第103話 嵐の様なハーレム軍団

 道具を使用しないスライダーは人気はあれど他二つと比べると劣るみたいでそこまで待ち時間は無かった。

 高さも他二つと比べると低く、見渡すと俺達が滑ったスライダーはもっと高くにあり、あんな所から滑って行ったんだな……と少し恐怖する。


 しかし……なんだ。並んでいる人達は心無しか若いカップルが多い気がする。


「次の方〜どうぞ〜」


 係員さんも先程のスライダーと比べてどこか緩い。

 しかし、緩いながらもちゃんと無線でやり取りをしているから安全だろう。


「私が先行する」

「どうぞ」


 別に先でも後でも良いので俺はシオリを先に行かす。


 シオリは待機場で手すりに手を掴んで待っており「どうぞ〜」とゆるキャラの様な係員さんの声で手を離して旅立った。


 悲鳴が聞こえないのを見ると、やはり先程のスライダーよりも劣るのが分かる。


「次の方〜どうぞ〜」


 係員さんのブレない声に従い、待機場にて待機する。

 先程みたいに声をかけてくれたりとかは無く、少しだけ気まずい空気が流れる。


「どうぞ〜」と言う声に従い俺も滑って行く。


 ――うん……。なんだろう……。先にこちらを滑っておけば楽しめたのだろうが、先に上位互換を楽しんだ後だと何だか感情が湧かない。


 これはあれだな……。無心だ。無心でスピードだけを求めるんだ。


 速度の上がる身体の角度を色々と試して、一番速い角度を見つけた。

 しかしながら、やはり先程のインパクトが強すぎてそこまで速くない。


 高揚感のないまま、まだ終わらないかな、と思っていると「うわっ!」と思わず声を上げてしまう。


 目の前にシオリがいたからだ。


「し、シオリ!?」


 俺の声はスライダー内で響いた。声が反射して聞こえる自分の声は何だか違和感であった。


「あ、コジロー。やっと来た」

「ちょ、ぶつかるぞ!」

「良いよ、そのまま来て」


 ブレーキなんて知らない俺はスライダーの壁を使って何とか速度を緩めてシオリの身体と密着する。

 股間がシオリの首筋辺りに何とも言えない性癖の扉が開きかける。


「おまっ……。なんでそんなに遅いんだよ」

「さっきディアナさんに聞いたんだけどね。このスライダーで密着したカップルは未来永劫ずっと一緒にいられるんだって」

「――なっ!?」


 シオリの言葉に驚いていると、いつの間にかゴールプールに潜っており水面から顔を出すと既にシオリの姿があった。


「――ごほっ! ごほっ! 変な所に入った……」

「大丈夫?」

「シオリが急に変な事言うからだよ……」

「物は試しだよ。これで私達どうなるかな?」


 笑いながら言うシオリに俺は頭を掻きながら言ってやる。


「――べ、別に、そんなんしなくても……その……ずっと一緒だろ?」


 照れながら言うと「ぷすっ。ぷくく」と独特の変な笑い方をされる。


「な、なんだよ?」

「別に……。ぷすす。――あ、ほらほら、こんな所に突っ立ってると邪魔だよ。行こう」


 そう言って俺の手を引いてゴールプールから出て行く。


「――あ、本気で浮気したら骨まで残さないから」

「めっちゃ怖え……」







 俺達は閉業時間ギリギリまでプールを楽しんだ。


 乗っていない高低差のあるスライダーにも乗ったし、流れるプールでプカプカとのんびりしたり、波のプールで海の擬似体験もしたりした。


「疲れたな……」

「うん……」


 二人してはしゃいだのでクタクタになりながら大駐車場にあるバス停を目指す。

 その途中にある自動販売機のちょっとした休憩ゾーンにてシオリと腰を降ろす。

 俺はコーラを、シオリは水を飲んで次のバスの時間を確認しつつのほほんとしていると、目の前の道路脇にバイクが三台停車したかと思えば、その人達がヘルメットを脱ぎ、ゾロゾロとこちらにやって来て「一色さんに七瀬川さん」と甘い声が聞こえて来た。


