第110話 許嫁と花火

 今回の花火大会はグダグダで終わってしまった。


 シオリ達と合流できたのは最後の花火が上がった数分後だ。


 彼女達と合流した時、シオリは無表情であったが、冬馬の方は受験生みたいに固い空気を出していた。

 一体二人はどんな会話をしていたのだろうか、と気になるが、冬馬が四条にすぐさま「一緒に帰ろう」と誘っていた。

 いきなりの事で俺と四条は顔を見合わしたが、なんとなく察して彼女へ頷くと「うん。帰ろう」と返事して二人とは別々に帰る事となった。


 二人の背中を見守るシオリの表情は馬券で当たった様な勝ち誇った顔をしていた。


「なんか嬉しそうだったな。冬馬と何喋ってたんだ?」


 家の最寄り駅からの帰り道、浴衣姿のしおりと手を繋いで帰っていると、二人との別れ際の事が気になり聞いてみる。


「Pマーク厳守」

「企業かっ! ――ま、大方の予想はつくけど」

「どうぞ」

「今頃、冬馬が四条に告ってんじゃないの?」

「ぶぶー」


 お手製の効果音がムカつく。


「ええ……。じゃあわからんな」

「そのうちわかるよ」

「ふぅん」


 ――って事は、いずれ告白するとかそんなんかな?


 ま、結果のわかっている告白だ。それはオチの知っている推理小説みたいなものだから、これ以上の詮索は無用だろう。

 

「――花火一緒に見れなかったな……」


 話題を他人から自分たちへ移す。

 シオリは初めての花火大会と言っていたから是非とも一緒に見たかったのでやはり残念な気持ちがこみあがてくる。


「仕方ないよ。人多かったし」

「折角綺麗な浴衣着てくれたのに」

「浴衣も着れたし私は満足」


 到底そうは思えない言葉で思い出す。


「そういえば、それ借り物じゃなかった?」

「あ……」


 どうやら忘れていたらしい。


「今はお楽しみだろうから、また明日とかに言っといたら?」

「そうする」


 彼女が頷いた所でマンションの前に到着していつも通りに入ろうとして立ち止まり、彼女の姿が改めて見る。


 これで見納めか……。


「コジロー?」

「ああ……いや……」


 浴衣も髪型も凄く似合っているし、このままじゃ何か勿体無い。


 俺はマンションには入らず、シオリを軽く引っ張ってマンションを通り過ぎる。


「帰らないの?」

「まだ時間あるだろ?」

「門限を決めるのはあなた」

「じゃあこっち」







 バシュー――。


 しょぼい手持ち花火が勢いよく光を放つ。


 家の近くのコンビニで花火セットとバケツを購入し、滅多に行かない公園へやってくる。

 駅や学校方向からは逆なので来たことなかったが、中々に綺麗な公園だ。

 家族連れが俺達と同じように花火を楽しんでいる。小学生っぽいが……今日は特別に夜出かけても良いと許可がおりたのだろう。楽しそうに兄弟姉妹ではしゃいでいる声がこちらまで届いていた。


 そんな子供のはしゃいでいる姿に癒されていると、いつの間にか自分達が持ってた花火が消えていた。


「あはは……。やっぱりしょぼいな」

「しょぼいね」


 でも……。とシオリは次の花火を取り出しながらこちらを見てくる。


「大事なのは花火なんかじゃなくて、誰といるかって事」


 言いながらさっき買った柄の長いライターを使い花火に火をつける。


「だから、しょぼいけどコジローと一緒だから楽しい」


 言いながら楽しそうに花火を見つめる。


「それもそうだな」


 シオリの言葉に納得してしょぼい花火を楽しむ――。


「――あ……もうラストか……」


 早いもので、もう最後の線香花火しか残っておらず、お互い一本ずつ手に取り火を点ける。


 パチパチパチパチ。


 しょぼい花火の中でも一際しょぼい線香花火の音が寂しく鳴り響く。


 だが、そんなしょぼい光の中映るシオリの姿はやっぱり天使様で、彼女が線香花火を持ってしゃがんでいるだけで、その線香花火には値段も付けることができないほどの価値が生まれる。


 それと同時に綺麗過ぎて不安にもなる。


 本当にこの子が俺の許嫁なのだろうか、俺で本当に良いのだろうか、いつまでこの生活が続くのだろうか……と。


『どうして一色君と汐梨ちゃんは許嫁って関係なの?』


 ふと先程四条に言われた言葉がフラッシュバックした。


 どうしてもこうしても親同士が仲良くて勝手に決めたんだ。


 でも、それは親が言っていただけで、やっぱり裏の事情や闇の策略が本当にあるのだろうか……。


 さっき四条の言葉や自分の発言は『ない』と思ったが、もしかしたらと考え込んでしまう。


 真実を知らされずに俺達は一緒にさせられたのかもしれない。そこには俺の知らない衝撃の真実が――。


「コジロー?」

「――え?」


 ハッとなりシオリを見るとこちらを心配するような顔をしてくれていた。


「なんだが思い詰めている様な顔だよ?」

「あ、ああ……」

「何か心配事?」

「い、いや……大した事じゃないよ」

「言って」

「いやー……」

「言って」


 吸い込まれそうな程に美しい瞳から出る感情は真剣というものだと理解でき、俺は観念して少し照れながら彼女へ伝える。


「――その……シオリが綺麗すぎて不安になってな……。本当に俺で良いのかな、とか、いつまでこんな楽しい生活が続くのかな、とかさ……。ちょっとセンチメンタルな気分になってさ」


 シオリは俺の台詞を聞くと、まるで年上のお姉さんの様な顔を見せてくる。

 

「線香花火を見ているとなんだかエモいよね」


 そして彼女は線香花火を持つ手とは逆の手で俺の頭を撫でた。


「大丈夫。私達ずっと一緒だよ。ずっと――」


 彼女に撫でられるのは恥ずかしいよりも幸せが勝ってしまい線香花火が終わるまで俺は彼女に頭を撫でられていた。

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