第84話 片想い

「ここら辺この間まで桜が咲き乱れてたんだよ」


 ドライブウェイに入り少し登った所で四条が話かけてくれる。


 前方にも後方にも車はおらず、ゆっくりとしたスピードで登っている為、先程と違い彼女の声が良く聞こえる。


「へぇ……。桜か……」


 辺りを見渡すと、緑色の葉を付けた木々が無数に見える。

 詳しくはないが、恐らくこれが桜の木々なのだろう。

 そうだとすると、春にはかなり綺麗な景色が見られそうである。


「もう少し早く来れたら見られたのにね」

「見てみたかったな」


 目を細めて桜の木々を見ていると自然と「花見したいな」と声が出てしまった。


「あ、良いね。お花見。来年やろうよ。お弁当とお菓子とジュース持って」

「やりたいよな。みんなで」


 四条は花見の想像でもしたのか「ふふ」と可愛らしく吹き出した。


「楽しそうだよね」

「ああ。きっと楽しいはずだな」




 ここのドライブウェイには様々な施設があった。


 バーベキューが出来る場所。

 釣り堀。

 ラジコンサーキット。

 遊具のある公園や花畑まで。


 それらを全てすっ飛ばして頂上の展望台までやって来た。


「うわぁ……」


 言葉にならなかった。


 バイクから降り、展望台から見渡す景色は壮大である。


 自然に囲まれており、初夏だというのに少し肌寒い。しかし、その寒さは街にいる時に感じる寒さではなく何処か心地良い。

 自然の先に見える景色からは綺麗な街並みが一望出来る。日中ですらこれ程に綺麗なのに夜景ならどれほどまでにロマンチックなのだろうかと想像力を働かせると気分が高揚する。


 青い空。白い雲。奥には一望出来る街並み。辺りは自然に囲まれており、彼女がベストプレイスと言うのも納得出来る。


「どう? 綺麗でしょ?」


 隣にやって来た四条がドヤ顔で言ってくるので「最高だな」と心からの言葉を送る。


 彼女は嬉しそうに笑う。


「こんな景色見てると、悩みとかどっか吹っ飛んじゃうんだよ」


 彼女が言った後に冷たい風が吹き、靡いた短い髪を耳にかける。


 その横顔は台詞とは裏腹に風と一緒で何処か冷めており、寂しそうであった。


「――明日……楓先生、映画研究部のみんなに言うんだって」


 その言葉で察しがついた。


「そう……なんか……」

「うん……。冬馬君の事を思うと……ちょっと複雑……」

 

 そう言った後に、しまったと言わんばかりに「あ……」と声を漏らした。


「冬馬君が先生を好きって知ってるよね?」

「まぁ」


 知ったのは最近だが……。


 答えると「良かった」とその件に関して安堵した様な声を出すとボーッと景色を見る。


 彼女は何を思ってこの景色を見ているのだろうか。


「あたしね!」


 唐突に少し力の入った一人称の後、彼女は続ける。


「先生が妊娠して結婚するって……学校やめるって保健室で聞いた時、先生がやめるショックよりも正直心の中で『やった』って思っちゃった。だって……それなら冬馬君が先生を諦めてあたしに振り向いてくれるかも! って……。間接的にフラれてあたしの所に来てくれるかも! ……ってね」


 明るく言ってのける彼女はが無理をしているのは誰の目にも明らかであった…


「――でも……寂しさに付け込んでもし振り向いてもらったとしてもそれは一時的な気持ちかも知れない。そんな一時の愛は欲しくない……。それに楓先生の事も好きなのにそんな風に考えてあたしって性格悪いんだなぁ……って……。なんか考えてる事が卑怯だなぁ……って……。こんなあたしが冬馬君を好きになる資格なんてない……って……」


 無理して出していただろう明るい声は段々と薄く、暗くなっていった。


「そんな事をグルグルグルグル考えちゃって、何かもう訳分からなくなって来て……。だからここに来たんだ。そしたらいつもみたいに悩みもどっか行って、明日から冬馬君を純粋に片想いする女の子に戻れるかなって――でも……おかしいな……。いつもならスッキリするはずなのに……」


