第86話 許嫁は避けている

 許嫁の様子が変だ。


 最近、朝一緒に登校する回数が増えたのに、俺を置いて行ったり、下校も四組に行ったら先に帰っている始末。


 昼ご飯は変わらずに映画研究部の部室でシオリと四条が作ってくれたお弁当を一緒に食べている。


 目の前に座る冬馬と四条は物理的な距離は変わっていないけど、以前よりも心の距離が近い気がする。


 それに対して、こちらがシオリ側に椅子を近づけようものなら、彼女はその分遠ざかる。


 会話も少しぎこちない気がして、あちらとは違い、こちらは物理的にも心の距離も遠ざかっている気がする。


 別に完璧に嫌われてしまっているとは考えにくい。


 話かけた時に無視するのではなく返事はちゃんとしてくれる。


 ただ……。


「うん」とか「そう」とか短い単語で話半分しか聞いていないような上の空の様な返事が多い。


 元々言葉数の多い女の子じゃ無かったけど、初期の頃よりも口数が減っている。


 俺が何かしたのかな? 嫌われる様な事したのかな?


 思い返すが、彼女に対して嫌われる様な事をした覚えはない。


 最近距離が近過ぎてうざかったとか?


 それにしたって気持ちの変化がいきなり過ぎるな……。


『俺が好きなのはシオリだ!!』


 もしかして……この前、冬馬とのやり取りの中で、この言葉をシオリに聞かれていた?


 彼女が教室にやって来たタイミング的にはおかしくないし、声が大きく廊下まで響いていただろうから聞かれていても不思議ではない。


 いや……聞かれていたならいたで本当の事だし、俺としたら別に大した事じゃない。

 それにそれならちゃんとシオリと面と向かって告白するけど――。


 考えながら授業中に窓の外に目をやると、グラウンドでは女子達が今度の体育祭のリレーの練習なのか、バトンを渡す練習をしていた。


 その中で待機しているポニーテールの女の子に一瞬で目が行き、その人物がシオリという事も遠目ですぐに分かる。


 見つめていると、彼女がこちらを向いたので、この前みたいに先生の目を盗んで小さく手をフリフリとしてみせる。


 バッチリ目が合っているのに彼女は慌てて目を背ける。


 あれは明らかにこちらに気が付いていただろう。


 ――避けられているのかな……。







 帰りのHRが終わり、俺は一目散に四組までやって来る。

 四組の担任の先生も三波先生に負けず劣らずHRが早い。なんだったらこの学年で一番早いかもしれない。


 しかし、今日に至っては六組の勝ちみたいで、まだHRをしているみたいだ。


 俺は教室の前で四組のHRが終わるのを待つと、ものの数秒で終わったみたいだ。

 四組の人がゾロゾロと教室から出て来る。


 その中でも一際目立つロングヘアーの美少女に「シオリ!」と呼びかけると、ビクッと反応される。


 彼女に近付いて、割れ物注意のダンボールを持つみたいに優しく声をかけた。


「今日は一緒に帰れる?」

「あ……ええっと……あの……」


 冷徹無双の天使様とは? と疑問に思う程にあたふたと明らかに動揺している様子。


「きょ……今日は……あれ……あれだよ。あの、あれ。寄る所があって……」


 こちらを見ようとはせずに、やたらと代名詞が多い。


「そうなんか。俺も一緒に行って良い?」


 聞くと「え……ええと……」とあたふたとする。


「良ぃ……や……だ、ダメ……」

「荷物持ちになるぞ?」

「あ、あれだから……」

「どれ?」

「ぱ、パンチュ」


 噛んだ。


「そう。パンツとブラジャーを買うから。だから変態さんを連れて行くわけにはいかないのだ。そ、それじゃあさよなら」


 言い残してシオリはスタスタと斜めに早歩きで逃げる様に行くもんだから壁にぶつかって「いでっ」と声を上げると更にスピードを上げて去ってしまった。


 ありゃ嘘だな。


「あーあ。ナンパに失敗したチャラ男みたいだよ」


 突如聞こえてきた声に笑いながら振り返る。


「四条……。俺の何処がチャラ男だ?」

「見る人によったらチャラ男に見えなくもないよ」


 そんな解答に苦笑いを浮かべて前髪をチネル。


「そうかぁ?」

「ふふ。――で? 喧嘩でもしたの?」

「あれ? 四条は何も聞いてない?」


 疑問文を疑問文で返しても四条は怒る素振り一つ見せずに首を傾げる。


「何を?」

「ああ……いや……」


 そうか……。シオリの奴、四条に言ってないのか。

 彼女になら愚痴なり何なりを言っていて、そこから何かヒントを貰えると思ったが少し誤算である。


 そんな事を考えていると、俺の右肩にポンと手を置いて諭す様に言ってくる。


「早く謝った方が良いよー?」

「俺なの?」

「汐梨ちゃんが悪い訳ないでしょー」


 笑いながら、さも当然と言わん言い方をされる。


「シオリ贔屓がエグい……。――まぁ何にせよ、あの感じだから話もろくに出来ないんだけどな」

「あー……」


 もういないシオリが通った道を見ながら声をあげる四条。


「冗談は置いといて、最近汐梨ちゃんの様子がおかしいのは確かだよね」

「一体何だってんだか……」


 溜息を吐いた後に四条に嫌味ったらしく言ってやる。


「皮肉にもお前達の様子もおかしいよな。良い意味で」

「あははー。実は今も冬馬君を迎えに来たんだよー」

「仲良しかっ! 爆ぜれば良いのに」


 こんな事を言えるくらいではあるので、俺はまだまだ心に余裕があるのだろう。


 そんな俺の悪口に四条は「だからだよ」と先程の口調とは違う言い方で言ってくる。


「だからこそ、二人が変な感じなのは嫌なんだよ。一色君には色々お世話になったし」


 そう言われて、嫌味を言った罪悪感が少し芽生えてしまう。


「あたしで良ければいつでも力になるし、汐梨ちゃんにもそれとなく聞いておくよ」

「それは……助かるな。ありがとう」


 四条に礼を言うと「何の話だ?」と眼鏡イケメンが現れる。


「最近、ちょっとシオリちゃんの様子おかしいよね、って話」


 四条が冬馬に説明すると「あぁ」と相槌を打った後に俺の右肩にポンと手を置いた。


「さっさと謝れ」

「いや仲良しかっ! ホント似た者夫婦だなお前ら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る