第134話 お義母さんの学校生活④

「なんで俺はこんな所に……」

「そりゃ手伝うって言ってくれたからだろ」


 俺の呟きに丁寧に返してくれるポニーテール先輩。


「はぁ……」

「溜息吐くほど嫌なのかよ。汐梨を見習え」


 先輩が親指で差した先には四条と五十棲先輩と一緒にパソコンの前ではしゃいでいる制服を着た、見た目は高校生、中身は中年の女性。


「楽しそうですね……」

「小次郎も楽しめよ」

「そんな単純な感情では今日はいけないんですよ……。いけないんです……」

「はぁ? なんで?」


 夏希先輩の質問に「いえ……」と曖昧な返事をして琴葉さんを見る。


 今頃、帰って安堵の域に達しているはずだったのに……。




 ――六限を反省会で潰されてしまったが、放課後居残りにならずに済んだのはラッキーだった。

 こうしてお義母さんの学校生活も終わりを迎えるだろう。なんだって後は帰るだけだからな。

 そんなフラグを立てながら昇降口に行くと夏希先輩に出会ってしまい映画研究部に強制連行となったって訳だ。


 まぁ……手伝うと言った手前、時間が押している状況で少しでも人手が欲しいのは分かるから文句はそこまでない。


 問題は琴葉さんだ。


 あの人、編集とかできるのかな……。多分、頼まれるのそこら辺だと思うけど……。


「あ、あははのはー」


 予想通りに琴葉さんは苦笑いを浮かべて頭から煙を出していた。


「大丈夫? 汐梨ちゃん」

「大丈夫か?」


 四条と五十棲先輩が心配そうに琴葉さんを見る。


「ダイジョーブイ。――だけど、ちょっと休憩させて」


 そう言って立ち上がる。


「うん。無理したらダメだよ」

「ありがとう、スイレンカちゃん」

「だから! レゲェグループじゃないわ!」


 そんなツッコミに琴葉さんはフラフラっと映画研究部の部室を後にする。


「おいおい、大丈夫か?」


 夏希先輩が琴葉さんの後ろ姿を見つめて呟いた。


「ちょっと様子を見て来ます」

「――待て待て。そう言って逃げる魂胆か?」

「流石にそこまで姑息じゃありませんよ」

「おい、小次郎。こっちを見ろ」

「あ、あははー。ではー」

「あ! 戻って来なかったらしょうちしないからな!」


 そんな物騒な言葉を背に部室を出ると「おっと」と身体が仰反る。

 トイレから帰ってきた冬馬とぶつかりそうになったからだ。


「こ――シオリどこ行ったか知らない?」

「七瀬川さん? ああ、カメラ持ってすれ違ったな。どっか撮影でも任されたのか?」

「あー、いや……。ともかくありがとよ」


 そう言い残して去ろうとすると、ガシッと肩を掴まれ「まぁ待て」と停止を強制される。


「え、ええっと……どした?」


 冬馬はその眼鏡の奥では何だか全部見透かしていると言わんばかりで間をとると、ゆっくり口を動かした。


「本当に童貞を卒業したのか?」

「――は?」

「いや……。その……。朝は冗談で言ったが、二人はそもそも同居していたし……ってなるとそうなのかなって……」

「そんな神妙な顔付きで出た言葉がそれか? 変態眼鏡野郎」

「俺は真剣だぞ。その……純恋とそういうのはいつ頃が良いのかとか……色々考えるから……。それで、是非、小次郎達の経験を参考にだな……」

「こっちだってまだだわ!」

「なんだ、そうか」


 そう言って胸を撫で下ろして言ってくる。


「――それで? あれは誰だ?」

「え……?」

「七瀬川さんのフリしている人だ」

「え、ええ? 何を言ってるんだ?」

「見くびるなよ。お前程じゃないが、俺も純恋もかなり仲の良い友人なんだ。気が付かない訳がないだろう」


 そう言うと眼鏡をクイッとしてくる。


 こいつの勘の鋭さは勉強で使えないのだろうか……。


「いや……まぁ……。隠してる訳じゃないんだけどさ」

「ぬ? もしかしてマジか?」

「は?」


 俺の呆気に取られた声に冬馬は爆笑する。


「いや、まさか、ちょっと揺すっただけでこれとは……。お前、騙されやすいタイプだな」

「おまっ! かまかけたのかよ!」

「あはは! まぁまぁ。でも、昼の様子が少しおかしかったからもしかしたらと思っただけだ。――しかし、驚いた。本当に七瀬川さんじゃないのか。すると、一体誰なんだ?」

