第49話 零の男

 朝、いつも通りに学校に着くと、出鼻を挫かれる。


 クラスメイトの男子が既に二人もチョコレートを受け取っていたからだ。


 その顔ときたら「まぁ? くれるってんならもらってやんぜ?」的な! 何か、そんな上からな感じ? 


 くっそ腹が立つ。

 貰ったんならそれ相当の反応しろよ!

 何を貰って当然な顔してんだよ!

 クソが! そのチョコレートとカレールーすり替えたろか!? ああ!?


 何て、怒りの念を送りつつ、席に着いて――ワンチャン――ワンチャンね? あるかもじゃん? だから俺はしれーっと机の中を覗く。


 パッと見は無いけど、もしかしたらよ? もしかしたら奥の方とか、教科書に挟まってるとか? あるかも――。


「そんな所にある訳ないじゃん」


 後ろからボソリと聞こえた冷徹な声に振り返ると、シオリが相変わらずヘッドホンをして読書をしていた。


 お前はキャラぶれないな!! てか、くれっ! チョコレートを!


 ――と、言いたいのを堪えて机に伏せる。


 そりゃそうだ。


 少し冷静になりシオリの言葉が正しいと理解する。


 小学生の頃も、中学生の頃も、貰う奴の様子を見ていた俺には分かる。


 机の中にチョコレートが入ってる奴なんていなかった。


 ――分かってる――分かってるけど欲しいやん……。ワンチャンを考えるやん……。


 そう嘆きながらバレンタインの朝は過ぎて行った。







 休み時間を重ねる度に繰り広げられる「おい。お前チョコレート何個貰った?」という会話。


 クラスの男子達は「一個」だの「三個」だの、まるでチョコレートを得点の様に、多いのが正義と言わんばかりのマウント取りを開始する。


 あーあー! 惨めだのー! チョコレートでマウント取るなんて小さな人間達だのー!? はっはー! まるでゴミの様だ。いや! ゴミ以下だぜ! ぷんぷん匂いやがる。このまま、ここにいたら匂い移りがしちまって腐っちまうぜ! あー! やだやだ!


 そう思い、トイレに行ったのが間違いだった。


 トイレではチャラ男達が鏡の前で「放課後だるくね?」「ま、良いじゃん。チョコと一緒に食えるならさ」「顔はそこそこだもんな」「顔が良くてもテクがなー」なんて別次元の話をしており、俺はまるでトイレに入り異世界転移してしまったのかと錯覚してしまう。


 このチャラ男達、別に悪い人達ではない。喋った事も何回もある。だから何とも思わないけど――。


「あ、シッキーじゃん。ちゃおー。チョコもらった?」

「シッキーなら十とか貰っちゃってる感じ?」

「流石に十は強者。リアル五っしょ!」


 ――この時だけはしばき回そうかと思った。


 俺は「ゼロじゃ! チャラ男共! その髪全部五厘に剃りあげて修行僧に紹介したろか!? ああ!?」――とは、言えずに苦笑いだけ浮かべて、異世界から生還した。







 鳴り響くチャイムの音が残酷に聞こえるのは気のせいではないだろう。


 いつもなら、この放課後を告げるチャイムが、俺へ自由の翼を授ける神様からのプレゼントの様に聞こえてくるのだが、今日に至ってはその限りではない。


 嫉妬――憎悪――憤怒――。


 毎年だ……。毎年この様な感情が渦巻く。


 最後の最後。帰りのHRが終わって立ち上がり、ラストワンチャンにかけて振り返ると――。


「もういねぇし……」


 頼みの綱であるシオリは既に消息を絶っていた。


 あーもー無理ー。今年も零かよー。折角、高校生になったのに零とか――。


 諦めかけたその時――。


「一色君」


 天使が――。慈愛都雅の天使様が俺を呼んだ。


 今日見る四条の姿はその二つ名の通りに慈愛都雅の天使――いや! 慈愛都雅の女神様に見えた。


 この空気、この雰囲気、この感じ――。


 いや、知ってるよ。君が好きなのは俺じゃないのは知っている。

 だけど、良い。それが義理という名の通りのチョコでも良い。

 チ○ルチョコでも、キ○トカ○トの半分でも、ポ○キーの手で持つ所だけでも、何でも――。


 君が俺の『人生におけるチョコレート数――零』という不名誉な黒歴史に終止符を打つジャンヌになってくれるなら――。


「今日は部活休みだから」

「――あ、ああ」


 俺はジッと四条を見つめる。その瞳に熱を込めて。


 すると彼女は首を傾げて「どうしたの?」と可愛く聞いてくる。


「いや……」

「それじゃあ、またね」


 ――神も仏もいねーな……。







 諦めた俺の心を表現するかの様に、部屋の電気は消えていた。


「先に帰ったんじゃ無かったのか……」


 家に帰ってもシオリの姿は無かった。


 先程「ないないないない」と自分に言い聞かせながら、家のポストを確認すると、そこには夢も希望も詰まっておらず、現実を突きつける様に広告の紙しか入って無かった。


 そこに、デリヘルの広告が入っており『バレンタイン特別料金』と書かれていたのを見て、最後の力を振り絞り、破り捨てた。


 その為、俺のHPは零。チョコレートも零。


「はは……。今日ほど零という文字が憎い日は無いな……」


 制服のままドスンとベッドに寝転がり、俺は現実逃避を始めた――。

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