第5話 許嫁でもクラスメイトでも

 シオリとは別々に家を出る事にした。


 一緒に出て行って勘違いされても困る。それをファンクラブの連中に見られでもしたら厄介だ。


 なので、シオリには先に家を出てもらい、その後、俺が出ると行った形だ。


 ここから学校までは歩いて十分程度の距離にある。実家からなら電車通学になっていた所、都合良く両親が入学前に海外出張となり、学校近くのマンションを借りられたというのは本当に運が良いと思う。

 職場なり学校が近いというのは本当に便利だ。

 そういう場所の近くに住みたくないという人もいると思う。だけれども、俺は圧倒的に近い派の人間だ。


 時は金なり。この言葉に限るね。




「一色」


 学校の昇降口。上履きに履き替えて自分のロッカーへお気に入りの靴を入れた所で男子生徒に声をかけられる。


「ん? おはー」


 緩い挨拶をしても返答は無く、どこか緊張した面構えをしていた。


「こ、これを……」


 右手に握られていた手紙を俺に渡そうとしてくる。


「――俺にそっちの趣味はないんだが?」

「ちゅげーよ! にゃ、にゃな瀬川さんにだよ!」


 緊張で焦っているのか噛みまくりである。


「一色同じクラスだろ? その……渡すの頼んで良いか?」

「それってつまりは――」

「ひゃた上げてやるんだ!」


 旗を上げてやるのね……。ふむ……。


「分かった」


 俺は頷いて彼から手紙という名の歴史博物館に展示されてもおかしくないレベルの産物、ラブレターという物を受け取る。


「頑張って」


 ありきたりな声かけをしておこう。


「ひょ! ひょう! 冷徹無双の天使を我がものょにしゅるんだ!」


 本人は呂律が回ってない事に気が付いていないのか。先程から何を言っているのか理解不能である。


 田中は上履きから自分の靴に履き替えると階段を上がり自分のクラスへ向かった。


 あー。ダメっぽい。



 右手に預かった今時珍しい恋文――ラブレターを手に階段を上がって行く。


 それを握りしめて一年のフロアである四階まで足を運び、非常階段が真隣にある一年一組の教室へ入って行く。


 俺は自分の席がある教室の真ん中の席には向かわずに窓際の一番後ろの席に向かう。


 教室の窓が開いており、そこから朝の爽やかな秋の風が教室内に入って来ていた。

 ヘッドホンをして席に座り、ブックカバーの付いた本を読んでいたシオリの髪が靡いて俺と同じシャンプーの匂いがした。

 それに少しドキッとしてしまう。


 やはり天使と呼ばれる美貌を持っているだけあって絵になるな……。


「七瀬川」


 名前を呼ぶとチラリとこちらを見たがそのまま視線を本へ戻す。


 ヘッドホンしているから聞こえてないのかな?


「七瀬川?」


 先程より少しだけ大きめの声で呼びかけると、またチラリと見てきて視線を戻される。


 いや、今のは絶対気が付いただろ。何で無視するんだよ……。


 そういえば学校ではクラスメイトでよろしくって言ったからそれを遵守しているのだろうか? それにしても無視っていうのは如何なものだろう。


 ――いや……待てよ……?


