第9話 許嫁の設定
六限の授業が終わってから数分後に若くて俺達と年齢がそこまで変わらない先生が入ってくる。
「はーい。みなさーん。席に着いて下さーい」
可愛らしい声を出して入ってくる我らが担任、
新卒で高校教師となり、俺等と年齢が近い事もあり男女共に人気の高い先生である。
人気の秘訣は年齢だけではなく、恐らく親身になって話を聞いてくれるその姿勢だろう。
特に女子は恋愛の話を先生に持ちかけて、先生も熱心に話を聞いている姿をよく目撃する。
そんな人気の先生なのでクラスの人達は素直に彼女の言う事を聞く。
三波先生が教壇に立ち、持っていた資料を確認する。
「えーっと。今日は――連絡事項は特にはありません。――そうだ」
パンと可愛らしく手を合わせて何か思い付いた様な声を上げる。
「そろそろ席替えをしようと思うんだけど……。みんなどうかな?」
先生の声に「えー」とか「さんせーい」と言った、賛否両論の声が上がる。
先生は手を耳に当てて、聞いてますよ、と言わんばかりのジェスチャーをして言う。
「今聞いた感じだと賛成の方が多いから明日席替えしましょう」
先生の声に盛り上がりを見せる教室内で「では、今日も一日お疲れ様でしたー」と言って頭を下げると、お疲れ様でしたー、とクラスの連中達が挨拶をしてそれぞれ部活や帰宅等で教室を出て行く組と、教室に残って駄弁る組に別れる。
俺は帰る派なので席を立つと冬馬の所へ向かい声をかける。
「今日は部活か?」
冬馬は高校では映画研究部に所属している。中学の時はサッカー部に所属してトップ下として活躍していた。
高校でもサッカー部に入ると思っていたのだが、何がきっかけか映画研究部に入る事になったらしい。
「ああ。部活だ」
カチャカチャっと眼鏡を上げる。嬉しい証拠だ。そんなに部活が楽しいのだろうか。
「ん。じゃあまたな」
手を上げて教室を出ようとした所「あ、一色くん」と三波先生に呼び止められる。
「はい?」
反射的に振り返り教壇にいる所へ近づく。
「少しだけ時間あるかな?」
「告白ですか?」
冗談で言うと先生は笑いながら言ってくる。
「一色くん男前だけど、リスクをおかしてまで手を出すかと聞かれれば無理だねー」
「なるほど、つまり顔面カスって事ですか?」
「あ、あははー」
「否定しろよっ! 悲しくなるだろっ!」
俺のツッコミに「あははー」と苦笑いをされる。どうやら最初の男前というのは社交辞令で、顔面カスを肯定と受け取って良さそうだ。女って残酷ね……。
「――で? なんすか?」
「ここじゃちょっと何だし……職員室来てくれる?」
「え……」
俺の顔が相当嫌な顔だったのだろう。こちらの顔を見て笑うと「成績とかの話じゃないから安心して」と言われる。
それを聞いて内心ホッとして先生と共に職員室へ向かった。
来慣れない職員室。その奥にある小会議室みたいな部屋にはソファーが二つとセンターテーブルだけのシンプルな部屋。そこに通される。
「ふふ。秘密の話をするのには持ってこいの部屋でしょ?」
先生が座りながら言ってくるので、俺も遠慮なく座る事にする。
「秘密の話って事はやっぱ俺先生に喰われるの?」
「ちょっとちょっと。この可憐な見た目の先生がそんな女に見える?」
「そういう見た目だからこそですよ。最近は清楚系の方が男を喰い漁ってる感じですし」
「あー……。大学の時にいたなぁ……」
「やっぱりですか……」
「良い? 一色くん。女の子に夢を持ち過ぎたらダメよ? 女も男も違う生き物と良く言われるけど、本質は同じなんだから。男があんな事やこんな事を考えてるなら女もしかりよ? 分かった?」
「先生……。俺へ女の子の理想をブレイクする為わざわざ放課後に呼びつけたんですか?」
「あっと……」
三波先生はコホンと咳払いをして仕切り直す。
「えっとね。七瀬川さんの事なんだけど……。家庭の事情で海外出張に行かれて七瀬川さん今一人暮らしなんだって」
「あ、あー。そうなんすか……」
流石にシオリの親も「クラスメイトの所に預けてますわ」みたいな事は言わなかったか。賢明な判断だ。
「それでね、一色くんの家庭の事情と似てるからフォローしてあげて欲しいのよ。ほら、一色くんの方が一人暮らし歴長いでしょ? それに七瀬川さんは人に頼るって事がちょっと苦手なタイプだと思うから力になってあげて欲しいな」
フォローつうか、ガッツリ俺の家に上がり込んでるけどな……。
「まぁクラスメイトですからね。フォローする場面が出てきたならしますよ」
「ありがとう! 先生も何かあったら協力するかね!」
俺の手を取って熱く言ってくる。先生というフィルターを外したら可愛い系の年上のお姉様が俺の手を握ってくる。――非常に唆るな……。
「そりゃどうも。――そういえば先生も一人暮らしですか?」
聞くと手を離して苦笑いを浮かべた。
「してみたいんだけどね。金銭的に余裕がないから。まだまだ先かな。だから尊敬だよ。一色くんも七瀬川さんも」
「俺は一人暮らしって言っても生活費出してもらってるから自立出来てるとは言えませんよ」
「ううん。そんな事ないよ。お金だけ貰っても生活出来ていない人は沢山いる。その年で一人暮らしして生活出来ているだけで花丸百点だよ」
そう言う先生の笑顔にドキッとしてしまう。さぞ学生時代はモテた事だろう。
「そんな事言われると惚れてまいますよ」
冗談交じりで言うと、先生も冗談と受け入れて笑みを浮かべてくれる。
「禁断の恋? ダメだよー? 火傷するよー」
「でも、リスクをおかしてまで先生に手を出すかと聞かれたら無理ですねー」
「むぅ。酷い」
頬を膨らませて可愛く言ってのける。
「あはは! 仕返しですよ」
笑いながら言って立ち上がる。
「話はそれだけですか?」
「あ、うん。ごめんね、わざわざ」
先生も言いながら立ち上がった。
「いえいえ。それじゃあ俺行きますね」
「うん。私も部活に顔出さないと」
「あー。そういえば先生は映画研究部の顧問でしたね」
言うと先生は「そうそう」と頷いた後に可愛くポンと手を合わせる。
「一色くんも入る? 六堂くんも四条さんもいるわよ」
「そういやクラスメイトが二人もいるんすね」
二人共美男美女だな……。映画研究部、何て華やかな人材の集まりなんだ。
「――でも、俺は遠慮します。バイト探してるんで」
「あら残念」
少し肩を落とした後に先生が聞いてくる。
「バイトって何するの?」
「うーん……。バイトは何でも良いんですよね。長期で見つかれば。でも、中々見つからなくて」
「――って事は何か欲しい系だ」
指を立てて名推理をした、と言わんばかりのジェスチャーをしてくる。
「欲しい系……っすね……。そうですね。欲しい系です」
「そっかそっか。目標があるのは良い事だよ。バイト探し頑張ってね」
そう言って拳を作って応援してくれる先生は良い人だな、と思う反面、生徒に優しいのは当然かと嫌らしい事を思ってしまう。そういう嫌らしい気持ちが俺に無ければ、この人に惚れていたかもしれないな。
「部活、気が変わったならいつでもおいでね。大歓迎だから」
「気が変わったなら入りますよ」
そんな社交辞令な会話をしながら俺は職員室を後にした。
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