第25話 許嫁はまるでプリムラの花の様に

 先日、慈愛都雅の天使様よりアドバイスを頂いたのを参考に見つけたプレゼント。

 

 自分では絶対買わない様な絶妙に値段の高いバスタオルを用意した。『柔らかい』『成長する』とか何とか……。

 シオリの奴は風呂に入る回数が多いから中々のチョイスではなかろうかと自負している。

 後は、おまけにランドルト環が欲しいって言っていたので、たまたま視力検査表があった為、買っておいた。


 喜ぶ、喜ばないかは分からないが、プレゼントを送る、誕生日を祝う事が大事なんだと自分に言い聞かせて帰宅する。


 冬の夕方はすっかり日が落ちるのも早くなり、辺りはすっかり闇に包まれており、冷たい風が吹いていた。


 鞄の中には誕生日プレゼント。左手には帰りに買ったケーキ屋のホールケーキが入った箱を持ち、かじかんだ右手でドアの鍵を開ける。


 ガチャリと開けた先の玄関にはシオリの靴があるので、彼女は先に家に帰って来ているみたいである。


 リビングへ行くとソファーに腰掛けてヘッドホンをし、本を読んでいるシオリが見えた。いつも通り、見慣れた光景である。


 もしかしたら今日が自分の誕生日だという事に気が付いていないのだろうか?


 あまりにも普段通りの光景に少し心配になる。




『それ何?』

『ケーキ。あと誕生日プレゼントあるぞ』

『そう』




 何て淡白な会話が繰り広げられる気がする……。普通にあり得るな……。


 いやいや、別に誕生日プレゼントとケーキを買って来たから「うわぁ! ありがとう! コジロー(にこっ)」みたいな事をしろと強制はしないさ。俺が勝手に誕生日知って、勝手に誕生日プレゼントとケーキを買って来たんだから。


 ――でも……。ちょっと位のアクションは起こして欲しいよな。


 幸い、まだ彼女はこちらに気が付いていない様子なので、バレない様にケーキを箱から出して、ダイニングテーブルへ置いておく。そして素早くキッチンから小皿とフォークを二人前取り出して並べた。


 安物のケーキだが、ホールケーキがテーブルの真ん中にあるだけで特別な日の様な雰囲気が出て気分が高揚した。


 いつもなら寝室へ入って鞄と着替えを済ましてソファーに座るルーティンを無視して、俺は鞄を持ったまま、シオリの隣に座る。


 そこでようやく俺に気が付いたシオリが本を閉じてセンターテーブルに本を置くと、ヘッドホンを首にかけてこちらを向く。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 おかえりの挨拶にただいまと返す。これもいつも通りである。


 さて、プレゼントを渡すのはいつのタイミングが良いのだろうか。

 今、渡しても良いのか、それとももう少し泳がした方が良いのか……。


 頭の中で小さな俺が小会議していると、黙りこくっている俺を疑問に思ったのかシオリが首を傾げる。


「着替えないの?」

「あ、ああ。まぁな」


 俺の曖昧な返事に疑問は募るばかりと言わんばかりの首傾げを再度行うと、シオリは立ち上がった。


「ご飯。作るね」

「――あ、待った待った」


 キッチンに行こうとしたので、俺はつい声を出しながら立ち上がる。


「どうしたの?」

「いや、まぁ――テーブルに座ってくれない?」

「どうして?」


 そう言われて「良いから良いから」と、もう茶を濁す必要もないだろうが、そんな言葉を出しながら一緒にダイニングテーブルへ向かう。


 一緒にダイニングテーブルへ向かう途中で、テーブルの上に置かれたケーキに目が行ったのか、シオリは途中で歩みを止めて、立ち止まりこちらを見てくる。


「これは……?」

「ん? まぁとりあえず座ってくれよ」


 軽く笑って言うとシオリはゆっくり頷いて言う通りにいつもの席へ着席する。


 俺は鞄からプレゼント用にラッピングしてもらった包みを取り出して座っているシオリへ手渡す。


「誕生日おめでとう。これ、ほんの気持ち程度だけど」


 言いながら渡そうとするが、シオリは無表情のままこちらをジッと見つめて受け取ろうとしてくれない。


「あ、あれ? 今日……誕生日じゃ無かった?」


 いつも反応は薄いが、あまりにも無反応な為、もしかしたら間違えてしまったのであろうかと焦ってしまう。

 確かに生徒手帳から誕生日の日付が見えたのは一瞬だったし、あれから確認もしていない。


 これで誕生日が違うなら良い笑い話である。


 少しの間を置いて、シオリはゆっくりとプレゼントを受け取ってくれた。


 彼女は俺のプレゼントをジッと見つめていた。そして――。




 右目から涙が溢れたのであった。




「シ、シオリ?」


 呼びかけると彼女は自分の流した涙に気が付いて、手で涙を拭う。


「ご、ごめんなさい……」


 天使の瞳から溢れ出る涙は手で拭うには足りないみたいで、拭っても、拭っても、オーバーフローは止まらない。


「あ、あんまりこういうのは好きじゃ無かったか?」


 泣いてしまい、焦りと心配で彼女に問うとシオリは思いっきり首を横に振る。


「違う……。違うよ……」


 否定しながら涙を拭いてこちらを見てくる。

 しかしながら、やはり涙は止まらないみたいだ。


「誕生日を誰かに祝ってもらうなんて久しぶりだったから――。同世代の人に誕生日を祝ってもらえるのは初めてだったから――。嬉しいのに……。とても嬉しいのに……。泣きたくないのに涙が止まらない……」


 そんな事を言ってもらえ安堵した。そして、こちらもとても嬉しい気分になる。


「シオリ……。嬉しいって言ってくれるだけで俺もプレゼントした甲斐があるってもんだ。だから――別に無理して泣き止まなくても良いよ」


 優しく言うのを意識しながら言うと、シオリは首を横に振り、更に涙を拭って、俺の目を見る。


「コジロー……。ありがとう……。こんなに嬉しい誕生日は初めてだよ……」


 俺の求めていた微笑み――ではなかった。


 しかしそれは、まるで冬に咲くプリムラの花の様に儚く、美しい泣き笑いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る