第121話 真実

「シオリ!!」


 俺は立ち上がり彼女の名を叫んだが届かなかったみたいだ。


 すぐに追いかけようとしたが、今の俺が追いかけても何にもならないと瞬時に思いシオリの両親を見る。


 太一さんも琴葉さんも娘が曝け出した胸の内が相当効いたみたいで、顔を伏せてやるせない表情をしている。


「小次郎くん……追いかけてあげてくれないか?」


 大きなダメージを負いながら絞り出した弱々しい声で太一さんが言ってくる。


「コーちゃん……頼めるかな?」


 続いて琴葉さんも言ってくるので、俺は二人に自分の意見をぶつけた。


「ここで俺が追いかけて話をしても両親の愚痴で終わると思います。それじゃあ何の解決にもなりません」


 言うと彼等は無言で顔を伏せた。


「以前、太一さんと琴葉さんが家に来た時、七瀬川さんの家は何の違和感もない仲の良い普通の家族だとお見受けしました。ですがこの前、この家の掃除をしていた時にシオリとの会話で、家族の仲がもしかしたら悪いのかな? と思ってしまったんです。――そして、今のシオリの思い……」


 俺の話を黙って聞いてくれているので続けて聞いてみる。


「シオリの発言は本当なんだと思います。おそらく、ずっと寂しい思いをしていたと……。実際、クリスマスや初詣。プールや花火大会。彼女と出かける際は全てが初めてだと言っていたので……。だから、彼女だけの言葉を鵜呑みにするとシオリの両親はなんて酷い親なんだと正直思ってしまいます」


 いくら親友の子供だからってこんな事言われたらムカつくだろうし、何か反論があると思われるのだが、二人はまだ黙って聞いてくれていた。


 つまりはそれらを肯定している。反論もできない事実であると言うことで良さそうだ。


 だが、どうだろう? 勝手な俺のイメージだが、酷い親ならば怒鳴り散らして自らを正当化してくるパターンがほとんだと思われる。相手が子供なら尚のこと……。

 高校生とか関係なく、俺を一人の人間として扱い話を聞いてくれているから、彼等がそんな親だとは到底思えない。

 勿論、全員が全員そうだとは言い切れない、俺の勝手な想像だが……。


「――ですが、納得できないんです」


 その否定の言葉に二人は顔を上げた。


「俺には二人がそんなに酷い親には見えません。太一さんはたかだか高校生の俺にも礼儀正しく接してくれて真剣に今も話を聞いてくれていますし、琴葉さんは明るく楽しい方で、到底そうは見えないんですよ。それに俺の両親の親友と呼べる方々です。ウチの両親はそんな酷い事をする人たちと絶対に絡みません」


 だから、と言い机に手をついた。


「何か隠しているとしか思えません。家族の事もそうですが、許嫁の事も、同居をやめろと言う事も」


 そして俺は強気の態度で二人に言った。


「隠している事を言わない限り、解決はできないと思います――いや、解決は不可能です」


 はっきりと二人に言ってやる。

 

 この件を利用する、と言うと性格の悪さが滲み出るが、これに便乗してスッキリしない気分を晴らさせてもらう。


 太一さんが深呼吸をして俺を見る。


「小次郎くん――」

「太一さん!」


 太一さんが発言をしようとした時に隣の琴葉さんが彼の服の袖を引っ張って発言を止めた。

 この瞬間、自信が確信に変わる。

 大人達は何かを計画していると――。


 しかし、それは何だ? 俺の事か? シオリの事か? それとも別の?


 隠しているのは分かったが、その内容が何なのか予想がつかない。


「琴葉。小次郎くんには話をしておいた方が良いんじゃないか?」


 太一さんの言葉で、俺の事という線が消えた。

 俺の事ならば、俺に話そうとはしないはずだ。


 じゃあ、もしかするとシオリの事か?


