第5話 一枚めの名刺

 こうして、吉田ロンドンは生涯の職業である旅人になった。

 彼は諸国を渡り歩き、どこへ行ってもヒトとブタとキャベツしかいないが、それなりに風景や風俗の変化がある世界旅行を楽しんだ。あるときは豚牧場やキャベツ畑でバイトし、あるときは僧侶に化けて施しを受け、またあるときは野生豚を狩ったり、野生キャベツを採ったりして飢えをしのぎ、旅を続けた。

 旅人生活はロンドンの心をすみずみまで解放した。海辺で寝そべって星座を眺め、じくじくと湿った解体室で豚を捌く暮らしを捨ててよかったとしみじみ思った。砂漠で遭難して死にそうになったときも、後悔なんてしなかった。そして酒場でくだをまきながら、親父はかわいそうだよ、あんな臭ぇとこに縛りつけられてようとかわめいたりした。彼はガキの頃から、酒好きだった。この時代、未成年の飲酒は禁止されていない。

 旅に出るまで抑圧されていたロマの血が完全に彼を支配したのだ。いいかげんなその日暮らしの旅人生活は本来のおれの性格に最高にマッチしていたんだ、と確信した。

 ガキのくせに大酒呑みで陽気さいっぱいのロンドンは、各地で数多くの旅仲間を得た。あの流通屋の話は嘘ではなかった。旅は、彼をいっぱしの物知りにした。知識欲旺盛な彼はもりもり見聞を広めていった。

 ハラキリ族の自殺ショーが面白いと聞けば、極東へ行き、古代遺跡サクラダ・ファミリアが崩れそうだと知ったら、バルセロナへ赴いた。死海が干上がったと聞けば、中東の新名所となった巨大な塩平原を見物に行き、ダライ・ラマがラサに復活したときには、彼にインタビューしようとした。これは失敗した。

 ロンドンのフットワークは軽く、無軌道にあちこちを彷徨った。

 さまざまに集まってくる情報の中でも、古代生物の情報は特に彼の興味を惹いた。彼はアフリカで古代生物ライオンの骨を発掘するバイトをしたり、大学の古代生物研究室にずうずうしく入り浸ったりもした。

 彼は十五歳のときに、キャベツ紙で名刺をつくった。そこには、次のとおり記載されていた。

 ワールドトラベラー 吉田ロンドン

 住所 不定 

 国籍 喪失

 趣味 国際情勢の分析および古代生物の研究

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