第107話 四人で行動するとたまにある事

 恐らくだが、この会場の中でも上位レベルで見つめ合う時間が長かった二人に声をかけて俺達は花火大会の会場へ向かう。


 花火大会の会場は河川敷。そこまでは住宅街を通る。

 そんな河川敷までの道には出店が並んでおり、夏祭りらしい雰囲気を味わえる。

 だが、人が多くてゆっくりと出店を楽しむ事は出来ない。


 先を歩く冬馬と四条の数歩後ろを俺とシオリが歩く。


「シオリ」

「ん?」

「手……繋ごうか……」


 言うとシオリは何処かマウントを取る様な表情をして言ってくる。


「はぐれないように?」

「人混みじゃなくても繋ぎたい」


 素直に言うと「うぅ……」と面食らった表情になる。


「なんか……コジロー最近素直……」

「そりゃこんだけ美人な許嫁なら手放したくないからな」


 言って手を握ると「あ……」と声が漏れる。


 お互いの指の間に絡ませる繋ぎ方――所謂恋人繋ぎという奴だ。


「――何かヌュルヌュルする」

「わりぃ、そりゃ俺の手汗だ」

「ふふ……。まだ手を繋ぐの緊張してるの?」

「緊張というか……。嬉しさというか……。安心?」

「そう……」

「でも、やっぱり気持ち悪いよな。ごめんごめん。離そうか?」


 聞くとフルフルと首を横に振る。


「コジローのなら気持ち悪くないよ。――それに、私だって手汗凄いもん」

「シオリの手汗なら大歓迎だな」

「何かその言い方嫌」


 そんな会話をしていると男性が女性の名前を必死に叫んでいた。

 パッと視線をやると、先程の見つめ合っていたイケメンだった。

 そんなイケメンの前に目立つ容姿の彼女が目の前に現れる。


「良かった、見つかって」

「初々しいカップルだな」


 シオリと俺の安堵した言葉が聞こえてしまったのか、二人は俯いてしまう。


 あ、やべ……。つい言葉に出ちまった。


 俺達は気持ち早足になり冬馬達と距離を詰めると、すぐ様元の距離を取る。


「――しかし、あれだな。さっきのイケメンくんの気持ちも分からないではないな」

「どういう事?」

「冷静になればスマホで連絡取れば良いって思うけど、実際彼女とはぐれたら叫んでしまうかなぁ……と」

「じゃあ私とはぐれたら叫んでくれるの?」

「ああ『俺の許嫁ー!』って叫ぶ」

「じゃあ私もそう叫ぶ」

「お、シオリの叫び声とか聞いた事ないから聞いてみたいな」

「やめてよ。出来れば離れたくない。一緒に花火見たいし」

「そりゃそうだ」


 俺は握った手をギュッとすると、シオリはギュッギュッと握り返してくれる。


「バカップルの会話って凄いな」

「だねー」


 前を歩く二人が振り向き言ってくる。


「手なんてガッツリ繋いじゃって」

「小次郎の顔……。気持ち悪いな」

「ほんと一色君てシオリちゃんラブ過ぎるよね」

「あまり外でする顔ではないな」


 好き勝手言われてしまう二人にこちらも反論する。


「この人混みだし、お前らも手を繋がないとはぐれるぞ」

「あははー。高校生にもなって迷子とかないよー」

「だな」


 自信満々に言う二人に「だったらせめて――」前見て歩けと言おうとした瞬間、四条が前の人とぶつかりそうになり、横に避けた――かと思ったら人混みに姿が消えた。


「え?」と俺とシオリの声が重なる。


「純恋!?」


 突如隣にいたはずの女の子が消えて一番焦ったのは冬馬みたいだ。いや、多分、俺も焦るわ、いきなり隣の子が消えたら。


「冬馬くーん!」


 別に神隠しにあったわけではないので、冬馬の声に四条が反応して手を上げていたが、あの一瞬で結構前の方まで行っており、そのまま彼女は人波に流されてしまっている。


「くっ! す、すみません!」


 冬馬が人混みをかき分けて彼女の下へ行こうとするので俺はガシッと冬馬の肩を掴む。


「待て待て。ともかく落ち着いてからにしよう」


 俺の言葉にシオリも同意の様でコクコクと頷いている。


「今、行ったら冬馬もはぐれるだろ? だったら、人混みが落ち着いた場所から後でスマホに連絡した方が賢くないか?」


 先程のイケメンには感謝しなければならないな。

 イケメンと美少女の事例を見ていなければ、冬馬を止めずに向かわせて二次災害になるところだった。


「そ、そうだな」


 眼鏡をクイッとして納得した様子である。


「二人共、迷惑だから行こう」


 シオリの言葉に従い、俺達は三人で会場を目指した。






 堤防への階段を上がり堤防道路までやって来る。

 そこから向かって右に歩いて行くと人の流れも落ち着いた。

 堤防道路から花火を見ようとする人や堤防から河川敷に降りる斜面の所に座っている人が見られることから、ここらで済まそうと思っている人達も多くいるので人の流れが落ち着いたと思われる。

