第85話 友達じゃない

 四条の話では本日、三波先生が映画研究部の皆に自分の事情を説明する日である。


 放課後になり四条が神妙な面持ちで部活へ向かった。

 彼女なりに気を引き締めて向かった事だろう。


 俺はというと放課後無駄に残っていた。


 いや、無駄というかなんというか……。


 多分、恐らく、いや絶対、冬馬はショックを受けるだろう。


 そっとしておいてあげるのが良いのか、側に誰かいてあげた方が良いのか、どちらが正しいのか分からないが、人は人に何かを聞いてもらう事で多少なりともスッキリすると思うし、昨日の四条も一緒にいてあげる事で少しは気分が落ち着いたように見えたので、俺は側にいてあげる事を選択した。


 冬馬に『部活終わり連絡くれ』とメッセージを送ると、スマホをいじっていたのかすぐに『りょ』と返事が来た。

 たった二文字の文だが、まだいつも通りの冬馬である。これがこれから崩れると考えると、友として何とも言えない感情が渦巻く。


「はぁ……」


 放課後になり、教室内に残っているのは俺だけだった。

 一年の頃は数人が残り駄弁っているのを目撃した事があるが、やはり二年のクラスは仲がよろしくないので皆さっさと部活なり帰宅なりするのだろう。


 誰もいない教室内。窓の外では野球部が部活動に励んでいるのがわかりサッカー部や陸上部の姿は見えない。


「何黄昏てんの?」


 ふと聞き慣れた声がし、視線を声のする方へ向けるとそこには見慣れた天使が立っていた。

 見慣れたはずなの高鳴る心臓の鼓動はいかに俺が彼女を好きかを表しているかのようだ。


「ちょっとな……。――てかシオリ、メッセージ届いて無かった?」

 

