第48話 バレンタインの朝

 鳴り響くアラーム音。


 いつも通りの朝。


 いつも通り気怠い寝起き。


 ここ最近、シオリが起こしてくれないので、自力で起きなければならない。


 あいつも結構気分屋な所があるから、起こしてくれる時もあれば、くれない時もある。


 その様子はまさにネコ。


「にゃー」


 ふと、脳内にネコミミを付けたシオリを想像してしまう。


 想像上のネコミミシオリはかなり似合っているな。

 いや、かなりエロいな。うん。俺みたいな健全な男子高校生が生で見たら発狂もんだろ。

 今度頼んでみる? いや、軽蔑の目で見てくるか……。それはそれでアリかな……。


 そんな、朝から脳内は妄想MAX、髪の毛はボサボサの頭でふらふらとベッドを出て、まず向かったのは脱衣所の洗面台。


 いつも通り――ではなく、本日は念入りに歯を磨く。

 いつもより丁寧に、丁寧に、丁寧に――。


 そして、顔を洗顔してさっぱりする。


 さっぱりすると、次いで、洗面台のミラーキャビネットから普段使用しないワックスを取り出して、慣れない手つきで髪の毛へベタベタと付ける。


「――なに……してるの?」

「うわっ!」


 ふと鏡越しに無表情でこちらの様子を伺うシオリの姿があり、俺は朝から驚愕の声が出てしまう。


「びびったー。いきなり話かけるなよ!」


 振り返りながら言うと、シオリはジト目で俺を見てくる。


「普段ワックスなんて付けないのに」

「み、身だしなみは紳士の嗜みだろ?」

「――もしかして……今日『バレンタイン』だから?」

「ぎくっ!」


 そうである。


 今日は世の男子連中がそわそわとする二月十四日。バレンタインデーである。


 俺だって健全な男の子。女の子からバレンタインチョコレートが欲しいんだよ! その為なら、カッコつける! 周りになんと言われようと俺はチョコレートが欲しいんだよ!


「――バレンタイン当日にカッコつけても意味ないじゃん」

「あ……」


 確かに……。


 カッコつけるなら、バレンタインの前から準備しないと。

 当日にカッコ付けても何の意味がない。


「そ、そうか……。そうなのか……。ぜ、全然気が付かなかった」


 俺は地べたに這いつくばって嘆く様に言う。


「――ばーか……」


 そんな俺にシオリは止めの一撃を放ち学校へ向かって行った。







 大体、シオリもシオリだ。


 あいつは『許嫁』であり『居候』でもあるんだ。それなのに、俺に義理の義理でもチョコレートを渡そうとする気配が感じられない。どうなっとんだ! 普通渡すだろ! その気配だすだろ! 出せよ! 雰囲気出せよ!

 

 ――いや、単純にチョコレートが欲しいだけだどな……。


 あー! チョコレート欲しい! まじで欲しい。


 思えばバレンタインデー――これほど残酷なイベントは無い。


 小学生の頃――「バレンタインなんか関係ねー」と数人の友達と公園で遊んでいたら、女子連中が乱入してきて、本命チョコレートを渡すイベントが発生。

 ――俺以外――。


 関係あんじゃん! お前ら関係あんじゃんかよ!「バレンタインとかきしょいよな」とか言ってた数分後に「お、おう。ありがとう」とかハニカんでんじゃねぇよ! その後、俺だけ貰ってないから気不味い雰囲気になったじゃんかよ! くそぼけ! 


 中学生の頃――部活中に校舎から「冬馬ー!」と黄色い声をかける女子達にクールに対応する冬馬。その現場をたまたま見ていた俺に「俺はあまりチョコレートは好きじゃないんだがな……」――。


 ――じゃかましいわ! ボケ!


 じゃあ俺によこせ! 俺は好きだわチョコレート! 大好物だわ! 女子達も俺に渡せよ! 目の前でめちゃくちゃ美味そうに食っちゃるわ! 何で俺にはくれねえええんだよおおおお!


 そういえば昔に――。


「お母さん! 俺に何か届いてない?」

「届いてないわよー」


 毎年、バレンタインに交わされる母親との会話。

 年数が上がるにつれて母さんは――。


「母さ――」

「ない」


 ――と、食い気味で言われた辺りで、諦めたっけな……。


 くっ……。おのれバレンタインデー……。どこの誰だ!? こんな地獄の所業のイベントを考えた奴! チョコレート会社か!? 開発部か!? 営業部か!? そんな奴には説教が必要だ! 説教が!


 脳内で不満を爆発させながら学校へ着き、昇降口で靴を履きかける為にロッカーを開ける――。


「――期待してたろ?」

「うわっ!」


 ロッカーを開けた所でポンっと肩を叩かれてイケボで囁かれる。


「な! 何の事きゃな!? 冬馬きゅん!」

「相変わらず分かりやすい奴だな」


 言いながら眼鏡をクイッとして続ける。


「もし、ここに入っていても食べたくないだろ? 靴が入ってた所だぞ?」

「それは……確かに……」


 俺の言葉に次は優しくポンっと肩に手を乗せてくると、優しく言ってくる。


「お前には許嫁がいるだろ」

「くれると思うか?」


 冬馬は眼鏡をクイッとして考えた後に言う。


「彼女はそういうイベントに興味はなさそうだな」

「だろ? ――はぁ。お前は良いよな」


 嫌味ったらしく言うと。


「俺は元々興味はあまり無いからな」


 嫌味ではないが、凄くムカつく返しをされる。


「ほら、行くぞ。遅刻しちまう」


 くっ……。こいつ、勝者の余裕か……。

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