第108話 どうして許嫁?

 花火の開始時間が近づくにつれて人の数も増えている。

 その為、こちらが向かった橋に行くまで結構時間を取られてしまった。


 もう、目と鼻の先までやってきた所、四回目の四条への発信を試みる。

 三回連続通話中を知らせる機会音だったのは恐らくシオリと連絡していたのだろう。


 今回は繋がってくれて、四コール後に『もしもし……』と少し気分の落ちた四条の声がスマホから聞こえてくる。


「生きてるか?」

『ごめんね一色くん……』


 謝るその声はかなりどんよりしていた。


「おいおい。大丈夫か?」

『大丈夫……って言いたいけど……。道行く人が、何処で止まってんだよ、って目で見てくる』


 結構ハードな待機状況だな。


「耐えろ。もうすぐ俺かシオリ達が着くからな」

『頑張る……』

「橋の何処ら辺にいるんだ?」

『ええっと……。一応分かりやすく入り口? 出口? の方にいるよ』

「要は端っこだな。りょーかい」


 そう返事をして電話を切る。


 これで端っこにいなかったらシオリに連絡するか……。

 スマホの連絡帳からシオリの番号タップしておこう。


 陽は落ち、辺りはすっかり暗くなっているのでわかりにくいが、橋の出入り口の端っこにピンクの浴衣を来て花飾りをした美少女が身を縮めながら立っているのが見えた。


 四条で間違いなさそうだ。


「あー……。俺が当てちったか……」


 出来れば向こうに――冬馬に見つけて欲しかったろうし、冬馬も見つけたかったろう。仕方ないが……。


「一色くーん!」


 向こうもこちらに気が付いて、まるで無人島に遭難した人がヘリコプターに助けを求める様にブンブン手を振っている。


 人混みだから急ぎたいが早足になれずにもたつきながら彼女の下へ向かう。


「ごめんね……。本当にごめん」

「あそこで俺達みたいに手を繋いでいればこんな事にはならなかったのにな」


 からかう様に言うと「うう……」と何も反論出来ずに悔しがる声が聞こえる。


「あはは! ともかく戻る――って……こりゃ逆走は無理だな」


 振り返ると、既に一方通行みたいな人の流れになっており、これを逆走するのは困難だし、迷惑だ。


「シオリに連絡しながらあっちの方へ行くか」


 橋を渡る方へ指差して提案すると四条は「うん」と頷いて俺の隣を歩き橋を渡る。


 先程タップしておいたスマホからすぐにシオリのスマホへ連絡するとすぐに『コジロー?』と応答があった。


「こっち側にいたわ」

『良かった……。純恋ちゃん、橋の出入り口って言ってて、こっち側にいなかったから、もしかしたら渡った先だと思って、今、私達橋渡ってる』

「あ、オッケーオッケー。こっちも橋渡るから、向こう側で合流しよう」

『分かった。また、後で』

「うぃー」


 簡単に電話を終えると今の状況を四条に伝える。


「あいつらも橋渡るみたいだから、あっちの堤防で合致って感じで」

「了解です……」

「返事に元気がないぞー」

「だって……凄い迷惑かけたから……」

「気にするなよ。――まぁこれで冬馬のスマホの電池があれば上手い事行ってたのに、あの野朗肝心な時に電池切れとか、そんなのあるかって話だな。はは」

「あ、あはは……。あたしからは何も言えない……」


 しおらしい四条の肩をポンポンと軽く二回叩いてやる。


「折角の花火大会なんだからさ、こんな小さな事気にすんなよ」

「一色君……。うう……優しさが染みる……」


 四条は胸を押さえながら言ってくる。


「それに、まだ時間は――」


 慰めをプラスしようとしたが、自分のスマホを見て目を疑った。


「――って、もうすぐ始まるな」

「嘘っ!?」


 四条は慌ててスマホを見ると「ほんとだ……」と、また暗い声を出す。


「こればっかりはしゃーないな……」

「うう……。今度みんなに何か奢ります……」


 追い討ちをかけてしまったみたいだ。


「じゃあ……焼肉で」

「えっ!? ――くぅ……はい……」

「あはは。冗談だっての」

「いや! それ位の事はしないと――」

「流石に焼肉はデカすぎるだろ」

「だったら、それ相応の物を」

「それ相応か……」


 夏の河川敷。橋の上を歩くと少し心地よい風が吹いた時、ふと気になった事を聞いてみる。


