第130話 許嫁?
『――それでね、純恋ちゃんが――』
「あー、あいつならやりかねないな。あははー」
夏休みが終了してから数日。
人間というものは慣れる物で、夏休みボケは解消され、いつもの日常に溶け込む事に成功した。
何の変哲もない日の夜、シオリと無料通話で会話を楽しむ。
ベッドの上で寝転がって寝返りを打つ度にキィと鳴る小さな音と、無料通話のたまにたまにポツポツ途切れる音声がマッチした場合は相手が何を言っているのか全く分からない時があるが、そこは無料通話なので文句は言いまい。
しかし、何だな……。
一緒に暮らしていた時よりも会話が多い気がするのは何故だろう。
会話が多いと言うか、シオリの言葉数が多いと言うのが正しいのか。
一緒に暮らしていると、相手の姿が見えるから安心して言葉数が減ってしまい、電話だと、コミュニケーションが口だけになってしまうので言葉が自然と多くなってしまうのだろうか。
今まであまりシオリと電話をした事なんて無かったから、彼女がこんなにも喋るなんて新鮮である。
『――それから――ごほっ、ごほっ……!』
スマホの向こうから彼女の咳込む音がしたので少し心配になる。
「風邪か?」
聞くと少し遠くの方から、ごほ、ごほ、と聞こえてくる。
スマホを耳から離したのだろう。
『んー……なんだろ……』と声が近付いてくれる。
『喉がちょっと痛いかも』
「あなたの風邪はどこから?」
『私は喉から』
「そんな時は鈍色の――」
『なんだか喉に凄く悪そ――ゴホッ! ゴホッ!』
ボケを入れている場合じゃなさそうだ。
「おいおい。結構ガチ系か?」
『うーん……。大した事ないよ』
「今日はこれくらいにして、酷くなる前に薬飲んで寝とけよ?」
『そうだね。結構長く喋ったし。それじゃあ、また明日駅で』
「おやすみ。気を付けてな」
『うん。おやすみなさい』
通話を切った後にスマホの画面を眺めて「大丈夫か?」と心配な声が出た。
♢
俺の心配は無用で終わってくれた様だ。
朝、改札へ向かうといつも通りシオリが立っていた。
相変わらず通行人から美し過ぎて二度見されているが、特に気にする事なく少し俯き加減で待ってくれている。
「お待たせー」
前に立つと「あ……」とこちらの存在に気が付いて俺と目が合う。
「おはよう」
いつも通りの挨拶をされて自分の眉がピクッとなり「あっと……。ええっと」と言葉を詰まらせながら彼女に問う。
「大丈夫か? 昨日咳込んでたけど?」
「問題ない」
「そっか……。あれ? そういや、今日ヘッドホンは?」
シオリの特徴でもあるヘッドホンが無かったので聞くと無表情でこちらを見てくる。
「忘れた」
「へぇ……」
頷いた後に言葉を続ける。
「珍しい事もあるもんだ。いつも付けてるのに」
「家を出る時に気が付いたけど、戻っている余裕が無かった」
「ありゃま……。そんな日もあるわな」
言うと彼女はコクリと頷いて歩き出す。
「行こう」
「おいおい、大丈夫かよ……。そっちじゃねぇぞ」
「え?」
シオリが出口へ向かおうとするのを呼び止め、彼女の額に手を置いた。
「うん、熱は無さそうだな」
「な、ないよ……」
「あんまりこれって意味ないらしいけど一応な」
「だ、大丈夫だから、行こ」
そう言って彼女がもう一つの出口へ向かおうとした所で俺は彼女の手首辺りを軽く握った。
「なにしてんすか? 琴葉さん」
「――え?」
彼女は目を丸めてこちらを見てくる。
「いやいや、びっくりしましたよ。遠目で見た時は分からなかったけど、目の前に立ったら分かりましたよ」
「私、シオリ。あんなファッキンマザーと一緒にしないで」
「シオリはそんな事言いません。それに、最初の出口で正解だったのに、今は違う出口に出ようとしてますよ」
指摘すると彼女は観念したのか、明るい笑顔を見してくる。
「いやー、流石はコーちゃん。バレましたか」
「中年女性が女子高生の格好して……なにしてんすか……」
「あら? 見た目は女子高生と変わらないわよ? 見て、この制服の着こなし。そこら辺の女子高生と変わらないでしょ?」
そう言って一回転する仕草は一昔前の女子高生だった。
見た目は今どきで美しいのだが、こんな事する女子高生なんてほぼいない。
「――はぁ……。目的は? てか、シオリはどうしたんですか?」
「シオリは風邪ひいちゃったから家で休んでるわよ」
「昨日のはやっぱ風邪の引き始めだったか……」
「大丈夫、大丈夫。シオリも心配しないでって言っといてって言ってたから」
「その言い方はシオリから許可を取った様な言い方ですね」
「誤解しないでよー。勝手には来ないわよー。ちゃーんとシオリには許可もらったわ」
「本当ですか?」
ジト目をして聞くと「ホント、ホント」と手を振りながら弁解する。
「風邪引いてるなら代わりに学校行ってみても良い? って聞いたら『好きにして』って言ってたもん。コーちゃんにも『私は大丈夫だから心配無用』って伝言預かったくらいだし」
それは風邪でしんどい時にそんな事聞いてくるから鬱陶しがられて適当に返事されただけでは?
まぁ伝言を預けるくらいならシオリの風邪は大した事なさそうだな。
あとで一応メッセージだけでも送っておこう。
「私は学校へ行ける。シオリは出席日数が稼げる。ウィンウィンでしょ?」
理論上はそうかもね。
「それで、えっと、目的はね――シオリの学校を直に感じたかったのよ。ほら、保護者も許可取れば学校に入る事が出来るだろうけど、自分の親が来るのとかうざいでしょ? だから、ここは奇病を上手く利用させてもらうのさ」
胸を張って何とも反応しにくい事を明るく言ってくる。
太一さん……あなたが妻を信じる意味が分かった気がします。
この人、めっちゃ元気でめっちゃ明るいですもんね……。
「シオリの学校がどんな所で、どんな人達がいて、どんな学びを受けて、どこでコーちゃんとイチャイチャしてるのか気になるから」
「序盤は良い感じのスタートでしたが、最後は余計です」
あはは、と笑ってくる。
「でも、まさか駅でバレるとは……。もうちょっと長く騙せると思ったんだけどなぁ」
「見くびらないで下さい」
「愛……だねぇ」
からかう様な言い草に俺はジト目で言ってやる。
「マジで来る気ですか? 高校に」
「大丈夫、ちゃーんと大人しくしてるわよ。目立つ行動はしません。シオリの生活に影響出るだろうし。こう、今日は影みたいに過ごすわよ」
ユラユラとしているのは影を演出しているのだろうか……。
シオリの顔して陽気に言ってのけるから何処か信用が出来ない。
「――マジで来るんすか?」
「ここまで来たからね。で? 学校ってどっちだっけ? こっちだっけ」
そう言って先程出ようとした出口を指差して聞いてくる。
「それじゃあ行くわよ! コーちゃん。レッツラゴー」
シオリの見た目なのに発言がちょいちょい古いのがツボりそうになる。
しかし、なんだな……。
自分の彼女の母親が制服着て、その人と一緒に登校する男子高校生なんて……俺だけだろうな。
そんなレア体験を感じながら琴葉さんと学校へ向かった。
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