第120話 許嫁爆発

 実家に強制連行されると、リビングには母さんとシオリが帰って来ており、そしてダイニングテーブルには見た事ある顔があった。


 年相応の顔付きはダンディな雰囲気を醸し出している。所謂、良い年の取り方だ。


 その人物が俺を見て立ち上がると前まで来て軽く頭を下げてくる。


「忙しいところをすみません」

「あ、い、いえいえ……」


 いきなり大人から丁寧な挨拶をされてしまいタジタジになってしまうが、何とか気を取り直して挨拶をする。


「お久しぶりです。太一さん」


 そう挨拶を返すと頭を上げて優しい顔つきを見してくれる。


「お久しぶりです。小次郎くん」


 そんな少し堅苦しい挨拶を交わしている横で「お母さん。コジローと何してたの?」とシオリが低い声を出して尋問するように聞いていた。琴葉さんは笑って返していたけど。


「ヒロ」

「ん?」

「早速なんだが四人で話をさせてくれないか?」


 その言葉を聞いて父さんは立ち上がった。


「こういうのは先輩の役目っすね。お願いします」

「まだ学生気分か?」

「はは。あんたは一生先輩だよ」


 まるで若者のような笑い方をすると父さんは「美桜。スーパーにでも行こうか」と母さんを名前呼びして、子供の俺からするとなんだが微妙な気分になった。


 父さんと母さんが家から出て行き、それぞれリビングにバラバラに立っていたが、ダイニングテーブルに集まり、それぞれ大人と子供に自然と別れて座る。


「小次郎くん、汐梨。改めて忙しいのにわざわざ時間を作ってくれてありがとう」


 時間を作ったか……。作ったというよりは作らされたと言った方が正しい気がするが……。


「いえいえ。大丈夫ですよ」


 表向きはそう言っておく。


「別に」


 シオリは自分の親だから強気というか、かなり冷たく短く言い放った。


 その様子を見て琴葉さんが太一さんへ明るく伝える。


「二人、付き合ったんだって」

「ちょ!」


 いきなりのカミングアウトに俺は焦りの声が出てしまう。


 こんないかにも寡黙で厳格そうな父親の一人娘に彼女ができたと知ったらどうなるか容易に予想できてしまう。


 これ、あかんやつ。


「そうか……」


 頷きながら俺とシオリを見るとニコッと笑いかけてくる。


「そうなってくれて嬉しいよ。二人共、これからも仲良くな」


 そう言って俺達に祝福の言葉を送ってくれる。


 ――そういや、そもそもお互いの両親が軽いノリで許嫁を決めたんだから、この人も含まれる訳か……。

 あまりにも雰囲気ありすぎて忘れていたが、この人も変人なんだな……。


「――あ、ありがとうございます」


 一応声を出しておこうと思い、そう返すが、シオリは黙りこくっている。


「そうか……二人が……」


 太一さんはまるで自分の事の様に嬉しそうに琴葉さんを見ると「ふふ」と彼女は微笑みで返している。


 ――相手側の父親も祝福してくれるという事は……許嫁なんて設定を設ける位だから、やはり俺達が結婚をした方が親達的には都合が良いと考えて良さそうだ。


 だが、許嫁で結婚した方が良いけど、同居を辞めさせようとしている理由はなんだ? そこが分からない。


 結婚させる気でいるなら自然と家を出て行くだろう。まさか……老後の面倒を見させる為とか?


 ――いや、それは無いか。そんな事言いそうな人達でもなさそうだし。そもそもそれじゃあわざわざ結婚させる理由が無い。


「だが……二人がそんな関係になって水をさす様で悪いんだが……」


 そう前置きをして太一さんは父さんと同じように緊迫した真剣な表情を見せる。


「単刀直入に言おう。二人の同居は夏休みで終わりにして欲しい」

「――え……」


 俺は先に父さんから聞いていたから特に反応を示さなかったが、シオリが豆鉄砲をくらった様に目を丸くし声を漏らした。


「海外での仕事が終わったから、また日本で仕事をすることになってね。夏休みが終わる前には住む家を決めるつもりだ。だから汐梨は戻って来て欲しい」


 太一さんは「勘違いしないでくれ」と付け足して説明する。


「別に二人の関係を否定したりだとか、学校を転校させるだとか、そういう話ではないんだ。二人の日常環境を大きく変える訳じゃなくてな。単純に汐梨が戻って来てくれって、それだけの話なんだ」


 場を荒らさないように気を使いながら喋る太一さんだが――。


「――じゃない……」

「え?」


 次の瞬間、机をバン!! っと大きく叩いて立ち上がるシオリは凄い剣幕で言い放った。


「それだけじゃないって言ってるの!! なんでいつもいきなりなの!? なんでいつも連絡しないの!? なんでいつも自分達で勝手に決めるの!? 私、今日初めて知ったよ!? 海外出張が終わるの!! それでいきなり同居辞めろって意味わかんないよ!」


 初めて見たシオリの怒り爆発に俺達三人は言葉が出なかった。

 彼女は怒りが頂点に立っているのか、瞳からは涙が出ていた。


「いつもいつもいつもいつもいつもいつも――自分達は何も言わずに勝手に行動して! 子供はほったらかしで! 育児放棄だよ!? 私が誕生日いつも一人で過ごしていた時どんな感情だったの!? クリスマスの時はどんな感情だったの!? あけましておめでとうを言える相手がいないのがどんなに辛いか知ってるの!? 夏休みの絵日記、学校のみんなは家族との思い出を書いてるのに一人提出できない子の気持ちがわかるの!? 友達一人できず泣いてたって知ってるの!? 私の事知ってるの!? どんな性格で、どんな事が好きで、何が得意で、成績とか知ってるの!? 知らないよね!? だって興味ないもんね!? 挙句には許嫁だの同居しろだの……! それって私を捨てたって事でしょ!? 捨ててもらってよかったよ! コジローがいたから! コジローは私の事知ってくれてる! コジローは私の長所や短所を知っている! コジローは私をどういう人間か知ってる! あなた達よりよっぽど家族だよ!! それを今更帰って来い!? 馬鹿にするのも良い加減にして!!」


 シオリはそのままリビングを出て行こうとするので太一さんが「し、汐梨……?」とあまりにも弱々しい声を出すと、シオリは涙目で睨みつけた。


「自分勝手すぎるあなた達はもう家族でもなんでもない。気安く呼ばないで」


 そう冷たく言い残して家を出て行った。

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