第119話 許嫁の母親と
空は晴れ渡っているのに、心はスッキリしない。
許嫁の件。
これはお互いの両親がノリで決めたと言っていた。それに関しては何となく分からないでもない。
自分に置き換えるとしたら、俺とシオリの子供、冬馬と四条の子供を結婚させよう。そんな夢物語がもしかしたら今後お酒の席で話題に上がるかもしれない。
――ブンッ!
キンッ!!
それをウチの両親達は冗談ではなく、本気だったという訳だ。そして偶然にも男の子と女の子だったと――。
――いや、先程の父さんの反応から見るに冗談半分だったのだろう。
付き合ってると聞いた時予想外の反応を示したから。
だから、あわよくば二人がそういう関係になれば嬉しいという軽い考えだったのかも知れない。
まぁ、許嫁の件に関してはもう俺達にはそこまで影響のあるものではないだろう。両想いなのだから。そこは問題視する所ではない。
――ブンッ!
キンッ!!
同居の件に関しても、まぁ言いたい事は分かる。
日本に娘を一人置いていくのが心配だから預けるといったのがそもそもの理由だ。なので、その両親が帰ってくるならば家族の下へ帰るのが普通だろう。
同居を辞めるのを受けて止めるとか、受け止めないとかって言うのはまた別の問題だ。
その事に関しては親達が理解に苦しむ発言をしている訳でもないので頭では理解は出来る。
やはり納得できないのはお互いの海外出張終了時期だ。やはりそこに引っかかりがある。
海外出張の時期はウチは春、あちらは秋なので、仲良い者同士が珍しい形として出張に行ったと理解する事は出来る。
一時帰国も、多少無理を言えば合わせる事が出来るのだろう。
有休消化は個人の権利だから使いたい時に使えるはずだし、会社側が有給受理を拒否する事は出来ない。それを受け取らないと問題になるはずだ。有給を出しにくくしている会社はあると思うが、それは圧力で押し通しているので立派なパワハラになる。
確か父さんの会社は有給を出しやすいと言っていたから、そこら辺はホワイトなので、太一さん達と連絡でも取って合わせて帰国した。
――と、考えると少々無理があるが何とか理解出来る。
だが――。
「同じ時期に出張終わるなんて、あるかっ! ボケっ!」
――ブンッ!!
シャァァァァ!!
パンパンカパーン!!
『ホームラン!! おめでとうございます。カウンターにて景品をお受け取り下さい。――オー!! ナイスバッティング!!』
安っぽい音楽が鳴ると、これまた安っぽい音声がバッティングセンターに鳴り響く。
最後の最後に不満と共に振ったバットは会心の当たりで、それがバッティングセンターに良くある中央の的にジャストミートした。
ま、景品と言っても、何か変な人形だからいらんけど。
「――あー……わっかんね。――絶対何か隠してるわ」
バッティングゲージから出ながら不満を口に出すと「何を隠してるの?」と声が聞こえたので見てみるとシオリが立っていた。
「シオリ?」
「――え?」
シオリは少し驚いた顔をしたが、それはこちらの方である。
「あれ? 母さんとカフェ行ってたんじゃないの?」
まぁ恐らく帰って来てから父さんなりに場所を聞いて来てくれたのだろう。
それは好都合。先の話をシオリにしておいて損はないだろう。
「あ、あー……」
シオリは何かを理解した様に頷いた後に言ってくる。
「いやー。あれだよー。帰って来てお父さんに聞いたらここにいるって言ってたから覗きに来たんだよー。うんうん」
このシオリ何だか喋り方が違う気がする……。
それに良く見ると胸がデカい。シオリはもっと小さいはずだ。
「ふぅん」
「あ、コーちゃ――。小次郎。私もバッティングしたい」
なるほど。この人琴葉さんだ。間違いない。
――っぶね……。先程の話をするところだった。危ない危ない。
それにしても本当に一瞬分からなかったな。パッと見じゃ区別がつかない。
この人高校生で成長止まってるんじゃないの?
