第2話
「魔女?」
俺は少女の言葉に眉をひそめる。ビームみたいなのも撃っていたし、彼女が魔女だというのはおよそ真実なのだろう。だが、ドラゴンといい魔女といい、架空の存在だと思っていたものにこうも立て続けに遭遇してしまうと、すんなり受け入れることが非常に難しい。
「ああ、そうだとも。畏れ、敬ってくれてかまわないよ」
カトレアと名乗る少女は俺の困惑などお構いなしといった具合にふんぞり返っている。
「畏れ、敬えって言われてもなぁ」
俺は半目でカトレアを見た。彼女の綺麗な白髪やローブのような恰好は随分と様になっており、いかにも魔女っぽい。それ故、痛々しさのようなものは感じなかったが、初対面で同年代と思しき少女に畏敬の念を抱くことは俺にはできなかった。
「どうしてだ? 君の元居た世界では魔女は架空の存在なんだろ? だったら、私は君にとって伝説的な存在じゃないか」
カトレアが当たり前のように言った言葉に俺は違和感を覚えた。
「ちょっと待ってくれ、元居た世界? 初対面のはずなのに、なんでそんなこと分かるんだ?」
「ああ、さっき会話するために君に魔法をかけただろう。あれは君の頭をいじって言語をチューニングさせてもらっていたんだ。その時に君の保有している知識や記憶を見せてもらっただけさ」
カトレアは何の気なしにそう言ったが、俺はぞくりと背中に悪寒が走るのを感じた。あの一瞬で頭をいじられてしまっていた上に、その中身まで覗かれていたなんて。プライバシーも何もあったもんじゃない。
「おいおい、そんなに怯えないでくれ。ちょっとした好奇心だったんだ。命を救ったことに免じて見逃してほしい。大丈夫、見たものは誰にも言わないよ。約束しよう」
一応非常識なことだと思っているのか、カトレアはつらつらと弁明の言葉を並べるが、その表情に申し訳なさのような感情はちょっとも浮かんでいなかった。確かに彼女は魔女なのかもしれない。他人の頭を平気で覗いていじくる所業は尋常ではない。現時点で俺は彼女に畏れではなく恐れを抱いていた。
「まあ、助けてくれたことは感謝しているよ」
俺はため息交じりに呟いた。実際、危ないところを救われたことは事実であるし、頭をいじられたことや覗かれたことによる不利益を今のところ被っていないのならまあいいかと楽観的に考えることにした。むしろ、初遭遇者の彼女と円滑にやり取りができるため、ありがたいと思っておこう。
「それは良かった。ところで、君は目が覚めたらここにいたようだが、これから行く当てはあるのかい?」
カトレアの問いに俺は無言で首を横に振った。俺の頭を覗いた彼女はきっとその反応も想定済みであっただろう。
「なら、私と共に来るかい?」
そう言ったカトレアは俺の前に右手を差し出した。そのしなやかな右手の指全てに黒く光る指輪がはめられている。白い肌との対比で大きめのその指輪が浮いて見えた。
「いいのか?」
彼女の意外な言葉に思わず聞き返す。
「いいとも。お腹も空いたろう、さあ」
カトレアはにこにこ笑って言った。どういう風の吹きまわしなのかは知らないが、ここで遠慮してしまえば次にいつ人と出会えるか分からない。
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺は彼女の好意に甘んじることを決め、差し出された手を握った。
「熱っ?」
カトレアの手を握った瞬間、俺の掌に火傷するかのような熱が走った。思わず手を放そうとするも、俺の手を握るカトレアの手は固定されているかのようにびくともしない。
「ああ、よろしく頼むよ。我が眷属」
カトレアは相変わらずにこにこと笑みを浮かべているが、その笑顔が俺には段々と不気味なものに思えてきた。
不意に、俺とカトレアの周りが白く輝きだす。
「なんだ?」
俺は驚いて声を上げた。次第に周り全てが光に包まれて景色が真白に染まったかと思うと、光が弱まっていき辺りの様子が明らかになってくる。そこは先ほどまでいたはずの草原から、木々の生い茂る森の中へと変わっていた。
「転移魔法さ。便利だろう?」
カトレアはそう言って手を放す。俺は火傷の痕を確かめるように握られていた掌を見た。
「なんだこれ?」
そこにあったのは模様のような痣であった。その形は花の様でもある。熱や痛みはないものの、くっきりと赤黒い印のようなものが掌に刻み込まれてしまっているようだ。
「それは従属の証だよ。君は今から私の眷属だ」
カトレアは不敵に笑って答えた。その言葉と掌に浮かんだ印に、俺の中には取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという焦りが浮かんでいた。
「どうしてそんな……」
「私の知る限りでは、別世界からの来訪者は君が初めてなんだ。覗いた記憶も大変興味深いものであったし、是非私の手元に置いておきたいと思ってね」
顎に手を当ててそう言ったカトレアの目は冷ややかで、まさに魔女といった様子である。その様子にちょっとでも気を許してしまった自分を殴りたくなった。もしかしたら、俺はとんでもない者に目を着けられてしまったのかもしれない。
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