第7話 許嫁と友人とランチ

 お洒落な学食はまるで何処かのカフェの様な造りになっている。

 数年前にリニューアルオープンした我が校の学食も、そもそも長テーブルに丸椅子のザ・学食、と言わんばかりの造りだったみたいだが、利用者が多いのと最近のコンセプトに合わせて俺が入学する前に変わったみたいだ。

 そんなお洒落な造りなので人気は爆発。沢山の生徒で賑わっている。

 席がない、何て事がない様に大量の席があるのだが、それでも座る事が出来ない事がある。なので、やはり早めに来るのが吉だろう。


 これ程お洒落な学食だが、味の保証は出来ない。

 当たりハズレが激しくて、大体定食を選んだらハズレだ。

 なので一品物――うどん、そば、ラーメン、チャーハン、丼ものが無難だ。

 何故、定食は当たりハズレが多いのか、それは我が校の七不思議と言えるだろう。


 少し遅れて来たとはいえ、学食はほぼ満席に近い状態だし、食券機には行列が出来ていた。


 そんな行列に並ぶ事にすると、前にいたのはヘッドホンの天使だったみたいだ。


「シオリじゃん」


 つい反射的に名前を呼ぶと彼女が振り返り俺を見る。

 

 結構小さな声だったけど、聞こえるのね……。


 シオリはヘッドホンを外して前を向き直す。


 いや、無反応かいっ!


「シオリが学食なんて珍しいな」


 折角ヘッドホンを外したのならと思い話かける。

 話題としてホットなのは先程の件だろうが、人を振った振られた話を関係ない俺から振るなんて失礼だろうから当たり障りのない話題を出す。


「初めて来る」

「そうなん。今日はまたどうして?」

「いつもはコンビニで買う。でも、コジローの家から学校までコンビニが無かったから」

「ああ……。ごめん。そこまで気が回らなかったわ。コンビニは学校とは逆方向だけど近くにあるんだよ」

「そう。覚えておく」


 そう簡単に答えた後に「見てた?」と聞いてくる。


「ん?」

「さっきの見てた?」

「あ、ああ、ごめん。つい見ちまったよ」


 シオリから先程の話題を振られたので俺は素直に答える。


「また人を振った……」


 また人を斬った――みたいに聞こえるな……。

 またつまらぬものを斬ったでござる――的な?


 いや、冗談はさておき、心なしかその声は少し悲しげな声をしている気がした。


「まぁ好きでもない人と付き合うなんて事は相手に失礼だし、振る事は悪い事じゃないと思うけど」

「悪い事じゃない?」


 俺の言葉に何か引っかかりがあるのか後ろを向いてくる。


「悪い事じゃないだろ。ただ、振り方が酷いのは考えものだけどな。でも、ちゃんとノーと言えるのは何も悪くない。日本人はイエスというのが美学な所あるから、そういう風習は直した方が良い」