 二人して見ると水原 蒼さんと――仲間達、美男子一人に美少女五人というとんでもハーレムの計六名が俺達の前に立つ。


 うわー……。美男美女グループが絡んで来た。ヤンキーに絡まれるより怖いわ。顔とスタイル整い過ぎてめっちゃ怖い。オールスターだよオールスター。


「今からお帰りですか?」

「はい」

「今日は――」


 蒼さんが言いかけた時にディアナが「ここで会ったが百年目! 巌流島!」と俺達の前に立つ。


 私服姿はもはやモデルだな。


「ムサシ! やった!? 例の奴」

「つまらん物を斬った」

「キャハッ! マジ萌えキュン」


 今ので伝わるのもおかしいが、この人自体が少し変なので何も言うまい。


「おいこらディアナ。何をイキってんだよ」


 ディアナに向かって言いながら俺達の前に立つのは綺麗な顔立ちだが、どこか気が強そうで身長の高い髪の長い女性。

 何となく予想だが、手を出したら骨の一本位折られそうな強さを持っていそうな女性だ。


 彼女は俺達をジッと見ると最敬礼で頭を下げてくる。


「すみやせんっしたっ! プライベート中にこんなんが絡んで来て!」

「――え……あ、いや……」

「う、うん」


 いきなりの事で俺達は動揺を隠せなかったが、強そうな女性にディアナが言う。


「キョウコ失礼。アタシは何もしとらんとです」


 ディアナの声にキョウコと呼ばれた気の強そうな女性は頭を上げてディアナを睨む。


「あぁ!? てめぇの今までの実績を考えると何かしらはやらかしてんだよ」


 キョウコさん。確かに何かしらをやらかしたせいで俺はシオリに怒られましたよ。


「喜怒哀楽! そんなのキョウコの妄想だわさ」

「意味不明なんだよ! 語尾も安定しねーなぁ! キャラ確立させてから来い!」

「女の武器は変化よ! これでソウはアタシにメロメロなんだから!」

「蒼は別に色物好きじゃねぇわ!」

「好きだよ! ソウは変態が好きなんよ!」


 突如勃発した二人のバトルに「ふ、二人共……。落ち着いて。こんな所で喧嘩はダメだよ」と、オロオロと間に割って入ったのはおさげを胸の前に垂らした文学少女っぽい美少女だ。


 それに続いてショートヘアのスポーツ美少女っぽい人が「そだよー。人様の前でみっともない」と二人で止める。


 てか、マジで美少女しかいないなこの軍団。


「チビ共は黙れ!」と相性が悪そうな二人の声が重なると、それを言われた二人の美少女は「うわーん」と嘘泣きをしながら蒼さんの所へ駆け寄る。


「おーよしよし。雅(みやび)も双葉(ふたば)も可愛い身長で俺は好きだよ」


 甘いマスクに甘い声で二人の美少女を共に慰めるその姿はまさに二刀流……。

 蒼さん、あんたの方がよっぽど宮本武蔵だわ。


 優しく言われて泣き真似をする雅と呼ばれた文学少女っぽい美少女と双葉と呼ばれたスポーツ美少女っぽい二人はチラリと悪口を言われた二人を見てほくそ笑む。


「ワオ! 伝家の宝刀嘘泣きだ」

「クソが! じゃああたしらも泣き真似で行くしかねぇ」


 そう言って言い合っていた二人も蒼さんの所へ駆け寄る。


「ソウ! アタシも慰めてやる」

「あたしだって慰めろよ」

「あはは。二人共か弱いからな。泣きたい時は俺が側にいるから」


「蒼……」と、キュンとなる声を出す二人。


 四刀流……。どっかの海賊の剣豪もビックリだわ。


「リアルハーレム……」

「俺達は一体何を見せられているんだ……」


 いきなりの怒涛のハーレム展開に全く付いていけずにいると、先程から全然喋らなかったショートレイヤーの髪のクールっぽい女性が俺達の前にやってくる。


「ごめんなさい。騒がしくしてしまって」

「あ、いえいえ」

「大丈夫……です……」


 勝手な印象だが、この人が一番大人で落ち着いて見える。


「一色 小次郎様……ですよね」

「あ、は、はい」


 いきなり名前を呼ばれてドキッとしたが、クールな彼女は俺のそんな心境など無視して腕に付けている物を指差した。


「それ……いつでもお好きにお使い下さいね。私達にはこれが――」


 言って彼女は左の手首に付けてある物を見せる。


「あるので」


 ――って事は、この人が蒼さんの妹か? 


 似てない上に、一番しっかりしてんじゃん。


「あー……でも……やっぱり申し訳ない気がしますよ。高価な物ですし……」


 言うと妹さんは小さくクスリと笑う。


「お気になさらないで下さい。それは私の父の知り合いから頂いた物です。父の知り合いはここの従業員みたいで、蒼と私が一つずつ頂いた物。一つあれば一グループ入れるので一つあれば私達は十分です。二つあっても使う機会がありませんので……。それなら一色様達がお使い頂いた方が合理的でしょ?」

「そうですか? じゃあ……」

「気兼ねなくお使い下さい」


 そう言うと妹さんはニコッと笑った。


「それをお伝えに来たんです。別にお伝えする必要もないと思いましたがお姿がお見みえになりましたので。――それでは、私達はこれで失礼いたします」


 軽く一礼をするとハーレム中の蒼さんに「みんな、帰るわよ」と一言放つと彼女に従い、道路脇に止めていたバイクの方へそれぞれ向かう。


 バラバラにこちらを見ては手を振ったり頭を下げたりしてバイクに跨りヘルメットを被る。


 蒼さんはアメリカンバイクのシャドウに跨り、その後ろに雅と呼ばれた文学少女っぽい美少女を乗せていた。


 強そうな美少女のキョウコさんはマグザムに乗り、その後ろにディアナを乗せていた。

 なんやかんや二人仲良しなんだな……。


 蒼さんの妹さんはニンジャに乗り双葉と呼ばれていたスポーツ美少女っぽい人がスタイリッシュに後ろに乗った。


 全員が乗ったのを確認すると蒼さんからスタートとしてそれに続く形で去って行った。


「なんだったんだ……?」

「さぁ……」


 俺とシオリはお互い顔を捻らせた。


 嵐の様にやって来たハーレム軍団は嵐の様に去って行った。


 これは何か意味のあるイベントだったのだろうか……。

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