第6話 許嫁は秒で終わらせる
寝不足の為に今日の授業は自主休講という名の睡眠を取らせてもらう事にする。
授業は聞いた方が良い。それは分かっている。だけれども、人間の三大欲求に勝つ根性が俺には無かった。
今日一日だけ――。
そんな浅はかな誓いを立てて俺は一限から夢の世界へ旅立ったのであった。
「――小次郎。おい。小次郎!」
ゆさゆさと身体が揺れて「ハッ」と起き上がる。
そこには歌って踊れるアイドルグループにいそうな眼鏡の男子が立っていた。
「うはぁ……。冬馬かよ……。起こされるなら美少女が良かったわ」
うーん……と伸びをしながら嫌味を言ってやると「悪いな美男子だ」と眼鏡をクイッとして返される。
何とも答えにくい解答を出されたものだ。
「自分で言うなよ」
呆れた声が出ると冬馬も呆れた声を出して言ってくる。
「見事なものだな。よく、その体勢で一限から四限まで眠れるものだ」
「めっちゃ寝たわ。おかげで左足が痺れてらぁ」
「ふむ……」
冬馬は眼鏡をクイッとしてから俺の左足をチョンと足で当ててくる。
「ひょ!?」
「中々良い反応だな」
「おまっ! 痺れてるって言ってんだろ!」
「俺はその反応に痺れてる」
「ドSかっ!」
俺の反応に満足した様子の冬馬は教室の出入り口を親指で差す。
「無駄な事してないで早く学食に行かないと席がないぞ?」
「無駄な事したのはお前だろ……。――分かってるけど……ちょいとお待ちを……」
そう言うと冬馬は痺れを切らして眼鏡をクイッとした後に言ってくる。
「仕方ない。おふざけと言えど俺にも非があるからな。先に席を確保しておいた方が段取りが良さそうだ。このまま待っていても無駄だろう」
「おう。それが良い。食券は俺が行くわ。いつものか?」
「それで」
「おけ」
無駄が嫌いな割に無駄な事を仕掛けてきた冬馬は先に学食へと向かって行った。
よっこらせっと……。
左足の痺れが無くなったが油断せずにゆっくりと立ち上がる。
たまに、痺れが無くなったと思って普通に立ったら治ってなくてやばいって時があるからな。
「――っし。回復回復」
足の痺れも取れ、昨日の寝不足も回復すると俺の腹の虫が雄叫びを上げた。
めちゃくちゃ腹が減ったので俺は急いで学食に向かう事にした。
この学校を真上から見たのなら円の文字が近い。ただ綺麗な円という文字ではなく、冂(えんがまえ)の中に九十度左回転させたトが入っているイメージだ。
冂(えんがまえ)部分は校舎で、それぞれ普通教室棟、特別教室棟、部室棟に分かれており、食堂は部室棟の下にある。
トの部分は渡り廊下だ。渡り廊下にしては今時風で広くてお洒落な渡り廊下となっている。それぞれ一階と二階にある。
普通教室棟――俺達一年〜三年の教室がある校舎の二階から繋がる渡り廊下から部室棟へ向かって歩いていると、中庭にある噴水前に人がいるのを目にして立ち止まる。
「そこで告白か……」
先程、俺をパシリに使った田中だ。
何もわざわざ中庭という全校舎から丸見えの目立つ所で告白しなくても良いのに……。
いや、でも中庭の噴水前も告白スポットと言えばそう言えるだろう。
そういえば、何人かここで告白している感じの人を見た事あるな。
何人かここで告白していると言うことは何か伝説があったりするのかな? 伝説の木だったり、伝説の鐘だったり――。
伝説の噴水? 伝説の噴水て……。この学校の歴史ってまだ浅いよな。
そんな事を考えながら渡り廊下の手すりに肘付いて見守っていると、長い髪を靡かせて、ヘッドホンを付けた女生徒が彼の元へやって来た。
後ろ姿しか見えないが、恐らくあれはシオリだろう。背中から麗しのオーラが出ている。あんなオーラ出てるのシオリだけだ。
やっぱ黙っていてもあいつ目立つわ……。だって背中でシオリって分かるんだもんな。
そして田中はここから見ても分かる位に緊張している様子だ。そりゃ今から想いを告げるのだから緊張して当然。しかも相手が超絶美少女とあればその緊張は計り知れないだろう。
シオリが田中の前に立つとヘッドホンを外す。
何か一言二言田中が言っているのをジッと聞いているシオリ。
『付き合って下さい!』
遠くから聞こえる様な響く叫び声。ここまで聞こえるという事は現場は相当大きな声だったのだろう。
そして彼女の前に手が差し伸ばされる。
しかし、その手は握られずにシオリは田中に何かを言っている雰囲気が感じ取られる。
そしてシオリは回れ右するとその場からヘッドホンをしてクールに去る。
何を言われたのか、田中はまるで時が止まったかの様に呆然と立ち尽くしていた。
流石は冷徹無双の天使様。秒で田中の一大イベントを終わらせやがった。
まぁ付き合う気が無いなら秒で終わらせた方がお互いのためになるのかな?
そんな事を思っていると、こちら側に歩いてくるシオリと目が合った。
そして数秒目が合うと、またスーッと視線を逸らされて二階の渡り廊下の下に潜って行った。
「――っと。俺も腹減ったし、冬馬待たせてるから行かないと」
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