第123話 車内で

 車窓から見える景色は見覚えのある景色だが、車道から見る機会がないので何だか新鮮な気分だ。

 しかし、別に観光地でもない窓の外を見てもつまらないので、視線を自分の手に移すと先程の事を思い出してしまう。


 震えていたな……。


 予め、父さんに居場所を伝えておいてから、先に俺がシオリと話をしておきたかったので時間を置いて太一さんと琴葉さんを連れて来てもらう様にお願いしておいた。

 

 二人の話を聞いてシオリは大きなリアクションを取る事は無かったが、その手が震えていたのでギュッと強く握り返すしか俺には出来なかった。


 結局、今日の所は衝撃が強過ぎるので、一旦、色々と整理する為、それぞれ帰る事になった。


 父さん達は実家。太一さん達は近くのホテル。俺達は俺の家。


 実家に荷物を置きっぱなしにしているので、俺は車で来ていた父さんの車に乗せてもらい実家へ向かう。


 太一さん達は歩いてホテルまで帰ると言っていた。父さんが送ると言っても、どうやら歩いて帰りたいらしい。


 母さんは家で留守番しているので車内には親子二人である。


「コジ……。その……。色々聞いたんだよな?」


 勿論、視線はフロントガラスの向こう側へ向けて法定速度の安全運転をしている父さんが聞いてくる。


「まぁ……」

「そうか……」


 父さんは少し気まずそうな声を出す。


「お前達には迷惑かけたな……」

「正直な所、俺は別に……そこまで……。シオリの方が多大な迷惑をかけているんだから、謝るならまずシオリにだな」

「そうだな。落ち着いたらすぐに謝りに行くよ」

「そうしてくれ」


 溜息混じりで言うと父さんは申し訳なさそうな顔をしながら運転していた。


 車内が少し気まずい雰囲気になり、少し耐えれそうにないので気になる事を尋ねる事にした。


「父さんの海外出張は嘘なのか?」

「それは本当だ。それと、海外での仕事が終わって日本に帰ってくるのも本当だ。先に断っておくが、我が家に壮大な隠し事はないぞ」


 言われて「しょうもないのはあるのか?」と聞くと苦笑いされる。


 どうせへそくりとかだろうな……。


「でも『それは』――って事は太一さんの海外出張ってのは嘘なの?」

「ああ。嘘というと聞こえが悪いが、あの人の仕事は場所関係なく、日本でも海外でもできるからな。琴葉の治療の為だけに海外へ行ったんだよ」

「だから、父さんの休みに合わせられる?」

「そういうこった」

「なるほどな……」


 疑問が解消し、少しスッキリするが、次の疑問点が吹き出してくる。


「やっぱさ……間違ってるよ。自分の子供に何も言わずに子供傷つけてさ。結局、後になって真実を伝えてさ。もっと早く最初から行動するべきじゃないの? 高校生に気付けて大人が気が付かないわけないと思うんだよ」

「間違ってる……か……」


 赤信号になり、車が停車すると父さんは軽く視線をこちらに向けてくる。


「確かに、彼らの行動は俺も間違っていると思うし、俺がその立場なら多分速攻打ち明けると思う」

「だったら何で黙ってたんだよ?」


 でもな……。と父さんが静かに答えを言ってくれる。


「自分が正しいと思った道だけ選んでも生きていけない時がある。間違った道を選択しないと生きられない時がある。生きる為の選択を彼らはしたんだ」

「生きる為?」

「そうだ。それは汐梨の為でもあるんだ」

「なんでそれがシオリの為になるんだ?」


 聞くと信号が青になるのでゆっくりと車が進行方向へ進む。


 運転しながら父さんが続けてくれる。


「母さんの時も軽くあったな……。あの時は大変だった。――ほら、よく聞くだろ? 産後鬱っての」

「あ、ああ。たまに」

「お前には想像もつかないだろうが……子育てってのは本当に大変なんだ。それまでの自分の為の暮らしが全て子供中心の生活に変わる」


 父さんは少し考えながら「例えば……そうだな……」と例をあげた。


「きっちり三時間おきのミルクをあげたり。それは大体三時間じゃない。きっちり三時間だ。自分が熟睡している時なんて関係なく起きてミルクをあげるんだ。自分の体調が悪くても、しんどくてもミルクをあげる。オムツだってそうだ。こちらの都合は関係ない。子供が中心だ。だから、俺は親がそれで鬱になってしまうのは仕方ないと思う。経験者だからな。だけど、それを理由に子供に暴力を振るう輩もニュースで見るが……それは絶対に間違いだ。子供は何も悪くない」


