第125話 仕方ない選択

 家に帰る頃には空は暗くなっていた。


 星は見えないが綺麗な月が夜空を照らしている。


「ただいまー」


 リビングに入り適当に荷物を置いて気が付いた。


 シオリがいない。


 風呂か? ――いや、シャワーの音は聞こえないから違うだろう。


 もしかして……怒ってどっか行ったとか? ――いや、それもないか……。シオリはきっちりしてるから、それならリビングの電気を消して行くはずだ。


 考えていると、ベランダの窓が開いている事に気が付いた。


 なんだ……そこか……。意外と分からないものだな。


 安堵しながらベランダに向かうとシオリは夜空を眺めていた。


「花火でも見えたか?」


 声をかけながら隣に立つとこちらを見て「コジロー……」と俺の名を呼ぶと、視線を空に戻して無表情で眺める。


「花火……なのかな……」

「ここで花火が見れたらちょうど良いんだけどな。今年は一緒に見れなかったから」

「そうだね……。来年こそはリベンジ」

「だな。来年は一緒に見よう」

「うん」


 一年後の約束をしながら思う。


 シオリは両親の話を聞いてどう思ったのか。


 シオリが事情を聞いて尚、両親との暮らしを拒むのなら、それは説得してやらないといけない。

 正直、俺だってこのままの生活を続けたい――。だが、事情が事情だ。そうも言ってられない。


 別に、今すぐに話し合う必要はない。明日でも明後日でも良い。まだ少しだが時間はある。


「――俺達はこうやって来年の約束ができるけど……琴葉さんは……」


 急かす必要はないのについ言葉を投げてしまったのは俺の精神力の弱さなのか……。落ち着きがないと通信簿に書かれたのを謎に今思い出してしまう。


「シオリは――」

「ずるいよ……」


 質問を投げ切る前にシオリが放つ言葉に「え?」と疑問が飛び出るとシオリがこちらを見てくる。


「やっぱりコジローはずるい」

「何が?」

「両親と暮らせって言いたいんでしょ?」


 どうやら見透かされていたみたいだ。


「――ああ……」


 素直に肯定するとシオリは溜息混じりで言ってくる。


「私がコジローのお願い断る訳ないでしょ」


 そう言われて、俺とシオリの信頼性の高さが窺えて嬉しいのだが、反面、他人からお願いしないといけないレベルで家族に嫌悪感を抱いている証明となり複雑な気分だ。


 シオリは視線を空に戻して胸の内を語ってくれる。


「私ね……。お父さんとお母さんの話を聞いても何も感じなかった。お母さんが病気で長くないって聞いても涙の一つも出なかった……」


 ふふ……。と軽く笑うと皮肉混じりの声でボヤいた。


「そりゃ学校でも冷徹無双の天使様なんて皮肉混じりな名前を言われる訳だよ……。だって人間としての感情が欠落してるもん」

「そんな事ないよ」

「そんな事あるよ。――コジローだったら、もしお父さんとお母さんがそんな事になったら悲しむでしょ?」

「それは……そうだけど……。俺とシオリは育った環境が違うだろ? それを言うなら、もし、俺がシオリの立場ならそう思っていたかもしれないぞ?」


 答えると返答はなかったが俺は言葉を続ける。


「それにシオリが人間として感情が欠落しているなんて思わない。だってそうだろ? 四条や冬馬といる時楽しそうに笑ってるだろ? 俺といる時はもっと特別だ。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、拗ねたり照れたり、色々なシオリを俺に見してくれるじゃないか。そんな普通の女の子なのに感情が欠落してるなんて思わない」


 本音をぶつけたが彼女の反応は薄かった。


「なぁシオリ……」


 呼びかけても彼女は上の空で夜空を見上げたままだった。


「やり直してみるって考えてみたらどうだ?」


 この言葉にようやく彼女が「やり直す?」と反応してくれる。


「うん。やり直す……。例えば俺達がどうしようもない理由で別れてしまいそうになった時、俺は運命と諦めてそのまま別れてしまうんじゃなくて、別れられない理由を探してシオリとやり直したい。そう考えて動くはずだ」

「私もそうすると思う。でも、そもそもそんなことが起こる可能性は零。大好きなコジローをもっと好きになる事はあっても嫌いになる事はまずない」


 シオリが無表情でそんな事言ってきて、ズキュンとなってしまった。


「コジロー?」

「――あー……ごめん。嬉しくて……」


 いきなりの嬉しい攻撃に、ふぅ、と一旦息を吐いて心の整える。


「その……あれ……。だから、家族ともそんな感じで……」


 嬉しい攻撃の余韻が残り、上手く表現できないがシオリは頷いて答えてくれる。


「どちらにしても、私が両親と暮らすのは避けられない」


 その言葉には嫌々で仕方なくと言った棘のある言葉に聞こえるが、彼女の境遇を考えるとそれこそ仕方がない。


「ね? この部屋はどうするの?」

「ん? ああ……そうだな……」


 反射的に振り返り部屋を見る。


「海外出張は終わったけど、父さんは別に一人暮らしを続けても良いって言ってた。でも……うーん……そうだな……。今のところは解約しようかと考えてる」

「そっか……」

「父さんの海外出張が終わったのに、二重生活をするのは意味がない。金の事は気にするなと言われたけど、やっぱり気になるからな」


 そう言うのは上辺の話。

 本心は、シオリが家族と暮らすならば俺も実家に帰らないと何かフェアじゃないと思った。

 勿論、金銭面を気にしているのは本当だけど。


「うん。それが良いよ。――あ、荷物早くまとめないと……」

「まぁ、今すぐ解約って訳じゃないから急がないで良いよ。父さん達と話をして管理会社に話をして、引越し業者呼ぶなりとかで、一ヶ月……二ヶ月? それくらいはあると思うから」

「分かった……」


 シオリは少し悲しげに返事をするので話題を変える。


「な? 離れて暮らすカップルはメッセージのやり取りとか多いのかな?」

「おそらく。純恋ちゃんは多いと言っていた」

「あいつらスマホでもイチャついてんのか」

「負けてられない。こちらは電話も駆使する」

「お、おおん。ドンと来い」

「ふふ。覚悟しておいてね」


 軽くシオリが笑うと部屋に戻ろうとするので、俺もその後ろを付いて行こうとしたら「あ、忘れてた」と言って振り返り、俺の唇を奪ってくる。


「――!?」


 いきなりのキスに俺は少しパニックになるが、唇を離したシオリが悪戯っ子みたいな顔をするだけで何も言ってこない。


「な、なんで……いきなり……」

「内緒」

「内緒ですか」

「内緒ですよ」


 ふふ、と嬉そうに笑った後に「あ……」とシオリが声をあげて空を指さす。


「流れ星」

「流れ星?」


 振り返り空を眺めると、一瞬だけ空が光っている。


 もう消えた流れ星に、どうかシオリの新しい生活が上手くいきますように、と、ずっとシオリと一緒にいられますように、と贅沢に二つ願っておいた。

 


 

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