第10話 許嫁はお嬢様?
先生と話をしていると帰りが遅くなってしまった。
ま、遅くなった所で、バイトも部活もしていない俺には何の影響もないんだけどな。
職員室を出て、昇降口で靴を履き替え、帰って何をしようか……。なんて頭の中で小さな計画書を作成していると、校門の所に天使がヘッドホンをして本を読んでいた。
誰か待ってるのか……。また呼び出されたのか……。本日二回目の冷徹無双の天使様発動か?
誰を待っているのかは分からないが、待たせている奴は何て贅沢な奴なんだ、と思わせる程、校門前に立つ彼女は絵になっていた。
この光景を写真に撮って芸能事務所に送れば即合格だろうな。
そんな事を思って校門に近づくと彼女は本を閉じ、それを右肩にかけていたスクールバックにしまうと、ヘッドホンを外して首にかける。
「やっと来た」
どうやら冷徹無双モードではないらしい。
というか、贅沢な奴とは俺の事みたいだな。
「どうした?」
「鍵が無いから帰れない」
シオリの言葉に「あ……」と言葉が漏れる。
「そうだな、ごめん。スペア渡すの忘れてたか。後で渡すよ」
後々こういうのは出てくるよな。この後もまだまだ出てきそうだ。ま、最初のうちは仕方ないだろう。
「それじゃあ俺は先に帰るわ」
行きと一緒で、帰りこそ見られたら何を勘違いされるか分からない。
そんな事が知れ渡ったらどうなる事やら……。
おお……。恐ろしあ……。なんちゃって……。
なのでイソイソと帰ろうとすると、ブレザーの袖を掴まれる。
振り返ると無表情で言われる。
「お腹空いた」
「――でしょうね。昼飯ほぼ食ってないし」
それに加えてあれほどに華麗なバスケットを俺達に見せてくれたんだ。彼女のカロリーは計り知れないだろう。
「コジローのせい」
何故か俺のせいにされてしまう。
「いやいや。俺は忠告したろ? 定食はやめとけって」
「言ったけどもっとテンション上げて言って欲しかった」
「テンション上げろとかお前にだけは言われたかないわっ!」
「私はいつもテンションアゲアゲ」
「嘘つけっ!」
無表情でパリピみたいな事を言ってくるシオリにツッコミを入れると彼女は顔を逸らして言ってくる。
「私がお昼を食べれなかったのはコジローのせい。それは揺るぎない」
揺るぎないて……。
「だからコジローは私にハンバーガーをご馳走しなければならない」
「――ハンバーガー?」
彼女の口から出た単語に疑問を抱くと、シオリはコクリと頷いた。
「もしかして食った事ないから食べてみたいとかそういう系?」
こいつ、もしや超が付くほどのお嬢様で、庶民の食べ物を食べた事がないとかそういうキャラなのか? カップラーメンを食べさしたら、高級ステーキよりも美味しい、とかそういう事を言う漫画でありそうなお嬢様なのか!?
「週一で食べる」
「ですよねー」
一瞬で俺の中のシオリお嬢様の幻想が打ち砕かれた。
俺の両親の友人の子供なら庶民寄りだわな。
「じゃあ、なんでハンバーガー?」
「い、いいでしょ? お腹空いてるんだから」
お。ちょっとだけ照れた様子が見られた。何処に照れポイントがあったか分からないが、こりゃ激レアだ。
何て思っていると、すぐに無表情に戻る。
「早く奢って」
「居候の分際で奢れとは生意気な……」
そうは言ったものの、俺はよくよく考えてみる。
そうだ。布団買わなきゃならないんだ。今日も同じベッドに入られたら身がもたない。
「――でも、まぁ。うん。そうだな。布団買わなきゃいけなかったし、ついでに布団買いに行くか」
「じゃあ早く――」
――グゥゥゥ――ゥゥ……。
シオリの言葉が終わる前に腹の虫が鳴ったというよりは、腹の虫がロックバンドみたいな激しい演奏を奏でた。
しかし、そんな事など気にする様子もなくシオリは無表情だった。
「あれ? そうい――」
俺が弄りに行こうとするとすぐさま答えてくる。
「コジローは何も聞いてない」
「えっと……」
「コジローは何も聞いてない。私は何も鳴らしていない」
「あの……」
「コジローは何も聞いていない。私は何も鳴らしていない。良い?」
無表情の圧が非常に強くて「は、はい」と頷く事しか出来なかった。
どうやら恥ずかしいみたいだな。
裸は恥ずかしくなくて腹の音は恥ずかしい……。基準が分からんやっちゃ……。