 父さんは少しヒートアップした自分を落ち着ける為、深く息を吐いて続ける。


「琴葉の場合、汐梨が産まれてすぐに自分の病気が発覚した。その時からもしかしたら長くはないと言われていたからな……」


 父さんは嫌な事を思い出す様な表情をした。


「一番幸せな時から一瞬で不幸のどん底へ叩きつけられた。自分がいつ死ぬか分からない恐怖と子育てという過酷な毎日に精神が病んでしまった」


 父さんは「そりゃ病むよな……。誰だって病むよ、そんな状況……」と悔しがる様に呟く。


「それで……。何回自ら命を断とうとしたのか分からないと言っていたよ……。太一くんもこんなに辛いなら死んだ方がマシだって何回も思ったらしい」


 車のハンドルを左に切りながら「そんな状況の中で」と歩行者に注意しつつ左折しながら続ける。


「琴葉を繋ぎ止めていたのは汐梨との明るい未来。自分が病気じゃなくて家族と幸せの日々を送る未来を想像したんだ。医者からも明るい未来を想像するのは良い事だって言われたから、ずっと明るい事だけを考えていた。明るい未来に病気は存在しない。だから自分の病気を娘に教えるわけにはいかない。そんな状況で琴葉が死んだら太一くんも後を追うと思うほど追い込まれていた。汐梨の両親が自ら命を断てば誰が面倒を見る? 汐梨はどうなる? 汐梨の為にも生きよう。生きる為には明るい未来。明るい未来には病気は存在しない。存在しない病気を娘には教えない――」


 また、赤信号で止まると頭をかきながら「でもな」と難しい顔をしながら自分の思いを言ってくれた。


「正直な話、これを聞いても、俺だったら子供に病気の事を伝えるな、と思ってしまった。しかし、それは俺の……一色 大幸の考えであって、俺は七瀬川 太一でも九十九 琴葉でもない。それぞれ境遇があって、環境があって、考え方が違う生き物だ。だから彼らがそう選択したのなら俺の考えを押し付けるのではなく親友としてサポートするべきだと考えた」


 すぐに信号が青になり発信する。


「難しいよな。残酷だよ……。世の中ってのは……本当に……」

「その事、太一さんと琴葉さんはシオリに伝えるのかな?」

「伝えるだろうな。今は汐梨も頭パンパンだろうから、今すぐじゃないと思うけど」

「――てか、良かったのか? 俺に勝手に話して」

「太一くんに頼まれたんだよ『俺達の過ちの話してくれ』って……」

「やっぱり自分達でも間違いだって気が付いているんだ……」


 俺の呟きに「繰り返さない為なのかもな」と答えてくれる。


「繰り返さない?」

「自分達の選択は結果子供を傷つけていた。元々間違っているとは気が付いていた。それを仕方ないで済ますのじゃなくて、重く受け止めて後世へ――小次郎へ……。小次郎と汐梨の子供へ……。子孫へ伝えて欲しかったんだろうな」


 言い終わると「ふふ」と、父さんが軽く笑う。


「太一くんってよ、野球部のキャプテンのくせに昔から口下手でさ。後輩の俺に良く代弁させてたんだよな」

「あー。良く練習中に大便に行くんだっけ?」

「そっちじゃねーよ! 代弁だよ! 代わりに弁だよ!」

「ハハッ。わかってるよ」

「――ったく……」


 父さんが溜息を吐くと続けてくれる。


「琴葉がマネで入ってきた時も俺が手伝ってやってさ。懐かしいな。高三が高一にガチガチに緊張してさ……。よく美桜とからかったっけ……」


 父さんの声が段々と弱々しくなる。


「父さん……」

「そんでさ……。告白も……手伝って……。それで……」


 父さんは運転しながら涙を流していた。


「あー……。くそ……。自分の息子の前で泣くとか……。はは……。恥ずかし……」


 父さんの瞳からは涙がボロボロと出てくる。


「長くないって言われてからずっと頑張ってきたのにな……。それなのに……」


 父さんの涙は当然だと思うし、涙を流す事で太一さんと琴葉さんがどれ程に大切な存在かを示している。


「父さん……聞かせてくれないか? 父さん達の思い出話……」


 俺の頼みに「ええー」と、いつものおちゃらけた感じを涙声で出す。


「い、嫌だろ……。息子に自分の過去話すの」

「話してくれよ」

「美桜に言えよ」


 グスグスと鼻をすすりながら尚、おちゃらけた声を出す。


「母さんを名前呼びするとむず痒いから二人っきりの時にしてくれない?」

「お前からしたら母親かもしれないけど、俺からしたら彼女で嫁だかんな?」

「うえー。想像したら嫌悪感がえぐい」

「お前も汐梨と結婚して子供できたらそう言われんだよ!」

「そうなのかな?」

「そうだよ」

「あー……。ほらほら。車の中って暇なんだから何か思い出話しろよ」

「はぁ……。そうだな――」


 この後、父さんは家に着くまで思い出話をしてくれた。


 少し無理している気がするが、出来るだけ明るく話をしてくれたのであった。

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