フィフス・レター

塾の駅に降りた。

だが目的地はそこじゃない、更にバスに乗った。

一人で病院に行った事がない。

子供の頃からアクティブとは言えないけど病気になった事はあんまりなかった、謎に。

だから病院に居る記憶はほぼ無い。

(病院っていつもこんな感じか?)

消毒剤の匂いと固い空気でちょっと息苦しかった。

なるべく顔に見せたくなかった気がしたけど、何か抱えてたように見えた人が多かった。

(こんなところで刹那ちゃんが......)

ノックした。



「どうぞ〜!」



刹那ちゃんの声が意外と元気に聞こえた。

ドアを開けたら刹那ちゃんがベッドに座ってて僕に微笑んでた。

全く無事に見える、外面から。



「真生君、パパとママにすれ違ったね。さっきまで居たよ〜。」

「あーそう?残念、残念。で......具合は?」

「見ての通り万全だよ!」



刹那ちゃんの純粋な笑顔に偽りが無かった。



言うまでも無いけど、僕が心配しなように彼女は強がっている。

昨日帰った後、彼女が倒れてここに急いで連れて行た事......もう両親が伝えたんだ。

少なくとも僕の前では無理しなくて良いと言いたかった。

でも同じ立場だったら多分同じ事をするだろうと思って結局......

人が強がるのは他人のためでも自分のためでもあるから。

取り敢えず彼女の気持ちを分かってあげたくて自分の悩みを飲み込んだ。



冬休みのために色々予定した......一緒にしたい事、行きたいとこ......

でも残りの冬休みは刹那ちゃんの病室で勉強して過ごした。

最初は普通にお見舞いして帰ったから勉強したけど刹那ちゃんがどうしてもサボっちゃ駄目と言ったからそうなった。

将来に心配してただけだと分かってたからべつに気にしてなかった。

今振り替えて見たらあの日々も良い思い出になったと思う。



こういうの前にもあったから直ぐ退院になると刹那ちゃんが安心させようとした。

そのまま冬休みが終わってたんだ。

そしてセンター試験がやって来て刹那ちゃんの入院がまだ続いてた。

彼女はそもそも受けるつもりは無かったけど、その場で応援しに行けると自分の中でちょっと期待していたのさ。

たった数ヶ月前まで、受験は僕一人で挑むになる事が当たり前だったのに。

誰かの応援なんて......昔の自分なら絶対求めたりなんかしないから。

僕の学校は病院と逆方向だからお見舞い出来るのは土日だけ。

授業中では中々落ち着かないけど夜に刹那ちゃんとよくメールと電話するからその時だけは落ち着ける訳だ。

病院の方は......あの空気に慣れない。

刹那ちゃんの入院が続くほど不安が重ねていく。

元気そうのになんで退院出来ないの?

日に十回ぐらいそう思った。

刹那ちゃん、気づいたかな?

彼女の悩みに追加しただけかも。

ある日いつも通りお見舞いに行った時、刹那ちゃんの両親との喧嘩を聞いちゃった。

医者さんも病室に居た。

治れる新しい手術を受けさせたかった。

数人の患者が完全に治ったらしい。

残りの患者は......手術を受けなかった人より早く居なくなったそうだ。

そのまま何も言えずに帰っちゃった。

あの時逃げた事を今でも後悔してる。



次お見舞い行った時、知らないふりした。

(刹那ちゃんが決める事だ......何があっても側に居る、それしか出来ない。)

そんな感じで自分の心を収まろうとした。



「真生君......どうしたの?」

「ん?」



塾のノートを復習しながら病床の隣に座っていて彼女がいきなり手を伸ばして僕の顔に触って来た。



「......泣いてるよ。」

(っえ?)



ノートが濡れてた。

(いつの間に?)



「こ、これはー」



必死に涙を拭んだ。



「真生君......」

「......」

「聴いた......よね。手術の事。」

「......」

「パパとママはねー受けさせて欲しいって。」

「それは.....そうだろ。」

「うん......でも失敗したら私達の時間もう少ないのにもっと早く終わっちゃうよ。」

「ま、待てば?ぎりぎりまで待って手術をする?」



声が必死になった。

でも刹那ちゃんがそれに頭を振った。



「長く待つほど成功の確率が悪くなると先生が言ってた......後少しでもうぎりぎりになるって。」

「そんな......急過ぎる......」



暫く誰も喋らなかった。

僕は病床にお邪魔して刹那ちゃんの隣に寝転んだ。

少しでも近くに......もっと一緒に居たかった。



「真生君も......私に手術を受けさせたいよね?」

「受けたくないの?」

「怖いよ......希望を持つのが怖いって。」

「......どういう意味?」

「私はね......もう受け入れちゃった、未来が無いって。死ぬ事が必然だから怖くないふりして......何も出来ないからこそ逆に安心した。」

「......」

「認めたくなかった......生きたいよ......」

「言うまでもないけど刹那ちゃんとずっと一緒に居たい。」

「うん......」

「でもー決めるのは僕じゃ駄目だ。」



手術受けないならきっと後で「もしかして助けれたかもしれない」なんてずっと考えちゃうんだ。

でも手術受けて失敗したらまだ長く一緒に居たはずだったと分かってずっと後悔するだろう。

競合な感情で心が麻痺した。

何も解決してない状態で帰っちまった。



いつもなら直ぐ帰るけど......町歩き気分だった。

思い返して見ればよくこうして暇つぶししたな、昔。

(そんな昔じゃないけど。)

塾に遠回った。

最初は嫌がってたけど、なんだかんだ言って行った良かったなぁと今は凄く思う。

(お世話になりました。)

ゲーセン、そして公園の近くにあったクレープ屋さんにも遠回った。

(初デートか......何故かもう何年前の話と感じる。)

いつの間にか思い出の町なったな......

そしてー

(やっぱここだ。)

僕達が出会ったこの砂浜に。

誰も見えない所に泣いてる彼女の姿が忘れられないんだ。

よく無理して強がってるけどたまにはそんな時もあるだろう、今でもな。

夜中にー面会時間後とか。

(そう言えばここで告白したじゃねか!うわ〜急に恥ずかしくなっちゃった。)

呑気な事考えてる自分にちょった笑った。

一人で歩いてたのになんだかずっと刹那ちゃんと一緒に居た感じがした。

たった数ヶ月で素敵な思い出こんなにも沢山作れたんだ。

知らないうちにさっきの事もうすっかり気にしてなかった。

(こうなったらー!)

今まで抱えてた不安と不満、全てあの砂浜に打ち込んでた。

砂を蹴っ飛ばしたり、石をぶん投げたり、空に叫んだりして。

最後に疲れ果てて倒れたんだ。

星が見つめ返してた。

(全く気づかなかったけどこの町の星空は悪くないな......)

息を切らしてて喉がカラカラだのに笑ってたんだ。

刹那ちゃんが何の未来を選んでも今の自分ならそれを向き合える気がした。

確か、彼女が自分の状況を話した時に僕が僕の方が長生きする保証は無いを言った。

そう、そもそも明日は誰にでも約束されてないんだから。

明日から、いや今からちゃんと向き合おう。

帰ってから疲れで意識を失う前に刹那ちゃんにメール出来た。



「ぼくたちまだこれからだ」



もう何があってもずっと一緒だから。

例え記憶としてだけでも。

少し勇気を出して生きても良い。

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