第126話 許嫁の父親と

 両親達の事情を聞いてから数日。


 特に何の変哲もない夏休みを過ごしていた。


 起きて、顔洗って、歯を磨いて、ご飯食べて、ダラダラしたり、二人で出かけたり――。


 二人共、あの話題を出すことなく繰り広げられる夏休み。

 この前の話なんて聞いてなかった。このまま、こんな生活がずっと続くかと思われる様に過ごす毎日。


 しかし、それはやっぱり無かった事にはならない。


 夏休み終了の二日前に太一さんから連絡が入った。それは予想通り、家が決まった事の連絡で、それはこの心地良い生活の終わりを告げる事になる。


 悲しくはない。だって俺達は離れて暮らしても仲の良い許嫁なのだから。でも、寂しくないと言えば嘘になる。単純な感想だが、楽しかったから。




「――それだけか……」


 夏休み最終日。


 シオリの荷造りが終わり呟きが出る。


 荷造りと言っても、ダンボール一つだけである。


「うん……」

「そういや、初めて来た時は制服と鞄だけだったな」

「そう……。そのおかげでコジローは私のパーフェクトボディを見る事ができた」

「パーフェクトボデー?」


 煽るように言いながらシオリの胸を見るが、うん、これからかもね。


 そんな事を思ってるとジト目で見てくる。


「セクハラ」

「いやいいや! てか、あれはお前がいきなり出てきたんだろうが!」

「あれはテスト。コジローがどんな人間かを試した。まぁ、ある程度は知ってたけど」

「なんちゅう捨身なテストだ」


 シオリが軽く吹き出して「実は……」とあの時の心境を語る。


「あれ、下着着けてバスタオル巻いてテストするつもりだったんだけど……。緊張してて忘れてた」

「お前……それで俺が糞野郎だったらどうするつもりだったんだ?」

「え? 糞野郎じゃないと思ってるの?」

「糞製作所に言われたかねぇよ」

「スカトロ好きのコジローには私の料理は最高だったね」

「何で俺がスカ○ロ好きになってんだ……。てか、お前は下品な言葉なんだから○で隠せ」

「隠蔽行為は好まない」

「ロックだねー」


 そんなくだらない会話をしているとシオリがダンボールを持つ為にしゃがんだ。


「そろそろ行くね」

「持って行こうか?」

「良いよ。下までだし」

「そうか……」


 確かに、マンションの下に父さんが車で待機してくれているので、大した距離ではないが、手伝いたかったので少し残念な声が出てしまう。


 シオリはダンボールを両手で持ち立ち上がる。


「コジローも今日帰るんだよね?」

「ああ」

「じゃあ、明日、学校の最寄り駅で待ち合わせね。一緒に学校行こうね」

「分かった。寝坊するなよ」

「それはこっちの台詞。まぁ、朝、鬼電してあげる」

「シオリのモーニングコールとは贅沢だな」

「最高の贅沢だね」

「全くだ」


 そんな事を言い合いながら玄関まで彼女を見送る。


「それじゃまた明日」

「うん。また明日」


 そう言って彼女が玄関を開けると「おっと」と低い中年男性の声が聞こえた。


 玄関の前には太一さんが立っていた。


「あっと……。シオリ、もう良いのかい?」


 太一さんの問いにコクリと頷くとシオリはそのままスタスタとエレベーターの方へ向かって行った。


 その後ろ姿を見送っている太一さんの目は娘との会話に失敗したと反省している様な気がした。

 そんな彼が俺に視線を移す。


「小次郎くん。少し良いいかな?」

「あ、はい。大丈夫ですけど……太一さんは良いんですか? 一緒に行かなくて」

「私は大丈夫。後で電車で向かうから。それよりも小次郎くんと話をしておきたくて」

「そうですか。どうぞ、お入りください」

「お邪魔します」


 靴を脱いで太一さんは丁寧に靴を揃えてから中に入る。


 リビングに招き入れるて「適当に座ってください」と言うと「失礼します」と言って丁寧にダイニングテーブルの席に座る。


 そこはシオリの隣の席だったので、俺はいつも座っている席の隣に腰を下ろして彼の正面に座る。


「すみません。家に何もなくて」

「お気になさらないでください」

「ど、どうも……。それで? お話って言うのは?」


 太一さんへ早速本題を振ると「はい……」と返事をして口を開いてくれる。


「今回は私達の身勝手な行動をして小次郎くんには多大な迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ありません」