「冬馬の何処に惚れたんだ?」

「――え?」


 パンっと夜空に咲く花の閃光で面食らった表情をする四条が見えた。


「――始まっちゃったな……。花火……」

「本当にごめんなさい……」

「ま、こうなりゃここで花火を楽しむしかないさ。四条の恋バナを肴にしてな」


 含みのある笑いをすると「あ、あはは……」と連続して上がる花火の光で彼女の引きつった顔が良く分かる。


「あはは。嫌だったら無理に言わなくて良いよ。ちょっと気になっただけだし」


 そう言うと彼女は首を横に振る。


「嫌とかじゃないよ。一色君にはほとんど知られてるし」


 四条は髪を耳にかけて花火を見ながら答えてくれた。


「一目惚れかな……」

「一目惚れか」

「ごめんね。入学式の日に迷子になって助けてもらったとか、ぶつかって恋に落ちたとか、拳を交わして友情から愛情に変わったとか面白い事じゃなくて」

「前半は王道少女漫画風なのに、後半が少年漫画……。――ま、冬馬はイケメンだからな。一目惚れって言われても不思議じゃないか。じゃあそこからあいつに合わせて部活合わしたりしたって事か?」


 聞くと少し恥ずかしそうに頷いた。


「でも、一緒にいるうちに冬馬君は先生の事が好きなんだなぁって分かっちゃってさ」

「分かった時に諦めるって事はしなかったのか?」


 少し失礼かもしれないが、深くまで聞いてみると、四条はすんなりと答えてくれた。


「一度好きになったら諦められなくて」

「それが四条の恋心ってやつか。――告白とかしないのか? やっぱりするよりされたい?」


 聞くと四条は少し考えてから答えた。


「よくよく考えたら失恋した後の人にすぐ告白するのってがっつき過ぎなのかなぁ……とか考えちゃって」


 ホント、こいつら似た物夫婦だな……。


「高校生活なんてあっという間だぞ? そんな事を考えてるうちに終わっちまって、進路がバラバラになって疎遠になって後悔するかもしれないんだから、考えるより行動したら良いんじゃないかって思うけどな」


 結果が分かっているから言える台詞を放つと四条は静かに「だよね……」と顔を伏せてしまった。


「後……中々行動に移すのに勇気がいるというか……」

「それは分かる」

「あはは。流石は経験者だね。一色君だって汐梨ちゃんとの関係進めるのにジレジレしてたもんねー」


 言われて何も言えずにいる。


「――そういえばさ、あたしも聞きたい事があるんだけど良い?」

「ん? どうぞ」

「どうして一色君と汐梨ちゃんは許嫁なんて関係なの?」

「ああ……。両親同士が仲良くて勝手に決められてたからな。許嫁ってそんなものだろ」


 昔に言われたシオリの言葉を借りて答えると四条は首を傾げる。


「あたしの中の許嫁って企業の御曹司が会社の利益の為に――ってイメージなんだよね」

「そのイメージは……俺もあるな……」

「もしかして……一色君っておぼっちゃま!?」

「んな訳あるか! 見ただろ? 普通の一軒家を」

「確かに、豪邸って感じじゃ無かったね。――でも、今時、そんな軽いノリで許嫁とか決める?」


 言われて出てきたウチの両親の顔を思い浮かべると「ウチならあるなぁ……」と答える。


「汐梨ちゃんのご両親は? ノリで決めそうな人達なの?」


 言われて一度あったシオリの両親を思い浮かべる。


 シオリの母親は少しノリが軽そうに見えたが、父親の方は真面目で寡黙なタイプの人間で到底そうは見えなかったな……。


「うーん……。どうだろ……」

「もしかして、何か裏の事情があったりして」

「ええ……両親達の闇の策略があるのか? 怖えよ」

「あはは。ないか。でも、結果二人はラブラブなんだから良かったね」

「ま、まぁ……」

「ふふ。二人見てると羨ましいよね。付き合う前からイチャイチャベタベタイチャイチャベタベタしてたもんね」


 擬音での煽り方も同じなんだから早よ付き合えよ……。


「うるせーよ。お前らも付き合ったら存分におちょくったるからな」

「あはは。それは幸せですなー」


 メンタルは弱いのに煽り耐性強いな、この子……。


 しかし……そこまで深くは考えてなかったが……。闇の策略か……。


 あはは……。ないない。

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