第4話 許嫁というのは内密に
部屋の窓から入ってくる光が俺の瞼を刺激する。
カーテン越しの弱い光。
だが、浅い眠りだったのでそんな微弱な光でも簡単に起きてしまう。
枕元にあるスマホを手に取り画面を付けて時間を確認する。
「六時……。いつもなら爆睡中か二度寝の時間だな……」
呟きながら大きな欠伸をして隣を見る。
そこには本当に寝ているのか分からない程に静かな寝息を立てているシオリの姿があった。
「――根性が据わっていると言うか……。無神経と言うか……」
こちとらまともに寝れなかったってのによ。
かと言って今は二度寝の欲求はない。
俺としたらあり得ない程の早起きだ。こんなの林間学校か修学旅行の朝並みに早起きだぞ……。
そう思いながら俺はベッドから起き上がり寝室を出た。
リビングのカーテンを開けると太陽がおはようと言わんばかりの光を放ち、見事な秋晴れが広がっている。
「――寒っ……。朝は冷え込むな……。そろそろ冬用の寝巻きとか用意しないと……」
そうなると暖房を使わないといけないのか……。ああ……また電気代が高くついてしまう。風邪引くよりは良いかも知れないが、やはり春秋の電気代と比べるとグンと電気代が上がるのは一人暮らしの学生には辛い。
チラリとリビングの時計を確認するとまだ六時をちょっと過ぎた時間。
いつもの朝は余裕が無いけど、今日はかなりの余裕がある。
これは普段食べない朝ご飯を優雅に食べられるな。その分、脳は睡眠が足りないと叫んでいるがね。
何かを取れば何かを失う。器用に生きるのって難しいな。
キッチンへ向かい、棚に買い置きしている安い食パンを取り出す。
「――シオリも朝ご飯食べるのかな?」
まぁ一人分も二人分も変わらない。働くのはオーブンレンジさんなんだ。
食パンを二枚取り出してオーブンへ放り込み、自動設定で食パン二枚を選択して加熱を開始する。
その間に電気ケトルに水をいれてスイッチをポン。
二つの作業をして「ふぅ……」と一息。大した事をしていないのに達成感に包まれる。
「あいつはいつも何時に起きるんだ?」
キッチンから寝室のドアを見ながら思い返す。
そういえば俺が教室に行くと先にいるような……。いや、後から入って来るか? 目立つ見た目なのに分からないな。
「――ま、朝ご飯作ってるし、遅かれ早かれ、どちらにせよ今日は早起きしてもらうか」
家主様が早起きして居候が遅いなんて言語道断。これは一色流起床点呼で強制起床宣言をしてやるしかない。
一色流起床点呼――強制起床宣言とは、空のペットボトル二本で現場に乱入して二つのペットボトルを叩いて爆音で起こされる儀式だ。
これをやられたら最後。どれほど深い眠りにいようが相手が起きるまで爆音が響き渡る母さんの必殺技。
受け継がれた技を使う日が来るとはな……。将来子供が出来た時に披露してやろうと思ったのだが、時は満ちた。
俺は二本の空のペットボトルをキッチンから取り出そうとするとカチャとドアが開く音がした。
視線を寝室の方へ向けるとそこには眠そうでもスッキリした顔付きでもない無表情で俺の部屋着を着ている天使の姿があった。
「おはよう」
「あ、ああ……。おはよう」
何だよ! 起きるのかよ! 折角母さん直伝の必殺技を披露しようとしたのに!
無念の中でペットボトルを元の場所に戻すとシオリがキッチンにやって来る。
「コジローはいつもこの時間?」
「いや。いつもはもっと遅いよ。シオリはいつもこの時間か?」
聞くと彼女はコクリと頷く。
ポケットに入れていたスマホを取り出して見てみると六時十五分。
早起きだな。
そういえばシオリは家に帰ったら風呂に入るっていうルーティンがあると言っていた。
起床時間もルーティンみたいなもので、同じ時間で起きないと気持ち悪いのかな?
「朝ご飯作ってくれてるの?」
「食パンだけだけど。後、一応お湯沸かしたけど、コーヒーでも飲む?」
聞くとコクリと頷く。
「ん」
俺の返事とタイミング良くカチッと電気ケトルの湯が沸いたのを知らせる音が響いた。
そして、オーブンレンジもパンが焼けた事を知らせる独特のメロディを奏でてくる。
「じゃあシオリは席座ってて。用意するから」
そう言うと素直にコクリと頷いてリビングに移り、ダイニングテーブルに着席する。
俺はオーブンレンジから食パンを取り出し二つの皿に移す。そしてカップを二つ取り、キッチンの戸棚からインスタントのコーヒーの粉末を入れてマドラーでかき混ぜる。
それらをトレイに乗せてリビングのダイニングテーブルに持っていき上に並べる。
俺もいつもの席に座り、まだ完全に覚醒しきっていない脳内にコーヒーを流し込む。
普段コーヒーなんて飲まないが朝、眠い時はコーヒーを体内にぶち込んでやる。すると眠気が覚める――気がするだけだけど……気って大事だよね。
「明日は私が用意する」
「ん?」
コーヒーを飲んでいるとシオリが言い出した。
「普段、朝遅いなら私が起きて用意する」
一応居候だし、そういうの気にするのかな?
「いや、別に無理しなくて良いよ。今日はたまたま早起きして時間余っただけだから。普段食べないし」
「寝れなかったの?」
「寝れるかっ」
俺のツッコミに「なんで?」と言わんばかりの無表情……。いや、無表情だから全然読めない。
「何にしても朝ご飯は大事」
「料理出来るの?」
「得意分野」
この見た目で料理が得意とか最強かよ。
「用意してくれるなら食べるよ」
そう言うとコクリと頷いて彼女はコーヒーを飲む。
「――そうだ。許嫁の件だけど」
「もう捨てるの?」
「いやいや! 何でそうなるんだよ。昨日も言ったけど、そういう話を抜きにしても親が住まわせろって言ってるならそんな事しないっての」
「そう」
俺の結構熱い台詞にドライに答えられる。
「じゃなくて、学校で許嫁とかそういう話をするのはやめよう」
「なんで?」
「なんで? って……」
俺は溜息を吐いてシオリに説明してやる。
「シオリは目立つんだよ」
「私目立ってない」
自覚なしか……。
男子にモテモテで何人にも告白されていて、隠れファンクラブみたいなものまである様な女子に許嫁がいるとか知れたら俺の平穏な高校生活が壊滅しかねない。
「とりあえず学校では俺達はクラスメイトって事でよろ」
「家なら許嫁?」
「ぐっ」
揚げ足を取られてしまう。流石は冷徹無双の天使様。
「ともかくだ! クラスメイトだから! ただのクラスメイトだから!」
「分かった」
頷いて優雅にコーヒーを飲む姿は、天使の名に相応しい姿である。
『天使のモーニング』とか適当に名前付けて写真をSNSにアップしたらバズりそうだな。
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