 瞬間的に美人薄命という言葉が過ぎる。


 そう考えると嫌な考えが脳内に渦巻く。


 もしかしたら、シオリは何か重い病気で、それを本人が気が付いてなくて……。


 二人は海外でシオリの病気を治す為の研究を行なっていた。

 それと同時に彼女に人並みの幸せを与えたくて親心で結婚させて、二人暮らしさせて……。でも、もう時間がないから最後は家族で過ごさせて欲しい……。


 ――辻褄が合わない事はない。


 俺は自分でも顔色が青くなるのを感じて怒鳴る様に言ってしまう。


「教えて下さい!! あんたらが何を計画してるか!!」


 睨み付ける様に見ていると、琴葉さんが大きく深呼吸して俺を優しく見る。


「もし、コーちゃんが汐梨の事でそんなに熱くなっているなら安心して。汐梨の事じゃないから」


 そう言われて俺はヘナヘナと風船の空気が抜ける様に座り込んでしまう。


 その様子を見て琴葉さんは嬉しそうに言ってくる。


「やっぱり汐梨の事を思ってたのね。嬉しいよ。娘の事をこんなに大事に思ってくれているパートナーがいるって知れて……。これで、もう……」

「琴葉……」

「太一さん……。私から伝えて良いかな?」

「――良いのかい?」

「うん……」

「そうか……」

「後、お願いがあるのだけど……」

「なんだい?」

「汐梨の大事な人と二人で話をさせてくれない?」

「――分かった」


 琴葉さんの願いをすぐに聞き入れて太一さんは立ち上がる。


「汐梨の事を探しに行くよ。汐梨の事を知らない私何かが行っても無駄なのかも知れない。相手にされないかも知れないが……」


 シオリの行方は大体だが想像が付く。

 しかしながら、今の太一さんとシオリは会わせるべきではないと判断し、黙って太一さんを見送った。


 玄関が閉まる音が微かに聞こえる程の静寂。


 掛け時計の秒針がチックタックと聞こえ、一秒が一分に感じる程に気まずい空間。


 隠しているのはシオリの事ではない。


 発言から、おそらくの黒幕は琴葉さんなのだろう。


 今から考えても、もうすぐ彼女から真実を告げられるので考えるだけ無駄だ。


 それを聞いて怒りの感情が湧くのか、悲しみの感情が湧くのか予測は出来ないが、どんな答えが返ってきても良い様に心の準備をしておこう。


「コーちゃん」

「は、はい」


 張り詰めた空気の中、彼女が俺を呼ぶ声がリビングに響いて、俺の動揺した返事もまたリビングに響いた。


「私の事を汐梨と間違えたり、高校生みたいってさっき言ったよね?」


 怒っている訳ではない問いに素直に「はい……」と頷く。


「それってあながち間違いじゃないのよ?」

「え……?」


 それはどういう意味なのか……。彼女の次の発言まで考えるが全く分からなかった。


「ハイランダー症候群って知ってる?」

「ハイ……ラ……? なんですか?」

「いえ、知らなかったら良いのよ。医学的にも証明されていないし、その病名自体は都市伝説みたいなものだから」

「えっと……。どういう意味ですか?」


 意味を求めると琴葉さんは腹をくくった表情で教えてくれる。


「私、成長が高校生位で止まっているの」

「成長が……止まる?」


 一瞬、ふざけているのかと思った。


 だが、この流れでおふざけなんか言う訳ないだろうし、彼女の顔は真剣そのものだ。

 だから彼女の言っている事は嘘ではないのだろうと思った。

 若造りではなく、成長が止まっているから見た目が若い。

 そう考えると高校生の娘と見間違えるはずだ……。


「成長が止まる病気らしくてね……。それに気が付いたのは汐梨を産んだ後。実際は高校生位の時に発症してたみたいでね……。細胞分裂が人の何倍も早くて、その異常に早い細胞分裂のせいで若い体を維持してるらしいの。それのせいで臓器とか正常じゃないみたい。実感はないけど、実際私の臓器はボロボロらしいんだ……」

「そう……だったんですね……」

「それと因果関係があるかは分からないけど、脳にも異常が見られて……。それで……」


 琴葉さんは言葉を詰まらせながらも頑張って俺に伝えてくれる。


「もう……本当に長くないらしいの……」


 彼女の発言に言葉を失う。


「元々日本の医者からも長くないかも知れないとは言われていたのよ……。それでも、数十年生きてる……」


 なんと言えば良いか分からなかった。


「私は……。いえ、私達は娘に心配をかけさせない為に黙っていた。治ったら……。ううん。絶対治療法を見つけて、治して汐梨といっぱいお出かけしよう。それまで真実は言わないでおこう。その思いが……。その明るい未来を想像する事が……。汐梨が……。私の支えだったの。そう思わないと多分絶望で死んでしまうと思ったから……。でもね、治そうとすればするほど、治す方法がないと分かって……。でも、諦めきれなくて海外まで行って、最後の最後に余命宣告……。人生って本当に皮肉なものよね。娘に何の心配もかけたくなかったのに、蓋を開けてみたら娘に辛い思いをさせていた……」