「詐欺師だ。爽やか詐欺師だ」

「あはは。悪かった。今度何か奢ってやるから。――で? 誰なんだ?」



 奢れよ、と念を押してから、もうここまで話が進んだので素直に答える。


「シオリの母親」

「――は?」

「シオリのお母さん」

「ぬ?」

「シオリのママ」

「いやいやいやいや!」


 手を振りながら、あり得ないと言わんばかりの反応を示す。


「何言ってんだよ」

「まぁそうなるわな」


 俺が淡々とした態度で答えると眼鏡をクイッとする。


「――マジなんか?」

「マジだな」

「しかし、母親という見た目じゃ……」

「そこは……ごめん。ちょっと説明は出来ない」


 事情が事情なので安易と言う事が出来ない。


 それを察してくれたのな冬馬は「マジか……」と納得してくれる。


「――にわかには信じがたいが……その小次郎のテンションは嘘を言っていないテンションだ」

「どんなテンションだよ」

「小次郎は分かりやすいからな」

「そうかよ……」


 拗ねた声を出すと冬馬は、何かを考え込んだ後に言ってくる。


「まぁ……お前らにも色々事情があるんだろうな……。でも、これだけは言わせてくれ。もし、困った事があったらすぐに頼ってくれ」

「冬馬……。ありがとうよ。そんじゃ、出て行った母親探しにちょっくら行ってくるわ」

「おけ」







「――やっと……見つけた……」

「あら、コーちゃん」


 別に走った訳じゃないが、見つかるまで時間がかかったので普通に歩いただけで息が切れてしまっていた。


「中庭で何してんすか」

「いやー、この学校って噴水あるんだーと思って。それにちゃんと整備されてて綺麗だなっと」


 言いながらカメラを構えてこちらを撮ってくる。


「私、あんまりカメラって持った事ないから色々撮りたくてね。ほら? 私って撮るんじゃなくて、撮られる方だから」

「じゃかましいわ」


 言いながらこちらに向けてきているカメラを払い除ける。


「勝手に持って行っちゃダメでしょ」

「にゃははー。メンゴメンゴ」

「――ったく……。ほら、戻りますよ。今日は調子悪いって事先輩に言って一緒に帰りましょう」


 そう言うと彼女は笑いながら頭を掻いた。


「そだねー。編集? なんて私チンプンカンプンだったよー」


 そう言ってのけた琴葉さんは校舎を見ながら語り出す。


「コーちゃん。今日はありがとう」


 そして儚げな表情を見した。


「今日は凄く楽しかったよ。久しぶりに授業受けて、体育の授業でホームランも打てたし。本当に楽しかった」

「はしゃいでましたね。年甲斐もなく」


 そう言うと「にゃはは」と苦笑いを浮かべるとすぐに嬉しそうな顔をする。


「それに、純恋ちゃん、冬馬くん……。とても仲の良い友達もいるみたいで安心した」

「そうですね。俺もいますし」

「だねー。汐梨は恵まれてるよ。本当に嬉しい……」


 自分の事の様に言った後に「あ」と何かを思い出したかのようにポケットから可愛らしい包みを取り出した。


「コーちゃん。これ、今日付き合ってくれたお礼だよ」


 言いながら俺にその包みを渡してくる。


「お礼?」

「そ。お礼」

「なんですか?」


 言いながら開けようとすると「あ、待って」と止められる。


「そ、それは……ここぞという場面で開けるのじゃぞ」


 何だか強キャラの老人みたいな感じでそんな事を言ってくる。


「ここぞという場面?」

「そうそう。現実的じゃない、非現実が起こった時に開けるんじゃ」

「なんすか? なんのロープレのキーアイテムっすか」

「にゃはは。ないしょー」


 まるで少女が秘密を暴露した後に恥ずかしがるみたいな雰囲気を出した。


「ともかく、その時まで開封は厳禁じゃ。その時まで肌身離さず持っておくのじゃぞ」

「――は、はぁ……?」


 全く意図が分からない話だが、琴葉さんがそうして欲しいのなら今はまだ開けるべきではないな。


 しかし……一体、何が入っているのだろうか……。


 

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