 彼女は景色から目を逸らした。


「今回はダメみたい……」


 我慢出来ずに四条の左目から一筋の涙が溢れ出した。


「なんで……冬馬君はあたしに優しくしてくれるのかな……。なんで笑いかけてくれるのかな……。なんで構ってくれるのかな……。なんであたしに振り向いてくれないのかな……。なんで……楓先生なのかな……。どうしたら、あたしを見てくれるのかな……」


 四条は涙を流しながら胸を押さえた。


「あたしじゃダメなの……? こんなにも冬馬君の事が好きなのに……。どれだけ想っても冬馬君は……。あたしじゃ……」


 涙でくしゃくしゃになった顔でこちらに目を向け悲しそうに俺に問いかける。


「一色君……あたし……どう……したら……いいのかな……?」


 深い悲しみに沈む彼女に手を差し伸ばしてあげたい。泣き震える彼女を抱きしめて安心をあげたい。


 そう思う程に彼女の姿は弱々しく儚った。


 しかし、沈んだ彼女に手を差し伸ばすのは、優しく抱きしめるのは俺の役目じゃない。


「迷う必要なんてないんじゃないかな」


 そう言うと「え……」と涙声で聞き直してくる。


「先生がいなくなるとか、寂しさに付け込むとか、そういうのは考えなくて良いんじゃないかな。俺はその事を卑怯だとは全く感じないし、それで四条の性格が悪いとは微塵も思わない。人が人を好きになるのに資格なんてもんはいらないよ。大事なのは何があっても四条が冬馬を好きって強く思う真っ直ぐな気持ち。それがあれば一時の恋じゃなくて、永遠の恋になると俺は思う」

「一……しき……くん…。あた……あたし……」


 拭いても拭いても溢れ出る涙を手で拭い、それでも止まらない涙を長い事おさまるまで拭き続ける四条。

 

 ようやくと、おさまって来て彼女は、ぐすん、と鼻をすすり息を整えた。


 そして大きく息を吸い込み――。




「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 四条の叫びは空まで響きこだました。


 それは、ここから見えるあの街のどこかにいるだろう冬馬にまで届きそうな程の思いが詰まった叫びな気がする。


 叫び終わった四条はもう一度呼吸を整えるとこちらを見た。


「――一色君。ありがとう」


 礼を言ってくれる彼女に「いや……」と少し申し訳ない気持ちの声が出る。


「大した事言えなくてごめん」

「ううん。そんな事ないよ。本当にありがとう」

「それなら……良かった」

「でも、まさか、一色君の口から『永遠の恋』だなんて詩人みたいな言葉が出るとは思いもしなかったよ」

「――思い出すと恥ずかしい台詞を吐いたもんだ」

「ふふ。恥ずかしいねー。中二病だよー」


 からかうような口調で言ってくる彼女は先程と違い楽しそうである。


「やめろや」

「――でも! ――でも……あたしの胸には大きく響いたよ」


 そう言って自分の胸に優しく手を置く四条に嘘はなさそうで、俺の言葉が彼女の助けになったならば嬉しい限りである。


 軽く溜息を吐くと「くしゅん」と可愛らしいくしゃみが四条から出る。身体が冷えたのだろうか。


「寒くなってきたしそろそろ帰ろう」

「うん。そうだね」


 同意を得て、俺たちはバイクに向かって歩き出す。


「今度、一色君が恋に迷ったらあたしが相談に乗ってあげるよ」

「そりゃどうも」

「ふふふ。帰ったら早速中二病台詞を検索しないと」

「おい! 響いたんじゃねーのかよ! 速攻いじってくんな!」

「あはは! 響いた響いた! もうそりゃめちゃくちゃね」

「到底そうは見えねーぞ」

「あははー」


 彼女の笑い声はもう無理をしている感じではなく、いつも通りの彼女の笑い声だった。

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