第117話 リターンホーム
夏休みも後半戦。
本日は夏の全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が午後から行われる予定である。
同世代の頂点が決まる今年最後の夏の試合だから家でゆっくりそうめんでもすすりながら彼らの行く末を見守ろうとしたのだが――。
「――いつも急なんだよな……」
「良いじゃない別に」
真夏の太陽の下、うるさい位に鳴いている蝉達の中、夏休み二回目の実家への帰省をする事になった。
事の発端はこの前の水族館での事――。
水族館で冬馬と別れた後に父さんから一本の電話が鳴り響いた。
「もしもし父さん? どうかした?」
『コジ。今、大丈夫か?』
「大丈夫だけど」
『いきなりで悪いな』
父さんの言葉に吹き出してしまう。
「何を今更……。どったの?」
『ああ……いや、そのな……』
歯切りの悪い父さんの後ろで『ぐすん』と鼻をすする音が聞こえる。それは鼻が詰まっている感じではなく、まるで後ろで誰かが泣いている様に感じた。
「え? 何? 母さん泣いてるの? え?」
『え!? ――母さんが泣いてる!?』
父さんは恐らく慌てて受話器から耳を離した様で、雑音が聞こえた後、遠くで『このドラマ、な、泣けるわー』と母さんの声が聞こえてきた。
『ビビるわー。母さんが泣いてるとか言うからマジビビるわー』
「ビビったのはこっちだっての。なんか歯切り悪かったから母さんと離婚でもするのかと思ったわ」
『それはない』
「はいはい。――で? 用件は?」
聞くと父さんは『すまん』と前置きをしてから申し訳なさそうに話してくる。
『来週、日本に戻るわ』
「えー。夏休みは戻れないとか言ってなかった?」
『言ってた。けど戻る』
「せっかく掃除したのに」
『お前の事だ。どうせ普段母さんが帰国した時にしてるから適当にやってるんだろ?』
バレてる。流石は親だ。
「あ、あはは。ともかく来週帰国してくるんだな。別に帰らなくて良いだろ?」
『いや、帰って来てくれ。汐梨と一緒に』
「えー……まじで言ってんの? 別に良いだろ? もう七瀬川家の人から、シオリをお願いします、って挨拶もしてもらったんだから」
『それはそうだ。コジには本当に感謝している』
いきなり改まって感謝されてしまう。今日の父さんはどこか違和感があるな……。
『だけど、それとこれとは別だ。帰ってこないなら俺達がお邪魔する』
「俺達って事はシオリの両親も来るって事?」
『せいかーい』
「嫌だわっ! 普通に!」
『なら諦めて帰って来い。来週の午後には家にいるから』
「まだ帰るって言ってないぞ」
『あははー。別に俺はどっちでも良いぞー。お前の部屋でもな。じゃ』
言い残して父さんは電話を切った。
「すまんなシオリ、付き合ってもらって」
「別に構わない。大幸さんと美桜さんに報告するチャンス」
「ああ、俺達の事な。別に言わなくても良いんじゃない? 面倒だぞ?」
「ダメ。二人には言わないと」
彼女の言葉に違和感があったので言葉が止まってしまう。
それってシオリの親には言わないって事?
彼女の言い方的には俺の両親って言い方だったよな。自分の両親も含む場合は、二人の両親というはずだ。
「ん?」とシオリに首を傾げられてしまう。
ま、別にそこまで深い考えではないだろうから「んにゃ」と適当に答えておく。
「早く中に入ろう。暑い」
「同意」
玄関のドアを開けると見慣れた靴が二足並んであった。
リビングから漏れたエアコンの冷気のおかげだろうか、中は十度くらい温度が下がった気がする。
「ただいまー」
帰って来たぞ、とアピールするとリビングのドアが開いて玄関までやって来たのは母親の美桜だ。
「おかえりなさい。コー。汐梨ちゃん」
「お久しぶりです。美桜さん」
軽く会釈をして挨拶するシオリへ「キャー。相変わらず可愛いわねー」と黄色い声を出す母さん。
「コーはこんなに可愛い子と同居してるのに手を出さないなんてどうかしてるわね。ああ、童貞だからか」
「息子に童貞とか言うなよ中年」
「ただの中年じゃないわよ? 若造りがパナい中年よ? 刮目せよ! この美肌!」
「まさに美魔女」
「さっすがー。汐梨ちゃんはわかってるー!」
パチンと指を鳴らす仕草がもう古臭いのはツッコまないでおこう。
「二人共、冷たいジュースあるから手洗いうがいしたらリビングに来なさい」
「はーい」と返事をして俺達は洗面所で手洗いうがいをするとリビングに入る。
