第47話 新女王の始動

 翌日、先王の死去とキャベツ姫の即位が布告された。

 新女王は軽犯罪指つめ法、国民総学者法、食前食後王に祈れ法など、全部で五十七の法律を廃止すると発表した。

「あたしは先王のやり方を継承しない。後宮の女たちは全員親元に返し、指をつめさせられた者には補償金を出す」と彼女は宣言した。

 これは新女王の希望と、軍務大臣の強引な手腕により、一気に決定されたことであった。

 城下にどよめきが走り、新女王の英断を称える声が満ちた。国難でやけになった王朝の悪あがきだ、と揶揄する少数の者を除いて、彼女の声明は好感をもって国民に受け入れられたのである。

 キャベツ姫は軟禁生活から一転して、超多忙な時間の中に放り込まれた。先王の葬儀も自らの即位式もうっちゃって、その日一日、彼女は軍務大臣と共に多数の法律が廃止されたために国民生活に支障が生じていないかチェックした。その結果、先王の法律には何一つ有益なものはなく、なくなって喜ぶ人はいても、困る人はまったくいないことが判明した。

 深夜になっても彼女は公務から解放されなかった。軍首脳部と共に野豚対策を話し合う会議が彼女を待っていた。事態は切迫しており、新女王に息つく暇も与えない。

 けれど、彼女はめげなかった。こんなにも人から必要とされたのは初めての経験である。それに、自分の発言がすぐに結果として表れるのは、けっこう快感だった。彼女は王様も悪くないかも、と早くも考えを改めかけていた。

「軍務大臣、まず状況を説明して」

 彼女は上座に座り、厳めしい豚王軍の首脳たちを眺め回して、女王らしく堂々と言った。

「野豚の大群は本日未明に煉獄盆地に到来し、ロンドン軍と激突したとの情報を得ております」と大臣が報告した。

 途端に、キャベツ姫は女王の威厳を失い、ロンドンのことが気になって、取り乱してしまった。

「そ、それで、結果は? 豚は撃退できたの? ロンドンは生きているの?」

 彼女はいきなりただの女の子に戻り、矢継ぎ早に問いかけた。

「結果がわかるのは明日になります。ロンドン殿の生死も今のところ不明です」

 軍務大臣は冷静な表情で、抑揚なく答えた。

 女王は爪を噛んだ。

「わかったわ……。それでこの会議はなんなの? ロンドンの敗北を想定してるわけ? 彼にはまったく勝ち目はないの?」

「そのとおりです。野豚の数は正確には不明ですが、五億とも十億とも言われています。おそらくたった一万のロンドン軍では抗すべくもないでしょう」

「そんな……。ひどいじゃない! 彼は、死にに、行ったようなものなのね!」

 彼女は泣きそうになっていた。わかっていたこととはいえ、はっきり言われると目の前が真っ暗になった。

 会議室は声もなかった。みんな、先王がロンドンを殺したがっていたことを知っていた。

「ロンドン殿は我々の誰よりも早く野豚の脅威を察知し、警告していました。そのために、先王からおまえがなんとかしろと言われて、断われなかったのでしょう。我々も、彼を助けようとしなかった責任を痛感しています」

 軍務大臣が言い、女王は怒りと切なさとで震えていた。

「冷たい言い方ですが、ロンドン殿の生死は彼がどの時点で戦いをあきらめるかにかかっています。戦わずに天山山脈に避難したとしても、我々には彼を非難する資格はありません」

「彼はそんな男じゃないわ!」

 女王がカッとして叫んだ。彼女は軟禁中、ロンドンをかなり美化して想っていたので、彼を侮辱する発言は許せなくなっていた。

「もういいわ! ロンドンが負けたと想定しましょう。それで、あたしたちは豚と戦うわけね。いつ? 兵力はどれだけ集められるの?」

 彼女はほとんどヒステリーになっていた。これはロンドンの弔い合戦なんだ、という想いだけがかろうじて彼女を支えていた。

「十日のうちに、野豚の大群はブダペストに来るでしよう。我々の持つ兵力はブダペスト師団の残留部隊が一万、近隣都市の部隊をかき集めてあと五万、というところです。あとは志願兵を募るか、反乱軍と対峙している部隊を呼び戻すかして増員するしかありません」

「何それ? 全然少ないじゃない」

 女王はあきれて、怒る気にもなれなかった。

「豚王軍百万はどうなったの?」

「それは国外に対する威嚇みたいなもので、実数は予備役や辺境軍を含めてもその半数ほどしかいないのです。実際に百万を動員できたのは、初代豚王の時代のことです」

「じゃあせめてその五十万を集めなさいよ」

「それも多くは国境などの遠方にあり、豚との決戦には間に合いません。しかも反乱勢力と交戦していて、ほとんどが動けないのです」

 大臣が苦しそうに実状を説明した。

 女王は再びヒステリーを発した。このあたり、彼女はどうしようもなく前豚王の娘であった。

「反乱軍の鎮圧なんてどうでもいいから、呼び戻しなさいよ! どんな好条件を出してもいいから、休戦するのよ! 指つめ法は廃止したから、交渉はしやすい筈よ。それに、志願兵なんて甘いことは言ってられないわ。ブダペスト中の戦える人間を招集するのよ! これは軍だけの問題じゃない。首都の存亡がかかっているのよ!」

 彼女は立ち上がり、まくしたてた。

「一週間で百万の軍勢をつくりなさい! 必要ならあたしが呼びかけてもいいわ!」

 強引に命令してから、彼女は「何か反論はある?」とばかりに軍務大臣以下軍首脳部を睨みつけた。

 彼らは女王の迫力に圧倒されていた。誰一人として彼女を正視できず、平伏してその言葉を受け止めた。

 無理難題でも、女王の口から発せられた以上、なんとかせねばならない。その後、会議ではどうやって百万の兵を動員するかが話し合われた。

 ああでもない、こうでもないと言い合う軍高官たちに、女王は「さっさと動き出しなさい! 走りながら考えろ!」と叫んだ。首脳たちはあたふたと会議室を出て、動き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る