「どぞ」
「わぁい」
まるで幼い女の子の様にゲージに入って行く中年美魔女。
中年が、わぁい、はどうかと思うが、その見た目なら世間的には許されるのかもしれない。
バットを構える姿は様になっており、まるで経験者の様なフォームである。
しかし、構える事数秒。ゲージから出て行く。
「ね? これっていつボールが来るの?」
「あ、ああ。はいはい」
コインを入れていないのでそりゃボールが来ないわな。
俺は中に入りコインを入れる。
「これで始まりますよ」
「オッケー」
俺はすぐにゲージから出ていき彼女のバッティングを見守る。
足は肩幅位に開き、グリップは肩の高さ位に持ち上げている。
体重を右足に乗せてグリップを後ろに引き、左足を軽く上げてからレベルスイング。
キンッ!
まるで教科書の様なバッティングフォームから放たれた打球はこれまた教科書みたいなセンター方向への綺麗なバッティング。
この人経験者か?
――って、そういえば父さん達と同じ部活だって言ってたな。つまりは野球部だったのか。
選手? ――な訳ないか……。
二十球を打ち終えてゲージから出て来る琴葉さんはスッキリした顔をしていた。
「うーん。久しぶりに打った」
「野球部だったんですよね?」
「マネージャーだったけど――あ……ち、違うよ? 知ってるでしょ? 同じ学校なのに」
「いや、琴葉さん。もうバレてるからシオリの真似はいいです」
そもそも似せる気なかったろうし。
「なぁんだ。シオリになりすまして悪戯しようとしたのに」
なんて考えの母親だ。
「でも、最初は気がつかなかったでしょ?」
「ええ、まぁ」
「もしかして、ここでわかっちゃった?」
言いながら胸を指さして無邪気に笑いかけてくる中年。
中年と分かっているが、見た目がシオリなので、巨乳のシオリが胸を指さしているみたいでかなりそそる。
「そ、そうっすね……。シオリはそんなにないし……」
「えー? もしかしてシオリとヤッタの?」
「ま、まだヤッテませんよ!」
言うとニタリと笑ってくる。
「まだって事は……そのうちヤル予定?」
「そ、そうですね……そうなれば嬉しいですけど……」
正直に言うと「あれ?」と声を漏らしてくる。
「もしかして……シオリと付き合ってる?」
下ネタを存分に放って来たので、隠す必要もないと思い、俺は正直に琴葉さんに報告した。
「はい」
「えー。そうなんだ! えー」
まるで女子高生が恋バナを聞いたみたいな声を出しながら琴葉さんはベンチに腰掛けた。
お尻に手を突っ込んで嬉しそうに足をばたつかせている。
「この前会った時は違うかったのに、えー? ふーん」
「その……。お付き合いさせていただいてます」
一応軽く頭を下げると「あははー」と無邪気に笑う。
「じゃあ、コーちゃんは私の義理の息子だ」
「え、ええっと……それは話が飛躍しすぎでは?」
「え? 許嫁なのに? 私に似てあんなに綺麗なのに? 結婚しないの? 胸? 胸が問題?」
「いやいや、そう言う事じゃなくて……。俺、まだ十六ですし、結婚できないですし」
言うと、琴葉さんは何故か少し悲しそうな顔をして「そっか」と呟いた。しかし、すぐに嬉しそうな表情を見せる。
「嬉しいね。二人がそんな関係になって本当に嬉しい」
先程の父さんと同じような台詞に同じような表情。
これは、本当に喜んでいる……のか……?
「――ところでコーちゃん。何を疑ってるの?」
「え?」
「さっき『絶対何か隠してるわ』って言いながら出て来たでしょ?」
「あー……それは……」
どうなのだろうか。
彼女も当事者の一人だしな……。
先にシオリに話をつけておいた方が良いのか、それともここで可能な限るの情報を引き出した方が良いのか……。
いや、ここはシオリに先に言っておいた方が良いだろう。
よし、この後呼び出してから二人で作戦を考えよう。
この後も父さん達が話があるとか言ってたけど、そんなもんはぶっ飛んでやる。そっちが何か企みがあるなら、こっちも何か作戦立てて行ってやらぁ!
