテーブルに並べると先程まで正面に座っていたのに隣に座る。


「ふふ……。何だか久しぶりだね」


 嬉しそうに言いながら太ももを密着させてくる。


 彼女との太ももの密着も最初こそはドキドキした。いや、今もしているのだが、それが今では心地の良いドキドキに変わっている。


「そうだな。マンションの頃はこうやって座ってダラダラ過ごしてたもんな」

「うん……。まだ全然経ってないのに何だか懐かしい……」


 懐かしむ様に言うシオリの雰囲気はどこか悲しげだった。


 やはり両親とは上手くいってないのだろうか……。


「普通だよ」

「――え?」


 俺の疑問の念にシオリが苦笑いを浮かべる。


「顔に書いてる。コジローの心配事」

「まじか……」


 そう言って反射的に頬を触るとシオリガ吹き出した。


「コジローは分かりやすいから」

「そうかよ……」


 少し拗ねた声が出るとシオリは俺に言ってくる。


「大丈夫。コジローが心配する様な事は何もないよ。本当に……」


 その何だか意味深な言葉はそのままの意味なのか、何か裏があるのか……。


「ふふ。また出てる」


 彼女は軽く笑いながら言ってくれる。


「親とあんまり喋らないから本当に何もないんだよ。あ、無視とかそんなんじゃないよ? ただ、あんまり会話がないだけ。それだけ」


 どうやら彼女は本当に俺の思っている事がわかったらしい。

 俺が分かりやすいのか、彼女がすごいのか……。


「そうか」


 思うところは沢山あるが、俺が横槍を入れるべきではないのでそんな答えになってしまった。


「だから、その顔に書いてる心配事消して」


 そう言いながら頬をなぞってくるのがこそばゆくて「うへへ」と変な笑いが出てしまう。


「あ……頬弱いんだ……」


 そう言って「えいえい」と指で何度も頬をなぞってくる。


「や、やめろって」

「ぷくく。やめない」

「ちょっ……まじで……」

「えいえい」


 しつこいシオリの手を握り止めてやると「仕返しだ」と言って俺は反対の手で彼女の頬をなぞる。


 彼女の頬はモチモチで柔らかかった。


「ちょ……ちょっと……コジロー……」

「お! シオリも弱いのか」

「よ、弱くないよ」

「ほれほれ」

「きゃ! や、やめ……」


 彼女が感じているような声を出すので、イケナイ気分になりこちらも調子に乗ってやってしまう。

 先程のしつこい位のシオリの行動が頷ける。


「もぅ」


 シオリも俺の手を握り、お互い両手で手を握り合い見つめ合う状況。


「え、ええっと……」

「あはは」


 シオリの顔が赤かったので、おそらく俺の顔も赤いのだろう。


「なんだろう、この状況」

「変」

「だよな」

「でも、好き」

「うん。良いよな。両手で手を繋ぐのも」

「何だかキス……する前みたい」

「キスしたいのか?」

「したい」


 彼女の素直な答えに俺の心臓が跳ねた。


「でも、カラオケでするのはダメ」

「……ですよね」


 落胆の声が出てしまうがすぐにシオリガ提案してくれる。


「だから、デュエットしよう」

「――キスの代わりがデュエットって……」

「ふふ。キスはいつでも出来るけど、デュエットはカラオケに来た時にしかできないでしょ? 私、コジローとしたい」


 なんか、最後の言葉だけ聞くとやらしい気持ちになるが、それを抑えて俺はマイクを握った。それは比喩表現ではなく、ちゃんとしたマイクだ。


「そんじゃやろう」

「うん」


 そう言ってシオリが更にこちらに寄ってくる。


「ん? シオリ、マイク持たないのか?」

「コジローと一緒のマイクで歌う」


 そう言って顔をマイクに近づけてくる。


「えへへ。近いね」

「なんか恥ずかしいな」

「そうだね。でも、これでやりたい」

「お、おう」


 お互い顔を赤らめてデュエットした







 駅前のカラオケボックスから出るとシオリが、うーん、と大きく伸びをした。目立たない胸は強調される事なく、伸びを終えると彼女は清々しい顔で俺を見る。


「楽しかったね」

「めちゃくちゃ楽しかったな。また行こうぜ」

「うん。またデュエットしたい」

「俺もシオリとデュエットしたいから男女デュエットの曲のレパートリー増やしておくよ」

「うん。私も増やしておく」


 そう言い合ってお互いに手を絡め合い駅の方へ向かい歩き出す。


「ふふ。でもね、デュエットも良いけど、私もっとコジローのラブソング聴きたいな」

「俺もシオリのラブソング聴きたいな」

「うん。それじゃあお互いラブソングも増やそうよ」

「だな。な? 次はいつ行く?」


 俺の質問に繋いでいない方の指を顎に持っていきシオリが答えた。


「うーん……。文化祭終わり?」

「でも、文化祭終わったらすぐに修学旅行が始まるぞ」

「そっか。もうそんな時期なんだね」

「早いよなー」

「それじゃあ修学旅行終わりにでも行こうよ」

「おう」


 そんな約束をしたカラオケ終わり――。


 ――あれ? 何か俺忘れてる気がする……。なんだっけ……。


 それが思い出せずに少しモヤモヤするが大した事じゃないだろう。

 もしかしたら彼女の美声に酔いしれ過ぎて忘れたのかも知れないな。

 



 

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