第109話 どうして許嫁?(冬馬視点)
小次郎と別れ七瀬川さんと共に純恋がいるかもしれない橋へ向かう。
段々と人口密度が高くなってきている為、早足で進む事が出来ず、人の流れに身を任せるしかない状況だ。
しかし――恐ろしいな……。
隣を歩く冷徹無双の天使様の姿が麗しすぎて恐縮してしまう。
純恋の浴衣姿にはドキドキして見惚れてしまったが、彼女の姿は美術館で芸術家の作品を見ているかの様である。
最早、可愛いとか美人とか、そんな次元の話では収まらない。
こんな子が存在するのも恐ろしいが、こんな子とイチャイチャしている小次郎も恐ろしい。
羨ましいとかを通り越して凄い。
「いると良いね」
並んで歩いていると、七瀬川さんは柔らかい表情で言ってくれた。
「すまない。俺がスマホの充電をしていれば、小次郎と一緒だったのに」
謝ると彼女は首を横に振る。
「構わない。これだけの人だから逸れる可能性は誰にでもある」
七瀬川さんは軽く微笑む。
「それに充電のし忘れは私もよくあるよ。だから気にしないで」
あー……。小次郎。お前はこんなに美しい微笑みを平気で耐えているのか。
凄いな……。
「――変わったな……」
「え?」
「七瀬川さん変わったよ。一年の頃から比べるとずっと」
「そう?」
「そうだな。特に最初の頃はクール過ぎると言うか……」
出来るだけ失礼じゃない言葉を探していると彼女が笑いながら聞いてくる。
「ロボットみたい?」
自虐ネタをいうみたいに言うので「流石にそこまでは……」と否定しながらそれよりもマシな表現を言ってみた。
「氷の様?」
「――結局は感情が薄いって事?」
「まぁ……」
答えると「失礼」と少し拗ねた様な口調になる。
「すまない」
「冗談」
そう言ってまた微笑んでくれる。
「まぁその……。クール過ぎるけど、男子からの告白も数えきれない程だったろ? それを全て薙ぎ倒していたし」
「そこで付いたあだ名が『冷徹無双の天使様』だよね?」
「知ってたか」
「まぁね。歩いているとたまに聞こえてくる」
「あまり気持ちの良い物ではないよな」
自分の事を棚に上げて言うと「そう?」と意外にもあっさり言われる。
「私は別に構わない。なんかカッコイイ。槍とか持ってそうだよね」
意外にも中二心があるんだな。
「つまりは、どこか近付き難い雰囲気だった」
「純恋ちゃんにも言われたよ」
あはは……。彼女が苦笑いを浮かべる。苦笑いを浮かべるのも初期の頃には見たこともなかった。
「小次郎が変えてくれた?」
聞くと七瀬川さんは恥ずかしそうにコクリと頷いた。
「小次郎がいなかったら今の私はきっといない。全部あの人のおかげ――。こうやって六堂くんとも話す事もなかった」
「だな……。二人が許嫁って関係じゃなかったら――」
自分の言葉にふと気になる事があったので聞いてみる。
「二人はどうして許嫁なんだ?」
小次郎からは親同士が勝手に決めたと軽く聞いていたが――。
「小次郎の両親なら軽いノリでやりかねないから分かるのだが、七瀬川さんの両親も小次郎の両親と同じ感じなのか?」
結構仲良くなったので聞いてみると七瀬川さんは首を傾げた。
「正直、詳しくは聞いてない。私には許嫁がいるとしか」
「蓋を開けてみれば二人の相性は良かったけど、当時はそれで良かったのか?」
「両親と海外、クラスメイトと許嫁、それらを天秤にかけた時、許嫁の方が勝った。それだけ」
「クラスメイトといえど、小次郎とは接点なかったろ?」
「入学前に許嫁の事は知っていた。それにコジローの事は軽く観察していたから大体の人間性は把握していた。勿論、コジローの家に乗り込んだ時は軽くテストしたけど」
テストとはなんだろう……。
「それもあって結果、コジローと一緒の方が良いと私は判断した」
「もしかして、許嫁の事知ってたから他の男子から告白されても断ってたのか?」
「それが全ての理由じゃないけど、大まかな理由にその事は含まれている」
「ふむ……。そういう事か……。――だが、両親と海外という選択はなかったのか?」
「根掘り葉掘り聞くね」
笑いながら言われるのでこちらも笑いながら答える。