 河川敷の方でも出店が並んでおり楽しそうな声がこちらまで聞こえてくる。


 人の流れが落ち着いた所の、俺達も邪魔にならない場所で立ち止まる。


「そんじゃ冬馬、迎えに行ってあげな」

「早く純恋ちゃんの下へ」


 俺達が言うと「ああ」と頷いてスマホを取り出す。

 結果はどうであれ、これで二人っきりになれるな冬馬。


 なんて思っていると「あ!」と声を出す。


「どうした?」

「ふふふ……フハハハハ!」


 いきなり高らかに笑う冬馬に周りの人も引いていた。


「闇堕ち眼鏡」

「ぷっ。シオリ今の面白いな」

「当然」

「つまんないわ! このバカップルめが!」


 珍しく声を荒げたかと思うと、ゆっくり眼鏡をクイッとする。


「はよ四条に電話しろよ」

「――これ……」


 冬馬が俺とシオリに見えるようにスマホの画面を向ける。


「スマホも闇堕ち」

「お! 今の上手いなシオリ。座布団一枚」

「まいど」

「夫婦漫才は他でやれ!」


 冬馬の珍しいツッコミが見れた所で「やれやれ、しょうがない」とシオリが巾着袋からスマホを取り出した。


「すまない七瀬川さん」

「構わない」


 クールに答えると「純恋ちゃん?」と電話が繋がったみたいだ。


「冬馬……お前スマホばっかりいじってるから電池無くなるんだ」

「返す言葉もない」

「まぁ俺もシオリもスマホの電池あって良かったな」

「恩に着る」

「ほんとだぞー? 感謝してるならこのまま四条迎え行った時に告れ」

「ぬ!? そ、それは……」

「あはは。冗談だよ」


 そんな会話をしていると「橋?」とシオリの言葉から出た後にこちらに言ってくる。


「純恋ちゃん橋の上にいるんだって」

「あー。前に見えてるやつか。分かりやすい場所にいて助かるな。そんじゃ行きますか」


 俺が歩みを始めようとすると「小次郎。待て」と冬馬に止められる。


「どったの? 冬馬きゅん」

「コジロー、回れ右」

「ピッ、ピッ。 ――っておい!」


 振り返ると、そちらにも橋が見えた。


「シオリ、四条はどっちの橋にいるんだ?」

「わかんない」

「この流れならそうなりますよねー。――しょうがない、酷だが四条に来てもらうか」

「小次郎待て」

「次はなんだ?」

「コジロー。前向け前」

「ピッピッ。――っておい!」


 前を向けば河川を挟んで堤防がある。


「私達がどっちの堤防道路にいるのか分からないみたい」

「つまり二択。外せば花火の時間に間に合わない」

「ここは俺達が迎えに行くのが一番だな。七瀬川さん。純恋にはそこで待つように言ってくれるか」

「わかった」


 冬馬の指示にシオリが電話で四条に伝える。


「でも冬馬。結局二択じゃないか」

「俺達は二手に分かれよう。俺があっち側の橋に行くから、バカップルはこっちの橋に行ってくれ」


 そう指示した後に電話を切ったシオリが反論する。


「でも、連絡手段を持たない六堂くんが純恋ちゃんのいない方を引いたら終わり」

「それはそうだが……」

「ここはコジローには悪いけど、単独行動取ってもらって、私と六堂くんで組むのがベスト」

「まぁ、それが無難か」


 答えると「だが……」と納得していない様子の冬馬。


「二人が離れてしまっても良いのか?」

「仕方のないこと」

「スマホ貸すわけにもいかないしな。個人情報だし、指紋認証だし」

「それは……」

「ま、すぐに合流できるからそんなに気に病むことじゃねーよ。――そんじゃ俺はあっち行くわ。二人はそっちの橋行ってくれ」

「わかった」

「すまない小次郎」


 俺は手を上げてあっちの橋へと向かって行った。

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