そんな計画を立てていると琴葉さんが立ち上がりピョンと隣に立つ。
「悩みなんて吹っ飛ばそう! 次はピッチングで!」
彼女が指を差したゲージはバッティングではなく、九枚の的を射抜くテレビでも有名なアレであった。
まぁ、これ終わりでシオリに言っても良いか。まだ帰って来てないだろうし。
「これは、あんまりやった事ないな……」
言いながらそこのゲージへ入る。
ここは危なくないので二人して中へ入ることが可能だ。
「へぇ。コーちゃんはバッターだったんだ。どこ守ってたの? あ、分かった。サードでしょ?」
「え?」
「ん? 野球部でしょ?」
「違いますよ」
笑いながら否定してコインを機械に入れると『プレーボール』と音声が聞こえ、機械から雑にボールが渡される。
「ええ? そうなの? なのに、さっきあんなにかっ飛ばしてたの?」
「バッティングセンターには父さんと良く来たんですよ。父さんが俺にマウントとる為だけに」
「あー、ヒロ先輩なら自分の子供相手でもやりかねないね……」
「そうなん――ですよ!」
独学のピッチングフォームで右バッターの内角低め、九番の的を射抜いた。
「それが悔しくて通ってたんですよ。野球部でもないのに!」
次は上手く行かずに大暴投。
「それも独学?」
「そうです――よ!」
次は内角高めに決まった。
「それにしては上手いね。お父さんの血だね」
「やめてくだ――さい!」
――前十二球を投げて、射抜いたのは三枚。
素人にしては上出来だろう。
「私もやりたい」
「え、ああ。届きます?」
「ふっふっふっ。何を隠そう私の旦那は地区予選決勝まで行った大エース様なのだ」
「ええ!? そうなんですか!?」
「あり? お父さんから聞いてなかった?」
「いや、そういやそんな話してなかったな……」
あー……。そういえば、良く仮病使って練習をサボるって前聞いた事あったな。
強豪校で練習きついからだったのか。あのくそ親父……。
「旦那直伝のフォームをとくとみよ!」
そう言ってコインを入れると、琴葉さんみたいな美人でも関係なく、機会は雑にボールを渡してくる。
琴葉さんは大きく振りかぶる。
「おお!」
サウスポーなんだ。しかもフォームがめちゃくちゃ綺麗だ。てか、左投げ右打ちとかレア中のレアだな。
そのまま振りかぶって投げた。
「おお!」
琴葉さんの投げた球は見事ど真ん中、五番の的を射抜いた。
「ドヤっ!」
「すごいっすね!」
「どうだ! かっかっかっ」
シオリの顔して絶対シオリがしない笑い方をするから面白い。
いや、あいつも大概な笑い方をするか……。
続いて第二球を投げると、ボールは綺麗に射抜いた五番のところへ。
更に投げると五番。そして五番、五番、五番――。
「ドヤっ!」
「ドヤっ! じゃないわ! 全部五番じゃないっすか」
「ふっ。昔は『ど真ん中のドクターコト』と呼ばれバッティングピッチャーに引っ張りだこよ」
「ど真ん中なら練習にならんでしょ」
「調子の悪い選手の自信をつける為よ」
「あ、あ、あー……」
何とも微妙な反応をしてしまう。
「――うーん……。それにしてもいい汗かいたー」
ゲージから出ると琴葉さんが爽やかに言い放つ。
「ほんと、若いっすね。高校生と見た目変わらないってすごいですね」
こちらは褒めたつもりだった。
嫌味で若造りお疲れ様、という訳じゃなく、いつまでも美人で、それを維持するのに何か相当の努力があって凄いですね。
そのつもりだったのだが、琴葉さんは「高校生と変わらないか……」と沈んだ声を出した。
「あ、い、いや……」
何か地雷だと思い、すぐに訂正しようとするとニタッと笑って聞いてくる。
「じゃあ、シオリと乗り換える?」
「人妻に手を出すなんてレベルの高い事できません」
「あははー。でも、見た目はシオリだよ? 巨乳の」
「や、そ、そうかもですけど……」
「やーい。照れてやんの」
「あんた本当に母親か?」
それを疑うレベルの会話である。
「そうだよ? 母親だよ」
無邪気に笑った後にガシッと腕にしがみついてくる。
「――なっ!?」
「これで逃げられない」
おふざけかと思ったら、冷たい、まるでシオリみたいな声で言ってくる。
「さ、帰るわよ」
「え? ええ?」
そして、腕にしがみついたまま歩き出す。
「もしかして最初から?」
「ヒロ先輩に頼まれてね。連れて帰って来いって」
「はかったな!?」
「まぁ今日は大事な話があるからね。逃げられでもしたら面倒だし」
「卑怯者! あれは全部演技か!?」
「あら? 演技なんてしてないわよ? 本当に楽しかったもの。本当よ?」
「ああー! もう大人なんて信じねー!!」
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