 最近一緒に帰っているので『ごめん。今日は先に帰ってといてくれないか』と送ったはずなのだが……。


「ちゃんと届いてた。でも六組覗いてみたらコジローが青春ドラマのちょい役みたいに黄昏てたから」

「青春ドラマのちょい役は黄昏ないだろ。大抵主人公じゃない?」

「コジローに主人公なんて似合わないよ。百歩譲ってもちょい役」

「つらっ。でも、ちょい役でも出れるだけマシか」

「そんなちょい役さんが今日何の用事で居残り?」


 そう聞かれて「ああ」と相槌を打ち答える。


「主人公を待ってるんだよ」

「主人公?」


 話の流れ的にそう言ったのだが、どうやら伝わらなかったみたいだ。


「映画研究部の主人公みたいなやつ」


 そう言ったところで「ああ」と理解した声を漏らした。


「六堂くん?」

「ピンポーン。せいかーい」


 お手製のサウンドエフェクトを付けて言ってやる。


「部活行ったけど……もしかして終わりまで待つの?」

「まぁな」

「ふぅん。それなら部室で待たせてもらえば良いのに。私も純恋ちゃんに用事がある時待たせてもらってる」


 シオリのやつ、あれからも映画研究部に足を運んでいるんだな。それなら入部すれば良いと思うのだが……。


「まぁ普段なら待たせてもらえるだろうけど……今日はダメなんだ」


 俺は真剣な面持ちで言うとシオリは俺の瞳を見て何かを察したのか「そっか」と言って俺の隣の席に座る。


「やれやれしょうがない。部活が終わるまで一緒に待っててあげるよ」

「え? 大丈夫なのか?」


 聞くと「大丈夫だ問題ない」とかっこよく言ってくる。


「晩御飯の仕込みは終わっている」

「いや、そういう意味じゃなかったんだけど……。なんか放課後に予定とか……」


 彼女は鼻で笑って答える。


「純恋ちゃん以外に友達のいない私に放課後予定などない」

「堂々と辛い事を言ってのけるシオリパイセンまじやべー」

「ふっ。崇めてくれても良い」

「いや、そこまでは……。――まぁでもありがとな。一人じゃ心細かったし、シオリが一緒に待っててくれるなら嬉しいよ」


 正直、冬馬にどうやって声かけようか一人で考えているよりも、シオリと待ってた方が気が紛れるし、何より楽しい。


「そ、そう。あ、崇めてくれても構わない」

「いや、だからそこまでは……」







 シオリと他愛もない話をしたり、スマホゲームを一緒にしたりして時間を潰す。


 冬馬から『どこにいてる?』とメッセージが入ったのは野球部がフリーバッティングを始めた時間帯。

 予想よりも早く部活動が終わったみたいだ。


『六組にいる』と返信すると『今から向かう』と届いたので、そのことをシオリに伝えると「先に帰るね」と言って教室を出て行った。


「――シオリ……。スマホ忘れて行きやがった」


 彼女が出て行った後に、シオリが座っていた席の上に自分のスマホを置きっぱなしにしていた。


 今から急いで追いかけても良かったが帰る場所は同じなので家で渡してやるのが最効率と思い彼女のスマホを回収しておく。


 シオリのスマホをポケットに入れた所で教室の前の出入り口から冬馬がスクールバックを持ってやって来た。


 俺と目が合うと、ゆっくりとこちらの席までやって来て真前に立つ。


「珍しいな。放課後に呼び出すなんて」


 口を開いた冬馬の声は男の俺でも惚れてしまうそうなイケメンボイス。つまり、いつも通りであった。


「どうかしたのか?」

「あー……。いや……」


 見た感じはいつも通りの彼の態度に戸惑ってしまう。


 冬馬を窓の外を眺めながら冗談めかしたことを言ってくる。


「許嫁と喧嘩したから家に泊めろみたいな話か? そんな話ならお断りだぞ。どうせ小次郎が悪んいだ。素直に謝っておけ」


 冬馬はこちらを見る様子もなく窓の外を眺めていた。


「そんな事じゃねーよ」

「わかってるよ」


 そう言って軽く笑う冬馬は無理に口角を上げた。


「お前の事だ。事情を知っていて俺を放置するか慰めるかの二択で慰めを選択したって所か」

「恐ろしいな……。その通りだ」

「もう小次郎とも四年の付き合いだ。それくらいはわかるさ」


 冬馬は「だが」とこちらを見ずに言い放つ。


「今回はハズレだ。俺の事なんて気にするな」

「そうか……。ごめん。いらぬお節介だったか……」

「いや、そうでもない。素直にその行動には感謝してるよ。ただ、もう気持ちの整理はついているからな」

「整理がついている?」

「ああ……」


 十中八九嘘だとわかる発言。


「自分の想いは伝えないのか?」


 こちらの質問に「おいおい」と苦笑いを浮かべて答えてくれる。


「相手が孕んで、結婚するって言われたら何をどう足掻こうと無意味だろ。元々叶わない恋だったんだ。初恋は実らないなんていうが本当だな。ま、高校の頃の儚い初恋という苦い思い出ってやつが刻まれたってだけさ。これからをこれを糧に新しい恋をスタートさせるさ」


 冬馬は依然変わらず窓の外を眺めている。


「もう……純恋で良いや……」


 ――は?


「あいつ俺の事好きだし」


 こいつは何を言っているんだ?


「あいつと付き合えば残りの高校生活も満足できるだろ」


 こいつは本当に冬馬か?


「これからはあいつを――」


 こいつの言うことに俺の中で何かが切れる音がした。

 堪忍袋の尾が切れるとはよく言ったものだ。




 ドンッ!!




 冬馬の言葉の途中で俺は机を思いっきり叩き上げて机を彼の方向に蹴り上げた。




 バンッ!




 大きな音が教室内に響き渡り、中に入っている俺の教科書類が飛び散ったが冬馬は微動だにせず立っていた。

 そんな彼に近づいて俺は冬馬の胸ぐらを掴む。


「お前ふざけんなよ……。四条の事なんだと思ってんだ? ああ?」


 少しでも刺激されれば自分でもどうなるか分からない程に怒りが溢れてくる。


「ああ? うるせーよ。許嫁がいて調子乗ってるお前に何がわかるんだ?」

「今それ関係ないだろ? お? 四条はどんだけお前の事想っていると思ってんだ? どんだけ悩んでたと思うんだ? どんだけ苦しんだと思ってんだ? ああ! ごら! お!?」

「そりゃこっちの台詞だ。お前は俺がどれ程想って、悩んで、苦しんでたのか知ってんのか?」

「わかるか! ならもっと早く相談しろや!」

「それは……。――ちっ……。良いから手離せよ」


 珍しく言葉に詰まる冬馬に「離すか」と強気に言ってやる。


「お前みたいなのに四条は渡さない。お前が四条と付き合うなんて俺が許さない」

「あいつが好きなのは俺なんだよ! お前には関係ねーだろ? なんだ? お前本当は純恋の事好きなのか? だからそんなに必死なんだろ? はは……。残念だったな、あいつが好きなのは――」