 改まって頭を下げられるので俺は「いえいえ」と言葉を返す。


「元鞘に収まるだけです」

「それでも説明なしに色々と押し付けてしまった。本当にすみません」

「父さんにも言いましたが俺は――僕はそこまでですよ。むしろシオリです。もう、おそらく話を色々なさっておられると思いますが……。――僕みたいな若輩者が言うのも生意気ですが、残された時間を精一杯家族で過ごしてください」

「ありがとう……」


 自分の言葉で一つ疑問点が出たので太一さんに尋ねる。


「――あの……。失礼な事を聞いても良いですか?」

「どうぞ」

「琴葉さんの……その……長くないと言うのは……どれくらいなのでしょうか?」


 聞くと太一さんは難しい顔をしたので俺は慌てて「す、すみません!」と謝る。


「失礼でしたね。忘れてください」


 頭を下げると太一さんは「いえいえ」と優しく否定してくれる。


「そんな事はない。小次郎くんには知る権利がある。それは君にとっては失礼に値しない。小次郎くんが聞く事、私が言うことは当然の義務です」


 ですが……と太一さんは複雑そうな顔をする。


「正直なところわからないのです」


 大きく息を吐いて説明してくれる。


「病気が発覚した時も日本の医者達は揃って首を捻った。奇病ですからね。ただ、もしかしら長くはないと言われていました。それでもそこから妻は十六年も強く生きてくれています」


 父さんの事を疑っていたわけじゃないが、同じ解答であった。


「――ただ、今回は海外での検査で脳に異常が見られました。今までは脳に異常は見当たりませんでしたので……それが悪さをして長くないのは確実とのことで……。ただ、その日がいつ来ると予想はできないみたいで……」

「確実ですか……」

「ええ……。ですが、私はどこかそれが信用できません。いや、妻を信用してると言うのが正しい。長くないと言われても強く長く生きてくれている妻ですからね」

「――太一さんは琴葉さんを愛しているんですね」


 言うと太一さんは真剣な顔で「はい」と答えた。


「その愛を今度はシオリにも向けてあげてください」


 自然と出た言葉は生意気すぎて自分でも引いたが、それでも出てしまった以上は引っ込みがつかない。


「太一さんの境遇でもない僕が言うのも失礼極まりないと思いますが……そうする事が太一さん――七瀬川家の修復につながると思います。難しい事だとは思います……。まだシオリは受け入れられないって感じですけど……。それでも伝わるはずです。きっと。シオリは普通の女の子ですから」


 太一さんはこんな子供の発言にも素直に頷いてくれた。


 そして真剣な目で俺を見てくる。そして泣きそうになっていく。


「やっぱり親子だな……。本当に……君たち親子には助けられてばかり……私は……」


 ふぅ……。と何とか涙を堪えて優しい笑顔を見してくれる。


「小次郎くんは汐梨の事を愛しているかい?」

「愛していますよ」


 即答する。


「誰よりも愛しています。言葉通り、誰よりも」


 付け加えると太一さんは安心した顔を見せる。


「小次郎くん。本当にありがとう。また、家に遊びに来てくれないかい? 汐梨は勿論、琴葉も、私も嬉しいから」

「遠慮なく行かせてもらいます」

「ふふ。楽しみしているよ」


 そう言って「それじゃあ、いきなりすまないね」と言って立ち上がり「あ、そうそう」と去り際にマジな顔をする。


「汐梨を泣かしたら許さないからね」

「え!? あ、は、はい!」


 背筋が凍りそうになった。


 何だよ……ちゃんと娘の事考えてるじゃんか……。

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