第111話 許嫁と尾行

 テレビの中では同世代の人達が真剣な眼差しで戦っている。


 夏の全国高等学校野球選手権大会。


 今、戦っているのは俺とは縁もゆかりもない県同士の戦い。


 なんとなくカッコいいユニホームの方を贔屓目で応援していたのだが、この試合、かなり面白い展開になっている。


 どうやら両チーム共、打者にプロ注目選手がいるらしく、先程からどちらの選手もホームランを量産している。

 プロ注目以外の選手も両チームの方針が打撃なのか、バンバンヒットを打っており『両チーム歴代ヒット数記録更新』とアナウンサーが興奮気味で言い放つ乱打線。

 バンバン打って点が入るのは見ていて楽しい。

 だが、試合時間が長くなっているので炎天下の中で戦っている選手達は辛いだろうな……。


 ――いや、カメラに映る選手達を見ていると、とても楽しそうに野球をしており、誰かの為にやっているのでは無く、自分達の為に戦っているのだと理解出来る。

 真剣に楽しくやっている姿が伝染して見ているこちらも楽しい気分になっているのだろう。


 その楽しそうにやる野球の裏には様々なドラマがあっての全国大会――。


「青春やなぁ」


 やはり夏のスポーツといえば高校野球だよな。うんうん。


「――少し出かける」

「んぁ」


 シオリがそう言ってリビングを出て行こうとした所、俺は目を疑った。


「おいおい。お前身体を縮めるヤベェ薬作ってるとこの組織の一員なの? てか何処で買ったそんなもん」

 

 シオリの格好は猛暑日だと言うのに黒のハットに全身真っ黒な格好をしていた。


「真実はいつもひとつ!」

「いや、それ、そっち側の人間言わないから。あなた闇に葬る側だからね」


 指摘するとハットを深く被り渋く言い放つ。


「今日は目立つといけないから」

「逆に目立つわ! ――何? なんか恥ずかしい物でも買うの?」

「そ、そんな訳ないでしょ……」


 ――キンッ!


 テレビの中から金属音がしたのと同時に理解した。


 こいつ、何か隠していると……。


「どこ行くんだ?」


 聞くと「うっ……」と声を漏らして更に深くハットを被る。


「そ、それは……」


 言葉が詰まり何か言い訳を考えている様子が更に怪しさを醸し出す。


「言えない様な所か?」

「や……」

「まさか……!? 浮気とか!?」


 冗談で言うとシオリは「そ、そんな訳ないでしょ!」と否定するので安堵する。


「じゃあ何処?」

「え、ええっと……」

「やっぱり浮気なんだな……。しょぼーん」


 少しおふざけで泣き落としみたいな感じを出すと、全力で否定してくる。


「ち、違うよ! 絶対そんな事しない!」

「じゃあ、セーイ!」


 右手を出して、言ってごらんと、ジェスチャーすると、根負けしたシオリが「実は――」と行き先を吐いてくれる。


 こいつは例の組織に向いてないな。


 ――カキーン! と、テレビの中から会心の金属音が響き渡ると同時に「なぬ!?」と声を上げ、俺は部屋着から外出用の服に着替えた。







 普段乗らない様な路線の電車に乗る事一時間弱。


 水族館に到着する。


 テレビや動画でユーモアのあるCMを出している全国でも有名な水族館だ。


 水族館前の広場には夏休みという事もあり沢山の人で賑わっており、俺とシオリもその沢山の人の中の一員と化す。


「現地集合なんだな」

「そう言っていた」


 俺達はキョロキョロと目的の人物を探すが、花火大会程の人口密度ではないにしろ、この人が多いので探すのに苦労している為、まだ見つからずにいた。


「それにしても、ターゲットを発見してもバレやしないか?」

「ぬかりなし」


 自信満々に言うシオリは髪を二つに束ね三つ編みにしており、眼鏡をかけた文学少女を思わせるファッションだ。

 だが、首にかけたヘッドホンはミスマッチである。しかしながら、それは彼女の拘りなので外す事が出来ないらしい。


「ここで眼鏡が役に立つ」


 クイクイっと冬馬みたいに眼鏡クイをして自信満々に言い放つ。


「いや、可愛いけどさ……」

「か、可愛い?」

「好きだわ。その髪型も眼鏡も服も」

「そ、そう……」


 シオリは存分に照れた後に俺を見て言ってくる。


「コジローは似合わないね。眼鏡」

「言ったろ。芋臭くなるんだよ。俺は眼鏡すると」


 言いながら、俺も眼鏡をクイッとする。

 先程百円均一で買った伊達眼鏡だ。


「チー牛男子……ぷっ」

「うるせ! 俺も冬馬みたいに眼鏡似合いたかったわ!」


 俺、目が悪くなってもコンタクトにしよう、絶対……。


「――じゃなくて、眼鏡と髪型変えただけじゃ普通にバレるだろ」

「意外とイケる」

「その自信は何処から来るんだ……。それにシオリの目印のヘッドホンもしてるしさ」


 言うと彼女はヘッドホンに手をやりドヤ顔で言ってくる。


「これを外す時、それは私が死んだ時」

「いや、結構は外してる事多いぞ? 花火大会の時も外してたし」

「――ふっ。比喩表現も分からないとは浅はかなり」

「いや、ホント浅はかだよ。人のデート覗き見とか」

「覗きじゃない。女神の加護」

「物は言いようだな」


 呆れた声を出した後にシオリが「見つけた」とターゲットをディスカバリーした。

 すると、さっと俺の後ろに隠れる。


「何してんだよ」

「コジロー知識不足。尾行は隠れて行うもの。これ常識」

「俺の後ろに隠れても意味ないだろ」

「でも、ここら辺に隠れられる場所がない。コジローが盾になるべき」

「お前、窮地に陥った時、絶対先に逃げるタイプだろ」

「我が身がね、可愛いものよ、人だもん」

「最低な俳句だな」

「文学少女だから俳句を読んでみた」


 ドレス効果ってやつか……。それにしてはめちゃくちゃな俳句だがな……。というか、これは俳句と呼べるのか?


「それよりもターゲットTMの状況は?」

「レボリューション」

「――は?」

「すみません。――レボリューションの状況は……少しソワソワしてます隊長。今にも妖精達が夏を刺激しそうであります。誤魔化しきかないです」

「り。――てか、レボリューションって何? さっきから何を言ってるの?」

「いやー。あははー。――あ! 隊長! ターゲットS Yが接近してるであります」

「ようやくコミュ力お化けのお出ましか……。そのまま経過観察を続けてくれたまえ」

「り」


 シオリ隊長指示の下、レボリューションとコミュ力お化けが合流する。


 一言二言何か喋ると――こちらと目が合った。


「やばっ!」

「え……」


 俺は咄嗟に後ろを向いてシオリに抱きつく。


「こ、コジロー……いきなり大胆……」

「目が合ったわ」

「そ、それじゃあ仕方ない。しばらくこうしておこう」


 数秒間抱き合うだけだったのに、時を忘れてシオリを感じてしまう。


「――も、もう良いかな?」

「私、見えない」

「それもそうだ」


 言って抱擁を解くと「あ……」と名残惜しそうな声を出されてしまい、もう一度抱きしめたくなった。


「――あ!」


 しかし、それは叶わず「姿がない」と言い放つので、俺も反射的に振り返る。


「しまった……。もう行ったか」

「くっ……。こうなったら突入。後に続けコジロー」

「り」


 俺とシオリは二人のターゲットを追い、水族館の中へと突入して行った。

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