第87話 許嫁へ試みる
どれほど言い訳を並べて逃げようが行き着く先は俺の家。
流石のシオリも夕食まで避けようとは思っていないのか、ちゃんと夕飯を作ってくれて同じ時間、同じテーブルで食事をする。
本日のメニューは冷しゃぶサラダに暗黒物質のあっさり目の献立。
いつも通りの席に着き、いつも通り食べ始める。
元々会話は多い方じゃない。どちらかと言うと沈黙の中で食事をする時間の方が長いかもしれない。でも、それは別に何の気も使わないで良い空気が流れており、何処か落ち着いた心地の良い雰囲気。
しかしながら今は物凄く気不味い雰囲気で、シオリなんてほぼ俯いてご飯を食べている。
「もうすぐ体育祭だな」
沈黙が流れる中に話題を出して何とか気不味さを振り払おうとする。
「うん」
しかしながら返ってきたのは最近の悩みである生返事。
「シオリって何出るんだっけ?」
「障害物レースと五十メートル走」
「どっちも走る系だな」
「うん」
会話終了。
欲を言えばこちらの出る競技も聞いて欲しかったのだが、今のシオリにはそんな気力はないらしい。
いや、シオリに頼るんじゃなくて自分で会話を広げれば良い話なのだが、俺は芸能人みたくあんなに口が達者ではない。
だからこの話は一旦沈めて、次なる話題を探す事にしよう。
俺は冷しゃぶサラダを食べて考える事にする。
どうやら冷しゃぶのタレはシオリの手作りみたいで、爽やかな酸味がこの時期にピッタリの味わい。めちゃくちゃ美味しい。
俺が美味しそうに食べるのに対してシオリは元々何だったのか不明な暗黒物質を食べると――。
「――うっぷ! ごほっ! ごほっ!」
シオリはむせまくってしまった。
「だ、大丈夫か? シオリ」
「だ、大丈夫……大丈夫……」
言いながら席を立ち自分の分の暗黒物質と俺の暗黒物質を取り上げてキッチンへ。
「これは……。ダメ……。まじでダメなやつ……」
「あ、あはは。逆に気になって食べてみたいな」
「ダメ。こんなのはコジローに食べさせられない」
そう気を遣ってもらえるという事に彼女からの嫌悪感は感じられないので、やっぱり嫌われている訳ではない。そう実感出来るのは嬉しい。
だから、こんな訳も分からない気不味い雰囲気は嫌だし、前みたいな関係に戻りたい。
いや……! 前よりも関係を進めたいと思う。だって俺はシオリが好きだから。
――そうするにはやっぱり告白しかない……よな。
タイミングとかシチュエーションとかロマンチックな方が良いのは勿論わかるし、今、家でご飯食べている時に告白するのが変なタイミングっても重々承知だ。
でも、このままこんな空気が続くのは正直辛い。
もし、シオリが告白を受け入れてくれなかったら……。
それは辛いし、泣いてしまうだろうとも容易に予想出来る。
それでも! 今、既に気不味い雰囲気が流れているんだ、どちらにせよ同じ雰囲気なら告白した方が良い。
俺は息を吐いて、勇気を吸い込む様に息を吸った。
立ち上がりキッチンにいるシオリを見つめる。
告白……。告白か……。
いざ、実行に移そうとすると心臓が破裂してしまうのではないかと思う。
四条のマジェスティのエンジン音なんて比にならない位にバクバクと鳴り響く。
「し、シオリ……?」
自分でもびっくりする位に声が小さかった。
それでも彼女は反応してこちらを見てくれる。
目が合うとマニュアル車の四速から五速にギアを切り替えたみたいに心臓が更なる加速をする。
足元がふわふわしており、何だか雲の上に立っているみたいに現実味がない。
「あ、あのさ。お、俺……」
ゴクリと生唾を飲み込み、俺の想いを伝えようとした時だった。
――ブー!! ブー!!
まるで観客席から送られるブーイングの様にテーブルに置いてあったスマホが鳴り響き、シオリが「あ……」と急足でこちらにやってきてスマホを慌てて見る。
「す、純恋ちゃんから電話きたからちょっと席を外すね」
「あ、ああ……」
気の抜けた炭酸飲料の様な返事を聞いてシオリはそそくさと玄関の外へ出て行ってしまった。
「――はぁ……」
俺は風船の空気が一気に抜けた様に椅子に座り込んだ。
「してないけど……告白ってこんなにドキドキするんだな……」
まるでエンストした車みたいに心臓の高鳴りも収まり、俺は食事を再開した。
シオリは二時間位電話していたみたいで、それ終わりで告白する気には到底なれなかった。
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