「し、シオリ……?」


 恥ずかしいので小さめの声を出して呼びかけると彼女はそっと本を閉じ、ヘッドホンを外して首にかけ、長い髪を耳にかけながらこちらを見てくる。


「なに?」

「さっきから呼んでたんだけど……。明らかに気が付いてたよな?」

「ダメ」

「何が?」

「シオリって呼んでって言った」


 あー。やっぱりそこが引っかかってたのか……。


「いや、クラスメイトで行こうって――」

「許嫁でもクラスメイトでも呼び方はシオリが良い」

「いやー……。それは……」

「そう呼んでくれないと反応しない」

「いきなり下の名前で呼んだらクラスの奴等に――」

「反応しない」


 ジッと見つめてくる無表情。しかし、その目には何か強い意志を感じられる。


「分かった。そう呼ばせてもらう」

「分かれば良い」


 結構意固地な所もあるんだな……。


「それで? なに?」

「ああ、これ」


 俺は田中から預かったラブレターを彼女に手渡す。

 彼女はそれを受け取って首を傾げた。


「これは?」

「ラブレターだな」


 そう言うとジッとそれを見た後にこちらを見て聞いてくる。


「コジローから?」

「ち、違う違う。隣のクラスの奴からだよ。渡してくれって頼まれてな」

「そう」


 俺の答えに素っ気なく答えて彼女は手紙を読み始めた。


「そんじゃ渡したから」


 彼女はコクリと頷いので、俺は自分の席に戻る事にする。


 教室の真ん中という微妙な席になって数ヶ月。早く席替えしたいな。


 なんて思いながら鞄を机の横にかけて着席すると声をかけられる。


「どうした小次郎。もしかして冷徹無双の天使様に告白か?」


 イケメンボイスを放ちながら中学から仲が良いクール系眼鏡イケメンの六堂冬馬ろくどうとうまがやって来る。


「俺は、お前の好みならもう一人の方だと思っていたが……」


 分析する様に言われて俺はすぐに否定してやる。


「いやいや。俺じゃなくて隣のクラスの田中だよ」


 そう言うと冬馬はズレてもいないのに眼鏡をクイッと上げる。


「また冷徹無双の天使様の犠牲者が出てしまうとはな」

「犠牲者って……。まぁあながち間違っちゃないか」

「入学して半年。もうすぐその無双は三桁を超えると言われている」

「さっ!? そんなに?」


 俺は反射的にシオリの方を見てしまう。

 彼女はまだ手紙を読んでいた。


「噂だがな……。しかし、あれほどの美貌だ。その噂も間違いと頭ごなしに否定は出来ない」


 冬馬の台詞に体勢を戻して彼に問う。


「――まさか冬馬……。お前も?」


 そう聞くと眼鏡をクイッとして「まさか」と笑いながら言われる。


「無謀な挑戦。俺はその姿勢は嫌いじゃないが、自分をかけてまで挑戦するレベルではない。それに見た目は麗しき天使様だが、それだけが女性の魅力ではないからな」

「おお。大人な発言。それじゃそろそろ好きな相手を教えて――」

「断る」


 眼鏡をクイッとして強めに言われる。

 こいつ、中学の時は「好きな人などいない」とかクールに言ってたくせに高校に入ったら「気になる人が出来た。これは恐らく恋だ」とかイキッた事言い出したからな。気になるのだけど、中々教えてくれない。


「お前こそどうなんだ? 冷徹無双の天使様へ告白してみたら案外いけるかも知れないぞ?」

「いやー。俺とは釣り合わないだろ。それに俺は――」


 そう言うと冬馬は笑いながら眼鏡クイをして言ってきやがる。


「ははっ。確か小次郎のタイプは『自分を肯定してくれてノリの良い巨乳ショートヘア』だったな」


 冬馬は俺の性癖の部分だけ意識的に大きな声で言ってのける。それが聞こえたのだろう。近い席の奴等の何人かが俺を軽蔑の目で見てくる。


「お、おまっ! お前えええ! 教室のど真ん中で何とんでも発言してくれてんだよっ!」

「安心しろ。男は皆変態だ。無論俺もな」


 眼鏡をクイッとしてドヤ顔してくる。


「眼鏡クイッ! ドヤ! ――じゃねえんだよ! 朝っぱらから俺の性癖バラしやがって! お前の好きな奴を教えろ!」


 立ち上がり冬馬の胸ぐらを掴んでガシガシと揺らすと、眼鏡をクイクイッとしながら「はっはっはっ。絶対やだ」と余裕の笑みを浮かべている。


 そんな朝から男子高校生二人のイチャイチャなんて見たくはないと言わんばかりに校内にチャイムが鳴り響く。


 それを聞いて俺は手を離し「じゃ戻るわ」と冬馬は眼鏡をクイッとしてあいつの席である廊下側の席へと戻って行った。


 俺も席に座ろうとした時にふと視線を感じて振り向くとシオリがこっちを睨んで――睨んで? いや、無表情だから分からないが、こっちを見ていた。


 目が合うとプイッともフンっとも違い、スーッと視線を逸らされてしまう。


 ――冬馬の声が聞こえて、私はこんな夢見がちな変態と一緒に暮らさないといけないのか、とでも思われただろうか……?

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