第122話 ひとりじゃない
一人暮らし――いや、二人暮らしをしているマンションへ帰ってくる。
スマホをしまい玄関を開けると俺の予想は大当たりの様だ。見慣れた靴が並べて置かれている。
感情が昂っても性格が出ているな……。
靴を脱ぎ捨てリビングに入る。
電気は点いていなかったが、まだ明るい外からの光が窓から入り部屋全体を照らしてくれている。
だからいつものソファーでシオリがいつものヘッドホンをしているのが見えた。
こちらには気が付いていない様子で体育座りをして伏せている状態は動物で例えるならば猫みたいだ。
「ただいま」
挨拶をしながらいつも通り、シオリの隣に座ると、ビクンと身体が震えて顔を上げる。
「コジ、ロー……」
俺の名前を呼びながらいつも通りヘッドホンを首にかけると、バッと玄関の方を反射的に見た。
「コジローだけ?」
こちらに視線を戻して聞いてくるので「ああ」と答える。
「そう……」
短く答えると視線を前に向け、呆然と点いていないテレビを眺めた。
無言の時間が続く。
どうやら、誰彼構わずに当たり散らす程まで怒りは来ていないらしく、俺にはいつも通りに近い態度である。
「シオリ?」
「何?」
いつものやり取り。名前を呼ぶと応答してくれる。
「シオリはさ……。俺との暮らし、どう?」
「幸せ」
即答すると続け様に答える。
「幸せに決まってるでしょ……。だって、好きな人と一緒に暮らしてるんだよ?」
「だな。俺も凄く幸せだ。毎日シオリがいて、シオリのご飯食べて、一緒にダラダラして……。こんな幸せな時間、誰かに奪われるなんて絶対に嫌だ」
本心からの言葉を述べる。
「――私達の意見は同じ。それなのに……」
どうやら俺はシオリのスイッチを押してしまった様だ。
彼女の表情は段々と苦虫を噛む様な顔に変わる。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく――」
かなり珍しく感情を剥き出しにしている彼女の言葉は段々と大きくなっていき――。
「ああああああ!! ムカつく!!」
部屋全体に響き渡る単純な怒鳴り声。
「何なの!? あの人達は何がしたいの!? 私が家族を好きだとでも思ってるの!? そんな訳あるか!! 散々放ったらかしにしてそんな都合の良い話あるかっ!! 意味分かんない!! だったら最初から許嫁なんて作るなっ!! だったら同居なんてさせるなっ!! 連絡しろっ!! 教えろっ!! 子供を何だと思ってるんだっ!! ふざけんなっ!! クソがっ!! ボケっ!!」
先程、実家で見た光景がリプレイ映像の様に流れている。
彼女の怒りは最もだ。
もし、彼女と同じ立場なら俺だってこうなっていただろう。
事情を知らなかったなら同調し、なんなら駆け落ちでもしようかと考える案件なのだけど、色々と事情を知ってしまったらそう簡単な話でもない。
「ああー……何なの……ホント……。意味わかんない……。まじ無理。一緒に住むとか無理……」
また、体育座りの腕の中に顔を埋めると、籠った声で唸るように愚痴をこぼしている。
そんな彼女に俺の本心をぶつけた。
「ホント……何なんだろうな大人って……。自分勝手で、子供を振り回して……。目的も言わずに自己解決しようとして……。それが正解だと思い込んで……。俺らが子供だからって、なめんな。って話だよな?」
「ホント……それ……。今更家族ごっこして何になるのって思う……。まじで何考えてるか分かんない……」
シオリをチラリと見る。
まだ自分の腕の中に顔を埋めている状態だ。
仕掛けてみても良さそうだな……。
「何考えてるか分かんないよな? ――だからさ、一回大人と……琴葉さんと話をしても良いかもな。そんで自分の思いを――」
「何言われたの?」
秒でバレた。
いや、本心なのは間違いない。俺はシオリの意見を間違いとは思わないし、大人の方が間違っていると本気で思っている。
だが、二人で話をさせようとしているのがバレてしまったらしい。
ナチュラルな流れだったと思ったのだが……。
「話をしても意味ないじゃん。元々意味のない事なのに話をする意味ないでしょ? それなのに話をしろって……。お母さんに何か言われたんでしょ?」
シオリの怒りの矛先がこちらに向き、立ち上がり、責める様に聞いてくる。
「なんでお母さんと話をしろって言うの? コジローはあっちの味方なの? 私の事捨てるの?」
真上から来る質問は圧があり過ぎるのでこちらも立ち上がる。
「味方とか、捨てるとか――」
「なんで? 私が間違ってるの? なんで? 私の考えが間違いなの? なんで? 帰らないといけないの? なんで? あなたと一緒に暮らせないの?」
言葉を途切れさしてシオリは瞳を曇らせながら「なんで、なんで、なんで」と小さく言いながら俺の胸をポカポカと叩いてくる。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで――せっかく幸せに……幸せに……」
胸を殴る力は驚く程に弱くて、彼女の俯く顔はあまりにも儚くて、彼女の瞳からは天使の羽の様に涙が溢れ落ちていた。
「ひとりは……もう……いや……」
俺は彼女の幼少期を知らない。
だけど、目の前の翼の折れた天使の様な痛々しい姿はまるで過去のシオリを映し出しているみたいで見るのは限界だった。
俺は殴られながらも彼女を抱きしめた。
「ひとりじゃない」
少しでも乱暴に扱うと壊れてしまいそうだから優しく大事に包み込むように彼女を抱きしめる。
「シオリの過去は分からない。どれ程の辛い時期を生きていたのか分からない。でも、それは昔の話だ。過去だ。辛かった
彼女の両肩へ手を持って行き優しく離して彼女の顔を見る。
「一緒に生こう。
熱い思いを伝えるとみるみる彼女の瞳は晴れていった。
そしてボロボロに見えた姿はいつもの美しい天使の姿へと瞬時に変わった気がした。
「はい……」
返事をするシオリの瞳からは流れる涙は誰が見ても喜びの涙だと受け止めることができた。
そんな元の天使様へシオリが戻った所で玄関のドアがガチャリと開く音がした。
もう……来たのか……。三十分後って言ったのに……。
シオリが不審な目でこちらを見てくるが、すぐに「ぷくく」と笑い出す。
「一緒にいてくれる?」
その質問をしてくると言う事は話をする気になったのだろう。
「勿論だ」
彼女が母親の話を聞いてどう反応するのか不安で仕方ない。
俺はそれを隠すかのように、彼女の手を握った。
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