第34話 軟禁部屋

 キャベツ姫は手足をジタバタと動かして抵抗した。しかし身長二メートルを超す隊員はゆうゆうと彼女を拉致し、軟禁部屋に放り込んだのだ。

 泣きながら、彼女は豚王が初めからこうするつもりだったんだと悟った。あの男は、あたしをもうロンドンとは永久に会わせないつもりなんだ。

 抑えきれない父親への恨みを噛みしめ、姫は軟禁部屋で震えていた。

 あの男は、とうとうこのあたしに直接手をかけた。こんな狭苦しい部屋に閉じ込めた。ロンドンと世界中を駆け落ち旅行する夢を踏みにじって、自分は女たちと遊び、民を圧迫し、好き放題に生きている。絶対に許せない!

 どうしても脱出しなきゃ。また負けてしまったら、あたしの気持ちはもう萎えてしまう。元気がなくなって、あの男を殺すことしか考えられなくなってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

 だけど、どうやって脱出する?

 彼女は何度も何度も部屋の中を点検したが、脱出に役立ちそうな道具、隠し扉、抜け穴の類を見つけることはできなかった。

 あたりまえか、ここは軟禁部屋なんだ。そんな都合のいいもの、あるわけがない……。

 彼女は膝を抱えてうずくまった。豚王への呪詛を脳裡でくり返しているうちに、時間が過ぎていった。

 その夜は、一睡もできなかった。

 そして今朝、キャベツ姫はロンドンの出陣を目撃したのだ。彼女は矢も楯もたまらず再び脱出しようともがいたが、無駄な努力であった。壁をかきむしった爪から血が出ただけだった。

 しかしロンドンを追っかけたくて、絶対逃げ出してやるんだという想いは募るばかりだった。豚王の思惑どおりになるのは、どうしても嫌だった。

「あきらめちゃだめ。きっとチャンスが来る」

 キャベツ姫は自分に言い聞かせた。

 彼女はベッドに身を投げ出し、毛布を抱きしめながら、変化が起こるのを待った。寝具は部屋の壁の寒々しさに似合わない贅沢なものだった。ここにも、豚王の計画性が見て取れる。あの男はあたしを閉じ込めるつもりで、部屋の調度を整えていたのだ。

 ノックの音がした。

 彼女がはっとして顔を上げると、いつも身の回りの世話をしてくれている侍女が食事を持ってきていた。

 侍女はキャベツ姫の涙の痕を痛ましそうに見つめた。彼女は姫をどうなぐさめればいいのかわからず、無言でテーブルの上に食事を置いた。

 キャベツ姫はそれには目もくれず、扉の外に見張りはいるの、と訊いた。

「二人います。親衛隊の人が交代で番をしているようです」

「二人か……」

 キャベツ姫は挑むような目で扉を睨み、血がにじんでいる爪を噛んだ。侍女はその態度に脱出の意志を認め、怯えた。

 侍女が外に出るとき、あたしも一緒に飛び出そうか、と姫は考えた。でも、そんなやり方では、すぐに捕まってしまうに決まっている。

 彼女は巨漢の隊員に拉致されたのを思い出して、また屈辱感にさいなまれた。あんなふうに扱われるのは、二度とごめんだった。無礼な扱いを受けるぐらいだったら、舌を噛み切って死んだ方がマシだ。

 どうすればいい?

 キャベツ姫は侍女の背格好が自分と同じくらいなのに気づいた。

 変装して、彼女とすりかわることはできないだろうか? うまくやれば、逃げ出せるかも。

「お願い、あたしのかわりにここに残ってくれない?」

 キャベツ姫は侍女の肩をつかんだ。

「今度来るとき、かつらとか鋏とかを持ってきてよ。あたし、あなたに変装して脱出するわ! お願い、協力して!」

「そんなこと、無理です。わたしは姫さまみたいにきれいじゃないし、すぐばれてしまいます」

「顔は見られないようにうまくやるから。あたし、どうしてもロンドンのあとを追いたいの。知ってるでしょう、あたしの恋がどれだけおとうさんに邪魔されてきたか。今度こそ負けたくないの。このとおり、一生のお願いよ!」

 キャベツ姫は土下座した。

 脱出の手伝いなんかしたら、どんなひどいめにあわされることか。それがわかっているだけに、姫にとっても苦しい懇願だった。

 誇り高い姫の土下座に、五つ年上の侍女は困惑した。

 キャベツ姫に仕えて、十年になる。これまで、土下座は彼女からもっとも遠い行為だった。よほど精神的に追いつめられているんだとわかって、侍女の胸がうずいた。

 これまでも秘かに姫の恋を手伝ってきた。けれど、今回は無理なんだ、と思って彼女は悲しくなった。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。でもだめなんです。今だって、食事を運んできただけなのに、ボディチェックされたんですよ。危険物を持ち込んだりしないか、警戒してるんです。かつらを持ってくるなんて、とうてい無理です」

 キャベツ姫は呆然とした。娘の軟禁にそこまでする豚王に、また怒りがこみあげてきた。

「わかったわ。困らせてごめん……」

 彼女は魂の抜けたような声で言った。

 侍女は絶望の空気に耐えられず、逃げるように去った。

 次に食事を運んできたのは別の侍女だった。彼女はあたしと顔を合わせるのがつらいのだろう、とキャベツ姫は思ったが、それにしても裏切られたみたいで哀しかった。

 姫と特に親しくもない今度の侍女は、食事を置くとそっけなく出ていった。

 侍女が交代した頃から、脱出の決意がしぼんだ。キャベツ姫はベッドの上でじっと膝を抱えていた。

 夜になって、白い影が壁抜けしてすうっと軟禁部屋に入ってきたのにも気づかなかった。

 めのうの幽霊が手を伸ばし、キャベツ姫の髪にそっと触れた。それは何の感触ももたらしはしなかったが、心を溶かすような不思議な力を持っていた。

 キャベツ姫は死亡した十七歳のときと寸分変わらぬ姿で微笑んでいるめのうを見た。

「おかあさん……」

 姫の両目から涙がこぼれた。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る