♢
校門を家から反対方向に出て数十分。
通学路を超え、住宅街を抜けて、国道沿いにある大手ハンバーガーチェーン店にやって来る。
学校の最寄り駅にも同じハンバーガーチェーン店がある為、こちら側には同じ学校の生徒は少なく、他の学校の生徒の姿が多い。
同じ学校の生徒がいないのは都合が良い。冷徹無双の天使様とハンバーガー食いに来た所を見られたら困る。
勿論、それだけがここに来た理由じゃない。このすぐ近くに大手チェーンの家具屋があるからでもある。
それぞれ好みのハンバーガーセットを注文して、二階に上がって行き、空いていた窓際の席に腰掛ける。
奢れと言った割にちゃんと自分の財布からお金を出したシオリの選んだハンバーガーはチキンをサンドした人気商品であった。
「シオリはそれが好きなの?」
「好物」
良いながら、無表情で食べる姿は好物と本当に呼べるのか疑問であった。
しかし、流石は天使と言う二つ名を持つだけはあり、ハンバーガーと言えど上品にかぶり付いていた。
「コジローはそれ?」
「ああ。やっぱりてりやきが至高だろ」
言いながら俺はシオリと対照にワイルドにかぶり付く。
口いっぱいに広がるのは、てりやきソースとマヨネーズ、そして肉汁が合わさりあった黄金比。
やはりハンバーガーを食べに来たのならてりやきを食べなければならない。
「てりやきは私も好き」
「だろ? やっぱり美味いよなー」
てりやきを食べてご機嫌な俺は、セットで注文したポテトをチキンナゲットに変更しており、それに手を伸ばしてソースを付けて口へ運ぶ。
ここのチキンナゲットのソースは異常に美味しいよな。
「――でも、ポテトを犠牲にしてチキンナゲットにしているのは理解出来ない」
「――は?」
口に広がる旨味を堪能しているとシオリがほざいてきやがった。
「ここに来たのならポテトじゃないと意味がない。ここのポテトはどこの店のポテトよりも美味しい。世界一と言っても過言ではない」
「――ああ。それは分かる。十分に分かる。けどな、ここの店はポテトよりチキンナゲットだろ! このソースに合う様に作られたチキンナゲット! チキンナゲットに合わせたソースじゃなくて、ソースに合わせたチキンナゲットが最高なんだよ。ポテトなんて足元にも及ばないぜ!」
「――可哀想に……」
シオリは首を振りながら無表情ながらも、俺を哀れむ様な雰囲気を醸し出してくる。
「揚げたてを食べた事のない人の台詞」
「お前こそチキンナゲットのソースオンリーで食べた事ないだろ!」
「ソースオンリーでは食べない」
「――あ、俺もだわ」
シオリはポテトを一つ摘むと俺の口元に持ってくる。
「これ、丁度揚げたてだから」
「ん……」
反射的に出されたので食べる。
「――!? なんだ!? これっ!?」
「美味しいでしょ? 本当に揚げたてほやほやだから」
「美味すぎる……」
俺がまだ欲しそうな顔をしていたのか、シオリはもう一本口に運んでくれる。
それを素直にもらい食べるが、やはりうますぎる。
「ふっ……。分かった? コジローの意見が如何に浅はかなのが」
そう言われたのが悔しくて、俺はチキンナゲットに大量のソースを付けて彼女の口元に持っていく。
「付けすぎ……」
「付けすぎ位が良いんだよ。ほら、食ってみろ!」
悔しいのでシオリも俺と同じ目に合わせてやる。
シオリは無表情で可愛く口を開けるので俺はチキンナゲットを運んでやる。
すると――。
「普通」
「いや普通かい。もっとオーバーリアクションしてくれよ」
「どんな風に?」
そう言われて、俺はシオリにあげたよりも更にソースを付けたチキンナゲットをほうばる。
「うーん……。これはまるで――チキンとソースのランデブーや」
「そう」
「反応薄っ!」
「面白いと思う」
「――くっ……」
一番辛いやつ。無表情で感情篭ってないその言葉がいっちゃん辛いやつ……。
しかし、よくよく考えるとこれってカップルが良くやる、あ〜ん、と言う奴なのでは無かろうか。
そう考えると恥ずかしくなってしまう。
――シオリは……。あんまりそういうの気にしてなさそうな感じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます