第4話 流通屋が話した創世神話

 青目豚が、直接のきっかけとなった。

 いつもの流通屋がそいつを連れてきたのだ。彼が今日は珍しいやつを仕入れたと言って、人骨車に乗せた三匹の豚を誇らしげに見せた。体型は普通の赤目豚と変わらないが、瞳がとびっきりの海原色に輝いていた。赤目豚とヒトとキャベツの三種類の生き物しか知らないロンドンには、それはひどく魅惑的で神秘的に見えた。

 青目豚を人骨車から降ろし、父の待つ解体室に運んだ。父もそんな豚を見るのは初めてだった。けれど世の中には三種類の生き物しかいないと信じ込んでいる彼は、四種類めを認めたのか認めないのか、何の反応も示さずに解体作業にとりかかった。

 その日ロンドンは作業を手伝わなかった。流通屋に青目豚を手に入れた話をねだり、無邪気な質問を繰り返した。

 流通屋の話によれば、豚王という君主が支配する西方の超大国には青目豚ばかりでなく、紫目豚という赤目と青目の混血豚がいて、広大な豚牧場で飼育されているらしい。流通屋はその豚王国からやってきたキャラバンから三匹を買い受けたのだと言った。

「すごぉい。そんなフシギなやつがいるんだぁ」

 ロンドンは大自然の驚異に胸を打たれ、心を激しく揺さぶられた。

 少年が素直に感動するので、流通屋は気をよくしてしゃべり続けた。

「おまえは定住者の息子だからこのあたりのことしか知らんのだろうが、おれたち流通屋はいろいろと旅をすることが多くてな、各地で変わった話を聞いたりして、いっぱしの物知りになっていくもんなのさ」

 ロンドンはこくこくうなずく。だからたとえばどんな話? もっと聞かせてよ!

「そーだなぁ、おれが若ぇ頃一番たまげたのは、昔はこの地上に何万種類もの生き物たちがうようよしてたって話だったな」

 流通屋は遠い日を懐かしむように優しい声になって言った。彼がロンドンに話して聞かせたのは、創世神話であった。

「神さまは七日間でこの広大な世界をいっぺんに創った。地を這うもの、水に潜るもの、空を翔ぶもの、歩くもの、跳ねるもの、それこそ雑多な生き物がそのときに一度に産み出されたんだ。それは豊穣な楽園でもあり、争いの絶えない地獄でもあったという」

 雑多な生き物というのがどうもピンとこなかったが、ロンドンはおとなしく聞いていた。

「しかし多くの生き物が天変地異にあったり、天敵に滅ぼされたり、人間に狩られたりして、どんどん姿を消していった。神さまは最初にいろんなものを創ってくれたけど、その後何の補充もしてくれなかったから、生き物の種類は減るばかりで、ついにヒトとブタとキャベツしかいないつまらん現代がやってきたのさ」

 ロンドンは半信半疑というか、はっきりと疑わしげな視線を流通屋に向けた。子どもだと思っていいかげんな話してるな、と思ったのだ。

「信じてねぇのか? 本当だぜ。世界各地で古代生物の骨が発掘されて科学的に実証されてるんだ。すげぇだろう? ロマンだろう? 大昔にはめちゃ変わった生き物たちがわんさか徘徊してたんだぜ! おれもそんな時代に生まれたかったよ。絶対おもしれえに決まってるもんな」と流通屋が言った。

 科学的、というセリフが出たので、ロンドンは少し信用した。そして流通屋のように旅をして、もっといろんなことを知りたいと思ったのだ。これは彼が今の自分を退屈と感じ、知識飢餓状態を意識したエポックメーキングな事件だった。

 青目豚と流通屋の話はロンドンを旅へと駆り立てるきっかけとなった。それからも流通屋は折にふれて旅の話をしてくれた。少年の旅立ちへの決意は深まる。

 ロンドンは、母の唐突な失踪が父を傷つけたことをわかっていた。だから父にはっきりと、旅に出るよ、と宣言した。もちろん父は大目玉で、ロンドンは顔の形が変わるほどぶん殴られた。

 仕方ねぇ。

 ロンドンは翌日黙って家を出た。

「心配すんなよ、親父。そのうち帰ってくるさ」

 しかし、彼は二度と生家の敷居を跨ぐことはなかった。

 この後、少年時代の彼を支配した定住者の血は影を潜め、かわってロマの血が彼の主人となった。

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