「二年連続クラスメイトだからな」
「だね」
七瀬川さんは苦笑した後に答えてくれる。
「これはコジローに言ってないし、出来れば黙っていて欲しいんだけど……」
おいおい。そんな事言って良いのか? と思ったが、止める前に七瀬川さんが言い放った
。
「私、両親と仲良くないから」
「――そう、なのか……」
「そう。表向きは仲良く見えるみたいだけど……。あ、別に虐待があったとかそんなんじゃないよ? これは私の気持ちなだけ」
「なるほど……。小次郎の前では仲良し家族を演じていたって事か?」
「人聞き悪い」
「正直者と言ってくれ」
「あはは。――別に演じていた訳じゃないけど。そう思われるかもしれない。バレても別に何もないけど、一応コジローには黙っておいて」
言いながら人差し指を口元に持ってくる。
「無論だ。口外無用は厳守する」
俺にこんな話をしてくれるということは、信用してくれているみたいだな。
そんな親友の許嫁の秘密を握ると、どうやら橋の出入り口に着いたみたいだ。
だが、そこに純恋の姿は無かった。
「反対側まで流されたか?」
「行ってみよ」
俺達は反対側の橋を渡る事にした。
――パン。
橋の上を歩いていると花火が始まってしまった。
どうやら純恋は小次郎が向かった橋にいたようだ。
人の流れもあるので新しい合流地点を設けて向かっている最中に花火が始まってしまった。
「本当にすまない」
七瀬川さんも小次郎と見たかっただろうと再度謝ると、優しい笑みを返してくれる。
「構わな――」
言いかけて彼女はすぐに言い直す。
「やっぱりダメ」
「ええ……」
「これは重罪。花火を許嫁と見れない儚き想いを踏みにじった罪、そして乙女の秘密を握った罪は万死に値する」
「どうすれば許される」
「今日純恋ちゃんに告白」
言われて吹き出してしまう。
「きょ、今日!? この流れで!?」
「流れなど関係ない」
「鬼か! このタイミングで告白しても上手くいく気がしないぞ!」
否定すると七瀬川さんはジト目で見てくる。
「あれほどイチャイチャしていて?」
「お前らには負けるわ!」
「否定しないって事は自覚あり……」
「くっ……」
反論できずに言葉に詰まると七瀬川さんが笑う。
「半分冗談」
「半分はマジかよ……」
「――男の子が思っている程女の子はロマンチストじゃないよ? 場所とかタイミングとかあんまり気にしないと思う。勿論、気にする人もいると思うけど、ほとんどは気にしないんじゃないかな? 好きな人に告白された。この事実が大事」
「それが体育祭の競技中に誰もいない教室に忍び込んで告白した奴等の台詞か……」
言った瞬間にボンっと顔が赤くなる。
「あ、あれは……そ、その……」
珍しくアタフタとしている七瀬川さん。
「と、ともかく! 早く付き合ってダブルデートしたい」
「ダブルデートか……」
言って花火を見上げて考えた。
今の状況は違うが、先程の状況はダブルデートだったのではないだろうか。
まぁ、この状況を作り出したのは俺なので言えた義理ではないが。
「ジレジレしていても仕方ない」
「お前らが言うなっ!」
「今日ね」
意外にも彼女は強引な性格らしい。
俺は再度花火を見上げる。
打ち上がる花火は一瞬だけ綺麗に咲いて儚く消えていく。
まるで俺の片想いの様である。
このままだと、先生が好きだったという綺麗な思い出だけが残り、高校生活が儚く消えてしまいそうだ。
先生への想いに未練はもうない。
今あるのは純恋との関係を進めたいと言う想い……。
そもそも今日二人で来たくて、告白をしようとしたくらいだ。
それを断られてメンタルが弱っただけ。告白が怖くなった言い訳。
逃げ道を作るな。逃げ道を塞いで前だけを見ろ。
「せめて、やり直させてくれないか?」
逃げ道を塞ぐ手伝いを彼女に頼もう。
「ほう? 続けて」
「今日の帰り、日を改めて純恋をデートに誘うよ。そこで告白する」
「おお! よくぞ言った」
「ああ。俺は必ず次のデートで告白する」
夏の風物詩に誓うように俺は宣言した。
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