第26話 許嫁は寝惚けている

 誕生日から一夜明け、目覚めの良い朝がやって来る。

 ここ最近はシオリに起こしてもらっているのだが、どうやら今日は彼女の援助なしで起きれたみたいだ。


 大きく伸びをする。心なし清々しい空気が体内を駆け巡る気がした。


「――喜んでくれたみたいで良かった……」


 朝一番に出た言葉。それは昨日の事を思い出しての呟きであった。


 あの後、シオリが泣き止むのを待ち、共にケーキを食べた。

 ケーキなんて食べたのは久しぶりだったから、ケーキってこんなに甘かったかな? なんて思いながら食べたな。

 一緒にケーキを食べている時、シオリはいつもの表情に戻ってしまった。

 ――いや……戻ったのだけど――その表情は何となく……何となくだけど嬉しそうな――楽しそうな――そんな気がした。


 それに……目の前で誕生日プレゼントを開けるという事はしなかったが、大事そうに膝に置いてくれていたのは嬉しかったな。


 誕生日を祝われるのは久しぶりと言っていたので、俺なんかが祝ってあげても嬉しかったみたいだな。


 もう開けたかな? 使ったのかな? 俺は気になる思考を抱きながら寝室を出た。




 寝室を出て目に入ったのは、ソファーの前に布団を敷いて寝ているシオリの姿。

 流石は天使という名が付くだけあり、この前一緒に買いに行った安物のジャージなのに、彼女が見に纏うだけで天使の羽衣の様に見えてしまう。


「あれは……」


 俺は口元が緩んでしまった。

 それは、ジャージの隙間から乳が見えていた――という訳ではない。シオリに谷間があるのかどうかは微妙だ。寄せたら出来るかもしれないが――いや、今はそうじゃない。


 壁にちゃっかり視力検査表が貼られていたのも笑いそうになったが――。


 シオリは抱き枕の様に俺がプレゼントしたバスタオルを大事そうに抱いて寝てくれていた。


 それが何ともこそばゆい照れを生んでしまう。


「――しょうがない……」


 誕生日のアディショナルタイムだ。俺直々に優しいイケボで、この天使を起こして差し上げよう。


「シオリ。シオリ」


 布団の前でしゃがみ、名前を呼んであげるが反応がない。

 まるで眠り姫の様に美しく寝ている。


「シオリー。おーい。シオリーン」


 次は、今し方命名したあだ名で呼んでやるが、反応は無かった。


「シオリンリン。朝だよん。シオリたーん」


 声だけじゃ反応しないから次は彼女の身体を揺らして起こしてやる。


 ジャージ越しなのに女の子の身体って凄く柔らかいのね……。


 そんな俺の余韻はどうでも良い。


 流石に身体が揺れた事で反応があり、シオリは「ん……」と少しセクシーな声を漏らした。


「シオリ。朝だぞ」


 声を漏らしたので、あだ名で呼ぶのが恥ずかしかった為、呼び方を戻して呼ぶと、ゆっくりと目を開ける。


 そして、俺と目が合うとゆっくりと起き上がった。


「おはよ。シオリ」

「おはよ……?」


 少し寝惚けているのか、寝ぼけ眼で俺のプレゼントをギュッと抱きしめて朝の挨拶を返す。


 その姿はかなり尊い。


「はは。寝惚けてる? 俺の方が珍しく早かったから起こしてみた」

「――今……何時……?」

「ん? 今――」


 リビングの壁掛け時計を見た瞬間――開いた口が塞がらなかった。


 目をゴシゴシと擦り、もう一度時計を見直した。


「十時ごじゅ――。うそだろ! おいっ!」


 寝坊とか遅刻とか、そんな概念から外れた時間帯である。


 時計が電池切れなんてお約束展開ではない。なぜなら、一昨日俺自身の手で電池を交換しているからである。


 おいおい……。何が『目覚めの良い朝がやって来た』じゃボケ。そんだけ寝りゃ誰でも目覚め良いわっ! 社長か俺は!


「十時……?」


 俺の内心の焦りを横目にシオリの反応は薄い。


「最早十一時だな」

「そう……」


 眠そうに頭をこっくりこっくりさせており、次の瞬間、俺の手を優しく握って引き寄せてくる。


「うおっ」


 逆らわずにそのままシオリと共に布団に横になる。

 シオリの顔が間近にあり、心臓がギアチェンジをして加速する。


「今日は……もう……このまま……一緒に寝よ……?」


 半分寝た様な顔で甘い台詞を言ってくる。


「いやいや……それは――」

「もう……今から……学校行っても……意味ないよ……」

「それはそうだけど……」

「ダメ……?」


 耳に心地良い甘い声は目が覚めたはずの俺を夢の世界へと誘おうとしてくる。


 欲望のままに、わがままに、このままシオリと共に夢の世界へ旅立とうと思うと――。


 ――グュルルルルル――ルル――ル――。


 騒音規制法違反レベルを疑うデシベルが鳴り響く。


 昨日ケーキしか食べてないからお腹空くよね。分かる分かる。俺もめっちゃは減ったもん。


 シオリの腹の音を聞いて、俺は勿論、彼女自身も目がパッチリと覚めてしまう。


「コ、コジロー……。す、凄い音……だね……」

「いやいやいやいや! 二人しかいないんだから誤魔化せるはずないだろ」


 否定すると無表情のままこちらをジッと見てくる。


「――今のはコジローの音」

「いや――」

「コジローの音」


 物凄い圧を感じる。


「えっと……」

「コジローの――」

「そうです。私の腹の音ですとも。ええ」


 圧に負けてこちらが折れるとシオリは起き上がりジト目でこちらを見てくる。


「――っていうか……。何で私の布団にいるの? 変態?」

「すげーや。こんな理不尽初めて」

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