リビングのソファーに腰掛けてテレビを見ていた父さんの大幸が俺達が入って来た事に気がついて立ち上がり、こちらの前にやってくる。
「おかえり二人共。半年振りだな」
ん? 何だか……。
半年振りに見る父さんはどこかいつもと違う気がする。それがなんなのかはわからない。だが、漠然と違う気がした。
「お久しぶりです大幸さん」
少し考えていると先に挨拶シオリが挨拶を返した。
軽く会釈をすると、それにつられて父さんも軽く会釈を返す。
「二人共、暑かったでしょ? こっちおいで、ジュースいれたわよ」
ダイニングテーブルから母さんが俺達を手招きするので俺は考えるのをやめて、俺達はダイニングテーブルに座る。
テーブルに並べられたコップ。その中には黒い液体が入っていたのでそれを飲んだ。
口の中でシュワシュワとはじけ、それが喉まで届いた時、父さんがいつもの席に着くと「母さん」と声を出した。
「良いかな?」
「もう?」
「あまり長引かせる事じゃないからな。俺の精神が保たない」
「それもそうね」
二人の会話の意味が全くわからないが、そんな俺達を置いてけぼりにして母さんがシオリに声をかける。
「汐梨ちゃん。帰国してきた時に気が付いたんだけど、美味しそうなパフェがあるカフェを見つけたの。今から行かない?」
「え?」
いきなりの母さんからのお誘いに困惑の声を出すシオリ。
そりゃそうだ。呼んでおいて席に着くなり外出を促しているのだから。
「それにカフェの近くに可愛い雑貨屋もあるの。帰国の記念になんかプレゼントしてあげる」
明らかに何か他の理由がありそうな誘い方。これが知らないおばさんだったら絶対に付いて行ったらいけない。
だが、シオリは俺と母さん。そして父さんを見ると空気を読んだのか「行きます」と答えてくれる。
「それじゃあ早速行きましょう。ふふ、私、女の子が欲しかったから汐梨ちゃんと買い物できるの凄い楽しみ」
「光栄です」
立ち上がるシオリに俺は手でごめんのポーズを作り謝罪する。
シオリは気にしていないと言わんばかりに軽く首を横に振ると、来たばかりだと言うのに母さんとビングを出て行った。
玄関のドアが閉まり、鍵がかけられたのを音で確認すると呆れた声を父さんにぶつける。
「なんのつもりだよ……」
「すまない。本当にすまない」
素直に謝る父さんは怪しさしかない。
「明らかに俺にだけ話があるって感じだけど、それだったら電話でもいけたし、俺だけ呼べば良かったんじゃない?」
「それはこの後、太一くんと琴葉が来るから汐梨には来てもらったんだ。まだ時間があるから大事な話を済ましておきたくてな」
俺に大事な話があるのは分かったが、父さんの言葉に前から引っかかりがあった事を問う事にしてみる。
「――疑問なんだけどさ、父さんの帰国と太一さん達の帰国が一緒って……なんかおかしくない?」
「ん? そうか?」
「そうだろ。同じ会社ならわかるけど違う会社だよな? それなのに同時期に帰国してくるのって不自然じゃない?」
「そりゃ、合わせてるからな」
「俺、社会人じゃないから分からないけど、合わせられるの?」
聞くと父さんは胸を叩いた。
「俺ほどのエリィィィトサラリィィィマンになるとそれくらいは容易なんだよ」
そんな訳ないだろと内心はツッコミつつ、この台詞だけいつもの父さんに戻って少し安心した。
「ま、そういう事にしておくよ。――で? 何?」
聞くと父さんは「ああ……実は……」と前置きをすると、手を組んで親指と親指をクルクル回転させている。
「海外での仕事が終わってな。日本に戻る事になった」
「え? あ、ああ。そうなの?」
思っていたのと全然違い俺は重いと思った荷物が実は軽かったみたいに転けそうになる。
態度や仕草からもっと重い事、離婚や解雇といったとんでもない事を想像していたから
「えっと……お、お疲れ様、で良いのかな?」
「そうだな。お疲れ様でいいと思う」
「ええっと……それが話?」
「ああ」
それが話ならばシオリをわざわざ追い出すような真似をしなくても良かったのではないだろうか。
「俺の海外出張が終わった。だから――」
次の台詞を父さんは申し訳なさそうに言ってくる。
「コジ……。一人暮らしをやめてこの家に戻って来てくれないか?」
その言葉を聞いて、なぜ父さんの態度がおかしいのか理解することができた。
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