 頷きながら自論を放つと何処か軽い表情――軽い表情? 無表情だから分からないが、何となく表情が軽くなった気がする。


「そう」


 先程の悲しげな声は無くなったがする簡単な返事の後に問いかけてくる。


「コジローは学食には良く来るの?」

「来るよ。コンビニと学食をその日の気分で変えてる」

「おすすめは?」

「おすすめか……。そうだな……うどんかな。安いし、早いし、まだ食べられる……って感じ。あ、定食系はやめといた方がいい」

「分かった」


 返事をするとシオリの番がやってきて彼女は食券機に千円を入れると五百円の日替わりランチのボタンを押した。


「おいい! おまっ! 話聞いてた!? そこはおすすめ行くだろ!? よりによって定食て!」

「聞いただけ」

「ふざけんなっ」

「コジローは何にするの?」


 横にズレて俺に聞いてくるシオリに俺は嫌味を込めてうどんのボタンを押す。


「お前が拒否ったうどんちゃんにするわぼけー」

「学食のうどんはハズレが多い」


 それはどこ情報だよ。


「はは。何も知らないお子ちゃまめ。ここの定食はハズレが多いんだよ。しかも日替わり何てほぼギャンブルに近い。今日の昼飯はゲキまずの飯食って午後の体育を迎えな」

「私が買ったから日替わりランチは虹色保留に変化する」

「どういう意味?」

「私が買うものは全て美味しい」

「意味不明……」




 俺のトレイには冬馬のそばと俺のうどんが乗せられている。それを運びながらキョロキョロと冬馬を探す。

 しかし、ちょっと遅れただけで、ここまで混むとは……。流石は学食。皆、温かいご飯が食べたいよね。


「あれだなシオリ。席が無いな」


 俺の席は冬馬が取っていてくれているが、見た限り空いている席が見当たらない。


 しかし、シオリは焦った素振りもなく席を探している。


「小次郎!」


 ふと聞こえてきた冬馬の声に反応すると、こちらにクールに手を挙げて存在を知らせてくれている。

 彼が座っていたのは四人用の席だ。


「シオリ。あれだったら相席するか?」

「良いの?」

「だって席なさそうだし」


 俺の答えに再度キョロキョロとして見せる。俺も見てみるが、やはり空いていない。


「それじゃあそうする」

「ん。じゃ行くか」


 俺達は二人で冬馬の所へ向かう。




「――珍しい組み合わせだな」


 眼鏡をクイッとして俺達を見て言ってきた。


「ああ。席無いみたいだから相席に誘ったんだよ」

「それは全然構わないが……」


 冬馬は俺達二人を見比べる。


「ほう?」


 冬馬はスチャっと眼鏡を上げて言ってくる。


「消えようか?」

「何でそうなるんだよ。ほら、さっさと食おうぜ冷めちまう」


 俺はそばを冬馬の前に置き、その隣に腰掛ける。目の前にシオリが座った。


「良いのか? 隣じゃ無くて」


 ニヤついた顔をして言ってくる冬馬。


「あれ? もしかして勘違いしてやがりますか? この爽やか系クソザコ超絶イケメン眼鏡モンキーさん」

「長い長い……。それに悪口なのか褒めているのか……」


 やれやれと言わんばかりの声を出した後に「ぬ」と冬馬はシオリのチョイスしたランチに視線が行った。


「中々のチャレンジャーだな」

「私はチャレンジャーでありチャンピオンでもある。勝利を確信したウィナー。だからこのランチも確実に美味しいと言える自信がある」

「その理論は分からないが七瀬川さんが自信家というのは伝わった」


 眼鏡を曇らせながら冬馬はそばを食べる。


「はは。俺は預言者、数秒先の未来が見える。そんな自信もへし折られてルーザーに成り下がるのが数秒後に見えるぜ。チャンピオンさんよぉ」


 嫌味を言いながらうどんをすする。


「ルーザーはコジロー」

「は? うどん普通だぜ? 普通のうどんだぜぇ? スーパーにある様なうどんの味だぜぇぇ? 食えるぜぇぇぇ?」


 煽る様に言ってやるとシオリがクールに言ってくる。


「だからルーザー。自分の中の世界を広げようとしない井の中の蛙大海を知らず。無難なものだけしか攻めず変化を求めない人は一生負け犬。ユーアールーザー」


 うどん一つで酷い言われようだな。うどんに恨みでもあるのか?


「まぁ一理あるな。確かに同じ事の繰り返しは惰性を生む。変化を求め刺激を体験する事が人間の成長に繋がるって訳か」

「己はいつも食ってるそばを食いながら何を語っとるんだ。眼鏡曇らせたままカッコつけるなよ」


 俺の台詞はシャボン玉の様に消え、誰も拾ってくれない。


「私は頂に立っているが慢心せずにチャレンジする心を持っている。――いざっ!」


 何の頂に立っているの?


 ツッコミを入れたいが、無表情で箸を持つ姿は冷徹無双の天使の名に恥じぬ美しい姿をしている。


 俺達二人は彼女のランチを食べる姿を見守る。


 シオリのランチをしている姿もかなり絵になる。この姿を見る為だけに金を払う行為をしても何の疑問も出てこない程に絵になる光景だ。


 流石は天使と名の付く美少女だ。


「――うっ!」


 突如美少女から出たとは思えない、まるでボディブローを受けたかの様な声がしてシオリは箸を落とした。


 言わんこっちゃない! まさかリバースするんじゃ――。こんな美少女のリバース……見たい様な、見たくない様な……。


 シオリにもプライドがあるのか、何とか口の中の物を飲み込むと達成感からか、まるで翼の折れた天使の様に気絶したのであった。

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