「俺が好きなのはシオリだ!!」


 教室中は疎か、廊下にも響き渡っただろう俺の叫びに現場は沈黙してしまう。


 そんな沈黙が続いた後に「離せよ」と俺の手を振り払って来たので、彼の胸ぐらから手が離れた。


「お前が七瀬川さんが好きなんは見てたらわかるけど、だったら俺らの事はほっとけや。関係ないだろ」

「関係ある!」


 言い切って俺は叫びながら冬馬に伝える。


「四条は俺の友達だ。大事な友達だ! そんな大事な友人を今のお前なんかに渡すわけにはいかない」

「うぜーな! 黙って友達同士くっつくの見届けろや!」

「お前は友達じゃねええええええ!」


 俺は叫びながら冬馬の顔面に思いっきり右ストレートをぶっ放した。


 冬馬は軽く吹っ飛び、その場で尻餅をつく。


 俺の拳が入った瞬間だろう、彼は口を切っており、そこから軽く出血していた。


「――んだよ……。こっちは友達と思ってたのに――」


 手で口元の手を拭きながら言ってくる冬馬に俺は少し恥ずかしい、でもアドレナリンが出まくっているから言える言葉を放つ。


「お前は俺の親友だ!」


 言うと、冬馬はこちらを目を丸めて見てくる。


「冬馬は俺の大事な人だ。かけがえのない恩人だ。お前がいなきゃ今の俺はない。中学の時、お前は俺に道を作ってくれた。導いてくれた。そんな親友が間違った考えなら俺はどんな事をしても止める」


 座り込んでいる冬馬に手を差し伸ばした。


「だから今度は俺がお前を導いてやる」


 言うと冬馬は俺の手を握って立ち上がるのでそのまま彼に抱きついた。


「冬馬が辛いのはわかる。失恋したばかりで自暴自棄になるのもわかる。――でも……それでも! お前を本気で想っている女の子を無碍に扱わないでほしい。今の冬馬の考えは間違えている」


 泣きそうなのを我慢して背中をポンポンとしてやると「う…うう……」と冬馬の身体が震えた。


「泣いて良い。愚痴だって聞く。全て吐き出してくれて良いんだ。それを受け止めるのが親友の俺の役目だから」


 優しく言ってやると冬馬は高校生らしからぬ大泣きをしたのであった。




 ようやくと泣き止んだ冬馬を離すとかなり泣いたのか目が腫れている。


「――すまない小次郎」

「スッキリしたか?」

「ああ……。なんだか頭がスーッとなった」

「そうか……。なら先生に告って来い」

「――は?」


 冬馬は眼鏡をクイッとして呆れた声を出す。


「告って思いっきりフラれて来い」

「お前……。間接的にフラれて、親友に殴られたあげく大泣きしたださい姿見られて、この上直接フラれてこいとかドSが過ぎるぞ」

「先生への想い、全部精算してから四条との事真剣に考えろ」

「――そう……だな……。それが正解なのかもな」


 冬馬は教室を出ようとして立ち止まる。そして振り返らずに言ってくる。


「ありがとな小次郎。お前に殴られて目が覚めた気がする」

「あー……殴ったのはごめん……」


 冬馬は鼻で笑った後に拳を作る。


「もし小次郎が俺と同じような立場になった時、その時は今日の小次郎と同じ事をさせてもらう。勿論、親友としてな」

「そんな日は俺には来ないよ」

「そうだと良いな」


 冬馬は言い残してダッシュで教室を出て行った。


「――しかしまぁ……我ながら派手にやってしまったな……」


 机は倒れ、教科書は散乱している。全て自分のだからまだ良かったが、片付けるのがひたすらに面倒である。


 片付けをしようとしたところ、ふと教室の前の出入り口からシオリが入って来た。


 おそらくスマホを忘れた事に気がついて取りに来たのだろう。


「シオリじゃん。お前スマホ忘れてたぞ」


 ポケットから彼女のスマホを取り出し渡そうとするが彼女は受け取る気配がない。


「シオリ?」


 名前を呼ぶと「あ……」と我に返ったような声を出して俺からスマホを受け取る。


「ちょうど良かった。折角だし一緒に帰ろうぜ。これ片付けてからだけど。あ、これはだな――」

「わ、私先に帰るね」

「え? シオリ? ――あ! ちょ!」


 彼女は俺を置いてそそくさと帰ってしまった。


「なんだ? シオリのやつ……」

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