 どう返せば良いのか……。


 目の前の人が余命宣告を受けている時、どう反応すれば良いのか全く分からない。

 言葉にした方が良いのか、黙っていたら良いのか……。


「そんな顔しないで。ごめんなさい。いきなりこんな重い話をして」

「い、いえ……」


 俺はどんな顔をしていたのだろう。少なくとも琴葉さんに気を使われる程の顔だったのだろうな。


「コーちゃんの事、色々振りましてしまったから私の事情知ってもらいたくて……」

「その……。本当になんて答えたら良いのか……全く分かりません。何を言って良いのか、気を使えば良いのか、黙っていた方が良いのか答えが見つからない。ですが、これだけは言わせて下さい。琴葉さんの……七瀬川家の事情を教えていただきありがとうございます」


 深く頭を下げる。


「何も気を使わないで良いのよ? これからも普通に接して。それが一番嬉しいから。だから顔を上げて」


 顔を上げると琴葉さんは無理やりではなく、普通に明るく話をしてくれる。

 

「コーちゃんには色々知る権利があるわ。例えば……許嫁の件とか」


 相手が明るく話をしているのに、こちらが暗いと気を使わせてしまうので、俺は合わせる様に出来るだけいつも通りに言葉を放つ。


「許嫁って……父さん達が軽いノリで決めたって言ってましたけど、やっぱり他に理由があるんですか?」


 聞くと琴葉さんは軽く笑って答えてくれる。


「そうね。大学生の時にそんな話をしたのがきっかけね。でも、私の海外治療が決まった時、それはおふざけじゃなくて本気に変わったの。私がつい『汐梨の花嫁姿を見たい』って言ったから……」

「もしかして……汐梨の花嫁姿を早く見たいから俺達を許嫁に?」

「その通りよ。一日でも早く見たかったから。でも、それは誰でも良いって訳でもなくて、ヒロ先輩とミィ先輩の子供だからで……。だからって二人の気持ちを無視して結婚させる気は無かったのよ? 許嫁って形で二人の想いが一緒になれば良いなって程度だったの。ふふ、あの子、私に似てとても美人だからこういう結果になるのは予測してたけど、それでも二人が付き合ったって聞いて本当に嬉しかった」


 これが許嫁の件の真相か。


「同居を辞めろって言うのは、琴葉さんが汐梨と暮らしたいからですか?」

「そう。――家族でもなんでもないってあの子に言われたけど……。そんな事を言われても、あの子は私の大事な娘。本当に大事な娘なの……。私はあの子に母親らしい事はしてあげれていない。それを病気のせいにしてしょうがないなんて言わないわ。嫌われていても仕方ないって事も分かってる。それでも、残された時間が僅かだから……。だから……。だって、あの子は私の大切な娘だから……。最後の時間を共に過ごしたい。母親として……」


 もっと上手いやり方が絶対にあったはずだ……。


 だが、シオリの両親は黙っておく事を決意した。それが彼等に取ってのシオリへの配慮だったのだろう。


 その思いは、俺はまだ子供で、親になった事がないから分からない。太一さんでも琴葉さんでもないから理解出来ない。

 

 だけど、それは二人の中で苦渋の選択だったのだろう。


 その選択に対して俺がどうこう言える立場ではないし、今更言っても後の祭りだ。


 ただ、今、分かるのは、このままではいけない。このままだと絶対に後悔する。琴葉さんも、太一さんも、シオリも、そして俺も。


 俺は後悔しない為に立ち上がった。


「シオリと二人で話をさせてもらっても良いですか?」

「それは……。この事を言うの?」


 心配な表情で尋ねられた。


 俺は首を横に振る。


「俺の口からは絶対に言いません。これは琴葉さんから伝えるべきだと思うので」


 言うと琴葉さんは何か考えているのか、その事に関しての返答は無かった。


「――シオリが何処に行ったか分かるの?」

「まぁ大体は……。さっき、太一さんには申し訳ありませんが、あえて教えなかったんです」

「そっか……。そうね。今の汐梨じゃ取り付く島もないかもね」


 俺は立ち上がりリビングを出ようとして琴葉さんに言った。


「俺からは言いませんが、琴葉さんから絶対にシオリへ真実を話して下さい。それがどんな辛い結果になろうとも……。絶対に……」


 彼女の返事を聞かず、そう言い残して俺はシオリの下へと向かって行った。


 

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