第104話 許嫁と掃除
夏休みも早いもので、七月を終え八月がやってくる。
ここからが夏本番なんて思うのだが、暦の上ではもうすぐ秋らしい。
そんな秋らしさを全く感じさせない蝉の鳴き声は家の中でも騒がしいのに、実家の最寄り駅までやって来ると今の俺の住まい付近にいる蝉達はイキイキとしている気がする。
今日、俺達は以前父さんに頼まれた家の掃除をする為に実家に戻って来た。
俺の家の掃除だし一人で適当に終わらそうと思ったのだが「何処へ行くの?」とシオリが尋ねてくるので答えると「私も行く」と言ってくれた為、二人して帰って来た。
駅から歩くこと数分、閑静な住宅街はミンミンと暴走族よりもうるさく耳障りである。
子孫を残そうと必死なのは分かるが、求愛行為はお静かにお願いしたい。
ふむ……。しかし、考えると暴走族も夏に多いし、あれは自分をカッコイイと見せつけている行動……。
そう考えると暴走族と蝉は似ているな。
そんなしょうもない事を考えてしまうのも溶けてしまいそうなほどに容赦ない太陽様のおかげである。
そんな暑さと性欲おばけ供の合唱にも耐えて、ようやく実家にたどり着く。
「はぁ……やっと着いた……」
「暑い……」
いつも涼しげなシオリが今日は暑さでやられている。
こんな夏空の下でも首元のヘッドホンは健在だ。
最早ファッションの一部と化しているな。
「――思ったんだけど……」
「ん?」
「大幸さんと美桜さんがいないなら電気とか水道って止めてるんじゃないの?」
「それは大丈夫」
シオリの不安を振り払いながら俺は実家の玄関を開ける。
「ライフラインは生きてるよ。父さんの会社が電気、ガス、水道代は払ってくれてるんだ。ほら、海外転勤じゃなくて出張だから。それに持ち家だし、息子は日本に残って生活してるから二重生活になってしまってるんでせめてそれくらいは――って事らしい。その点はホワイトだなって父さんが酔いながら言ってたな。――って、この前来た時普通に全部使えてたろ?」
「――暑いから頭回らない。ともかくエアコン」
「だな」
玄関のドアを開けると靴を脱ぎ捨てすぐさま中に入る。
いつもなら脱いだ靴を整えてくれるシオリも今は余裕がないらしく我先にリビングへ入って行く。
「コジロー、リモコン使うよ?」
後から入ると既にエアコンのリモコンを持っていたシオリが俺に問うので「使っちゃってちょーだい」とだれた声を出しながらダイニングテーブルに座る。
ピッと音がするとエアコンが起動して、熱い空気を吸い込んで涼しい空気を部屋に運んでくれる。流石は文明の力、すぐに部屋は涼しくなる。
お互い生き返ったところで向かい合い座る。
「――ところで、前来た時も思ったけど……別に汚くないけど?」
「まぁ父さん達が海外出張に行く前に大掃除したし、日本に帰って来た時に母さんが掃除してるみたいだからな。基本的に日本戻って来た時は外食かコンビニ飯らしいから洗い物もなし」
「じゃあどこを掃除するの?」
「リビングやキッチン、トイレと風呂と……あとは自分の部屋くらいはしようかなと。父さんの書斎や寝室は手を出すなと言われているからな」
説明すると頷いた後にシオリが言った。
「コジローの部屋……興味ある」
「言っとくけど、なんもないぞ」
「ある程度の性癖は許嫁として許す」
「なんでそういうのがある前提なんだ?」
「ドMの変態だから」
「まだその設定生きてたんだな……」
♢
シオリも手伝ってくれるみたいで、彼女は自らリビングとキッチンの掃除を申し出てくれた。
なので俺はトイレと風呂、そして自分の部屋の掃除をする。
トイレと風呂掃除なんてそこまで長時間かからないので、すぐに終わらすと二階に上がり三部屋ある内の一つの部屋に入る。
六畳ほどの洋室は出て行ったままの状態だ。部屋に生活感がなく綺麗に整理整頓されてある。数年前まで過ごしていたのになんだか実感が湧かない様な気分だ。
整理整頓はされているので、俺は軽く掃除機をかけるだけで済ます。
「――多分……これからもあんまり戻って来ないだろうな……」
高校生で一人暮らしを経験してしまったから、これから先、大学に進学しようが、企業に就職しようが、一人暮らしを選択するだろう。
なので、適当に掃除機をかけて終わらすと、タイミング良くシオリがやって来た。
「こっち終わった」
「仲良しだな。俺もだわ」
「ん」
シオリは返事をしながら部屋に入ってくると興味津々といった感じで部屋を見渡した。
「ここがコジローの部屋……。なんだか違和感」
「まぁ今住んでる部屋と広さも家具も違うからな」
「だね。学習机とか小学生からっぽいし」
「悪かったな。ガキくさくて」
拗ねた声を出すとシオリは首を横に振りながら俺の学習机を撫でる。
「嫌味じゃないよ。私もこんなんだった。今はもう無いけどね」
そして苦笑いを浮かべてくる。
「そもそも私には実家が無くなったから……」
「あー……。そういえばシオリの家は賃貸だって言ってたな」
確か、海外出張に合わせて解約したって。
「うん……。なんで賃貸なのか未だに分からない」
「そりゃ色々事情があるだろう」
「そうかも知れない。けど……お父さんとお母さんはいつも私には相談なし――」
シオリは悲しそうな声を出した。
仲良さそうに見えたのだが、やはり家族内で何かあるのだろうか……。
シオリは言葉を止めてもう一度首を横に振った後にこちらを向いた。
「――だから、コジローに捨てられたら詰む」
「捨てるかよ。俺が捨てられるのなら分かるけどな」
「それこそあり得な――ん?」
シオリは本棚の方へ視線を向けるとスタスタと本棚の前に立つ。
本棚には小、中のアルバムがあるのでそれに気がついたって所か。
別に見られて困るものでもなし、アルバムをネタに過去の俺の話でもしながら掃除の休憩と行こうか。
シオリは本棚からアルバム――じゃなくて一冊の雑誌を手に取り表紙を見る。
「『幼馴染と眠らならない夜〜成長した私を見て〜』」
「え……」
突然の読み上げに唖然としてしまう。
シオリは更に本棚から雑誌を取り出した。
「『0πのイケナイ法則』『双子美女、四つの富士山』」
なぜだか体中から汗が止まらなかった。これは熱による発汗作用ではなく、恐怖によるものだと気がつくのはシオリがそれらの雑誌をメンコの様に俺の前に叩きつけた時だった。
「何……これ……?」
ここでようやくシオリがキレている事に気がついて反射的に正座をする。
「い、いや、あ、あれー?」
こんな物持って――たわ。うん、間違いなく持ってた。中学生の頃、冬馬とノリで買ったんだったわ。
ベッドの下とかに隠すとかロックじゃないとか言って堂々と本棚に立ててたら意外とバレずにいて、そのまま俺の記憶からも消えてたわ。
「――て、てかさ、許嫁なら少し位の性癖は許すって――」
「あ?」
シオリは雑誌達を踏みつけてグシャっとする。
「ヒィぃ」
「――そりゃコジローも男の子だからある程度は許す」
「な、なら……」
「――よりにもよってなんで全部胸が大きいの?」
「そりゃ巨乳は男の夢だろうが! ――あ!」
しまった、つい本音が出てしまった。
「――悪かったな! 貧乳で!」
珍しく声を荒げるとそこから数分、シオリのお説教を聞く羽目になってしまったとさ。
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