第4話
光が消えると先ほどと似たような森の光景が目に入った。木々の隙間から見える空はいつのまにか茜色へと変わっている。
「こっちだよ」
背後からカトレアに声をかけられて俺はおもむろに振り向いた。
「おお、すげぇ」
振り返った先にあったのは二階建ての木造建築だった。三角屋根のログハウスのような見た目をしており、そこまで大きいわけではないが一人で使うと持て余してしまいそうだ。全体的に薄茶色の木材で組み立てられていて、その暖かな色みが森の風景と調和しているように見える。それだけに、視界端のカチコチ猪の違和感が凄い。一緒に転移してきたそいつは家の手前で冷気を発しながら鎮座していた。
「そうだろう? 自慢の我が家だからね。さ、入った入った」
そう言ってカトレアはガチャリと扉を開けると俺を家の中に招き入れた。
「お邪魔します」
戸をくぐってまず目に入ってきたのは大きなテーブルだった。食事をするというよりも工作であったり何かの作業をする用途なのか、その上には魔法陣が描かれた大きな紙や鉱石、粘土にペーパーナイフといったものが散らばっている。その真上の天井からはランプのような照明器具と思しき四角いガラス張りの箱が吊るされていた。
カトレアが人差し指でピンとガラス箱を弾くと、その中に白い光の玉が現れて部屋の中を明るく照らした。見た目はランプのようでも放たれる光はLEDライト顔負けの光量であった。
「ちょっと眩しいかな」
カトレアがガラス箱に手をかざすと光球の大きさが徐々に小さくなり、その色みも徐々に白から温かみの感じられる暖色に変化していった。
「それも魔法か、便利なもんだな」
「便利だね、便利過ぎるくらいだ」
カトレアはどこか皮肉めいた口調でそう言った。
「魔法が使えない俺への当てこすりか?」
「そんなことはないさ。それより君、猪は捌けるかい? ちょっと表の大猪を捌いてきて欲しいんだが」
カトレアはにこにこ微笑みながら俺の顔を覗き込んできた。
「……捌けないです」
俺は小さく呟いた。できることなら何でもするとは言ったが、狩りも料理もなんにもできない。むしろ、一人で生きる力のない俺がこの世界で何ができるんだろうか。考えれば考えるほど無性に自分が情けなく感じられる。
「だろうね。からかっただけさ。そんなに落ち込まなくていいよ」
カトレアは面白そうに笑った。
「私が魔法でちゃちゃっと捌いてくるよ。その間、家の中を見て回ってもいいけど、あんまりべたべた触らないでね。爆発するかもしれないから」
物騒なことを言い残したカトレアは扉を開けて外に出て行ってしまった。今は特にやることもできることも無いし、カトレアの言っていたように家の中を散策してみるのも良いかもしれない。
現在俺のいるリビングのような部屋には奥へ続く廊下と上へ続く階段が設えられている。俺はとりあえず、一階から見て回ることにした。
廊下を進んでいくと、すぐに広めの部屋に出た。先ほどのリビングのように部屋の真ん中辺りに長方形のテーブルがあるが、こちらは散らかっておらず、綺麗に保たれているようだ。その奥にはいわゆるカウンターキッチンのような部屋の間取りになっている。おそらく、この部屋はダイニングなのだろう。こちらにもリビングと同じようにランプのような照明が吊っており、同じ光を放っている。家全体の照明が連動しているのだろうか。便利なもんだ。
ダイニングの壁には向かい合った大きめの窓があり、席に着いたら外の風景が目に入るつくりになっていた。キッチンにはいろいろな調理道具が整頓されており、コンロみたいなものもあるが、電気やガスではなく魔力で動かしているみたいで、元の世界では見られないパーツなどが多く見受けられる。
そのまま一階を探索すると、浴室、トイレ、寝室と一通りの設備は揃っているようだった。それらの部屋はどれも綺麗であったが、こまめに手入れされているというわけではなく、あまり使われていないから汚れていないというだけに見える。一階で今のところ生活感を感じられたのはリビングだけだ。
一階の探索を終えた俺は再びリビングに戻ってきた。物が散らばったテーブルに妙な安心感を抱きつつ、今度は上へ続く階段へと向かう。少々急な傾斜の階段に足をかけると木材の軋む音が伝わってきた。いつ建てられたものなのかは分からないが、結構年季が入っているようだ。
二階に上がってくると一階よりも短い廊下に出た。廊下の右側の壁には扉が二つ、突き当たりに一つと合計で三つの扉が目に入る。俺は一番手間の扉の前に立つと、ドアノブに手を掛けて扉を押し開けた。
半分くらい開けたところで、何かにぶつかった感触と共に扉の向こうで何かが崩れる音がした。
「んなっ?」
扉の隙間から恐る恐る覗いてみると、その部屋は書斎のようであった。真ん中には立派な机が座しており、壁際には一面の本棚がひしめいている。そうやって隙間なく置かれた本棚には隙間なく本が収められていた。だが、それでも足りないようで、入りきらない本たちは下に山積みになって床を隠していた。
「なんじゃこりゃ……」
まさに足の踏み場もないといった具合に本の散らかった部屋を前に、俺はただ圧倒されていた。しゃがんで足元の本を一冊拾って表紙を見ると、緑色のハードカバーに恐らくタイトルと思われる見たことも無い文字があしらわれている。しかし、その文字を目で追ってみると、どういう原理かその見たことの無い文字列の意味が理解できた。
「『魔力と医療』か」
パラパラとページをめくって本に目を通してみる。やはり、文字は全く見たことがないが、なぜだか意味は全て理解できた。言語をチューニングとかどうとか、ちょっと気味が悪いが、まあ便利だしいいか。
「なるほど、全然分からん」
パタンと本を閉じて元の場所に戻す。文字の意味が理解できても、本の内容はさっぱり理解できなかった。たまたま拾った本がかなり学術的な内容だったらしく、専門用語のような文字の羅列でちょっと俺には難しすぎる。俺は床に積まれた本を手当たり次第に読んでみた。同じところに重ねられている本でも、先のような専門的な本や図鑑のような本、物語や詩集など様々なジャンルのものがあった。
「ここにいたのか」
声に振り返ると部屋の入口でしゃがみこんだ俺の背後にいつの間にかカトレアが立っていた。背後取られ過ぎだな、俺。
「あんまりベタベタ触らないようにって言ってたのに」
「あっごめん、つい興味が湧いちゃって」
俺は不器用にはにかんだ。そういえば、不用意に触らないようにみたいなこと言われていたな。爆発しなくてよかった。
「まあいいよ。それより、夕餉の用意ができたから下まで来てくれるかい」
カトレアはそう言い残して下へ降りていった。
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